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HOME>DISERD ~ 禁を断つ者 ~ 【連載中】

第40記 微笑みは思い出に

 青々とした葉の髪飾りで、柳色の毛を結い上げる。
「下の毛は少し残して~……はい、でっきあがり~! これでリードもボクとお揃いの髪型だよっ!」
 にっこりと微笑みを浮かべた小さな妖精は、エルフの青年を覗き込んだ。
 淡い緑のトゥルーメンズも、彼の顔を見つめる。
「あら、可愛いじゃない」
「ホントだ、リード女の子みた……ふげぇっ!」
 中世的な顔つきのエルフは、何もしなくても性別の区別が難しい。髪を結っていれば尚更、彼の性別は曖昧なものになる。
 自然と溢れた感想に、エルフの青年、リードは不機嫌そうに顔を[しか]めた。
「チャイ、もう一回言ってみろ」
「ぐぇ……踏まれてちゃ、おいら何も言えないよー」
 リードに足蹴にされたクルースは、ハート型の尾を揺らし、しょんぼりと呟く。
「髪を結ったのはピュアだし、ラキィだって可愛いって言ったのに、何でおいらだけ……」
「何か文句でもあるのか、チャイ?」
 反論を許さないという気迫を醸し出し、リードはクルースの子供、チャイを睨みつけた。
 額に青筋を浮かべているリードに、チャイはごくりと息を飲み込む。
「な、何でもないよー……」
 リードの足に踏まれたまま、「怖いなぁ」と小さく溜息を一つ落とした時。
「お、楽しそうじゃん。俺も混ぜて、混ぜてーっ!」
 陽気な声を上げ駆けてきたのは、この森の主人であるラスだった。
 父親の登場に、一瞬リードの力が弱まる。
 チャイはチャンスとばかりに、その束縛から逃げ出すと、ラスの肩に飛び乗った。
「ラスーっ!」
「おうおう、チャイ、どーした?」
 小麦色の肌に、若葉色の髪。
 木の聖霊であるラスは、動物たちにとって癒しの象徴。動物たちは、彼に触れると心が温かくなるのだ。
「やっぱり、おいらラスの髪が好きだ」
 よいしょ、とラスの頭によじ登る。
 半眼で見据えてくるリードに、チャイは頬を膨らませた。
「だって、リードはおいらだけ頭に乗せてくんないんだもん。ピュアやラキィが乗っても怒らないのにさっ」
「ん、そーなのかー、リード?」
 目を瞬かせ、ラスが首を傾げる。
 相変わらずゆるい父親を睨みながら、リードは低い声で呟いた。
「チャイは重いんだよ……」
 その発言を聞き、チャイが奇声を発する。
「ひぅげぇ!? おいら、太ったぁ!?
 あまりのショックに、これでもかというほど瞳を見開くと、ふらりとラスの頭から転げ落ちた。
「おっと。いや、そうでもねぇと思うけどー?」
 ラスの両手に受け止められたチャイは、耳を垂れたまま俯く。
「おいら……おいら、フルーツ食べるの、我慢する」
 すっかり本気にしているチャイを見て、リードが嘆息した。
「馬鹿……冗談だ」
「リードもチャイをからかうの、ほどほどにしたら?」
「チャイは素直だから、みーんな信じちゃうよっ」
 右肩に乗っているラキィに、左肩に座っているピュアに言われ、リードは眉根を寄せて唸る。
 チャイは紫の瞳いっぱいに涙を浮かべて、彼を見つめている。
 ちょっと言い過ぎたのかもしれない。
 仕方なく謝ろうとした時、間の抜けた笑い声が響いた。
「あはは。あーぁ、なんだ。リード、チャイをからかってたのかー。ほら、チャイ泣くなって。まったく、チャイは純粋だよなぁ~。そりゃ、からかいたくもなるってか、リード?」
「……馬鹿親父」
 謝罪の機会を父親に奪われたリードは、木に登り、リンゴを一つもぎ取る。
 それをチャイに放り投げ、ぶっきらぼうに言った。
「ったく、真に受けてるんじゃねぇよ」
「り、リード……これ食べていいの?」
 恐る恐る尋ねてくるチャイに、リードは頬を緩ませる。
「それくらい食っても、太らねぇよ」
 木漏れ日が、大樹の森を温かく照らしていた。


      ◇   ◇   ◇


 高い音が、響いた。その音が、駆け抜けた思い出にしがみついていたリードを、現実へと引き戻す。
 音源は、目の前。
 のろのろと首を上げると、黒いシャツを着た青年が、化け物の爪を受け止めていた。
 金髪を[なび]かせ、彼は問う。
「リード、こいつがアレノス?」
「お前は……」
 平穏が消えた森に、旧友を連れてやって来た侵入者。
 冷たくなったチャイは美しき氷に包まれて、穏やかな表情をしていた。
 リードの傍らでチャイを覗き込んでいるのは、侵入者が召喚した水の精霊。
「凍らせておけば、まだ助かる見込みはあるはずよっ……!」
 震えながら、氷の中で眠るチャイを撫でているのは、かつて時を共にした[ふる]き友。
 いや、きっと今も。
「ラキィ……」
「ごめんなさいっ、あたしがちゃんと連れて来てれば……! そしたら、チャイはこんなことにはっ……!」
 通わした心は変わらない。
 紅い瞳から輝く雫を溢すラキィを見つめ、リードは首を横に振った。
「お前のせいじゃない。俺の」
「違う」
  俺のせいだから。
 そう言おうとしたリードの声を、青年が遮る。
「悪いのは、こいつだ! リード、こいつがアレノスなんだろ!?
 先ほどより強い声音で、同じ問いを投げかけた。
「そうだ。……それが、アレノスだ」
 傷ついたリードとチャイを背に、己のことのように彼は激昂する。
「許さねぇ。ラキィを泣かせて、リードたちを傷つけて……!」
「なぁんだ、アタシの突きを止めたから、どぉんなヤツかと思えば。リードに苦戦してた侵入者じゃん?」
 さして興味もなさそうに目を眇めたアレノスは、突き出していた右手を引き、左の爪を振り下ろす。
 再び高い音が、森に響き渡った。
 白刃と交わった爪は、濁った赤。血を吸った色だ。
「せっかく裏切り者の処分してたのに、邪魔しないでよねっ!」
「リード、ラキィとチャイを連れて下がって!」
 小刀で受け止めていた左の爪を流し、アズウェルは前方に駆け抜ける。
 右の爪が、直前までアズウェルがいた場所を抉った。
「ちっ、すばしっこいじゃん、アンタ!」
 素早くアレノスの背後を取ったアズウェルは、横一線に小刀を振り払う。
 だが、斬り裂いた其処に、アレノスの姿はない。
 アズウェルを嘲笑する不気味な声が、上空から降ってきた。
「あははははっ! 無理無理っ! アンタにはアタシを斬りつけることなんてできないってーのっ!」
「無理かどうかなんて、やってみなけりゃわからねぇだろっ!」
 アズウェルの双眸が、澄んだ蒼から輝く金へ変貌を遂げる。
「ラート!」
 名という呪文が与えられた精霊は、アレノスを目指し飛翔した。
「はん、精霊なんてアタシの敵じゃないね。叩き落としてあげるよっ!」
 腕の下に生える赤き翼を羽ばたかせ、アレノスは長い左右の爪でラートを追う。
 大振りな斬撃の合間を縫い、ラートが空を舞った。
 精霊の軌跡は白きベールとなり、アレノスに降り注ぐ。
「何だよ、これっ!」
 両爪を振り回し、ベールを払おうとするが、叶わない。
「落ちてこい」
 冷たい声音が耳朶に突き刺さると同時に、アレノスの片翼に衝撃が走った。
 背筋に悪寒が駆け上がる。
「ちょ、やだ、落ちるっ……!」
 ラートのベールに捕らわれた片翼は氷に呑まれ、全身がぐらりと[かし]いだ。
 バランスを崩し落下してきたアレノスに、アズウェルは容赦なく小刀を振り下ろす。
「おれが、おまえを斬れないだって……?」
 刃は凍り付いた片翼を砕き、輝く氷の粒が宙を舞った。
「アタシの、アタシの翼がっ……!」
「やってみなけりゃわからねぇっつただろ?」
 抑揚の乏しい声で、アズウェルは呟いた。
 背後に立つ侵入者を肩越しに見据え、アレノスが口端を吊り上げる。
「アンタ、なかなかやるじゃん。こりゃ、本気を出しても良さそうだねぇ?」
「まずい! 金髪、そいつから離れろ!」
 リードが叫ぶ。
 その声が届くか否かという時、禍々しい魔力が風を伴い、爆発した。
 アレノスの魔力に吹き飛ばされたアズウェルは、静かに佇む大樹に背を強打する。
「っ……!」
「アズウェル!」
 飼い主の元へ向かおうとするラキィを、リードが抑える。
「だめだ。行けば足手まといになるぞ!」
「でも、アズウェルがっ!」
「あぁ~、ごめ~ん。アタシの魔力に当てられちゃったぁ?」
 小刀を支えに立ち上がったアズウェルの頭を、アレノスは上から蹴りつけた。
 ただの蹴りではない。アレノスを支えるその一本足には、カギ針のような爪が五本付いていた。
「ぐ……っ……!」
 アズウェルの頬を、紅い雫が流れ落ちる。
「アタシのお気に入りの翼。壊してくれたお礼はでかいよ?」
 目が霞んで、敵が見えない。
 揺らぐ焦点を気力で合わせた時、声も出ない痛みが全身を駆け抜けた。
 ぽたりと、鮮血が大地に染みていく。
「何だ、もう終わりぃ~?」
 両肩を赤き爪に貫かれたアズウェルは、朱色の息を吐き、がくりと[こうべ]を垂れる。
「ねぇー、死んじゃったのー? もっと遊べると思ったのにぃ」
 残酷な笑みを浮かべて、アレノスはアズウェルの頬を舐めた。
「やっぱ、血の味って最高だねぇ」
 ぴくりとも動かないアズウェルを見て、ラキィが叫ぶ。
「アズウェル、アズウェル!」
「ラキィ、だめだ! 行ったら殺されるぞ!」
 どれだけ名を呼ぼうとも、アズウェルが顔を上げることはなかった。
「やだ、アズウェル、返事して  !!
 叫びは、哀しく森に木霊した。

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