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HOME>DISERD ~ 禁を断つ者 ~ 【連載中】

第39記 アレノス

 刻限は、日没。
 突如告げられた彼らは、その意図を読み取るのに些か時間がかかった。
「わかりやすく言い直してやろう。日没までに現行の森の[ぬし]を倒して、俺の親父を解放できなければ、ヴァルトは死ぬ」
 砕かれた台詞に、マツザワが目を剥く。
「日没って……もう昼時を過ぎたぞ!?
 彼女の言う通り、陽は既に西に傾いている。
 斜陽を一瞥したアズウェルは、リードを見据えて念を押した。
「それしか、タカトを助ける方法はねぇんだな?」
「そうだ。森の呪縛は、ヴァルト族長の直系にのみ押される烙印。それがある限り、木々が受けた痛みや哀しみが、全てそいつに降りかかる。……烙印を無効化できるのは、木の聖霊だけだ」
 きっぱりと言い切ったリードに鋭利な眼差しを向け、ディオウが訊く。
「お前の言い方だと、現行の主は聖霊ではないな?」
「そうだな。今、この森を牛耳ってるのはアレノスだ。聖霊である俺の親父は、そいつに封じられている」
『アレノス……!』
 小さく悲鳴を上げたスニィを見て、アズウェルは首を傾げた。
「アレノスって誰……?」
『セイランが、スワロウ族に討伐依頼した化け物……です』
 一瞬、水を打ったような静けさが場を呑み込む。
 やや置いて、マツザワが瞠目したまま口を開いた。
「それは……いつ、依頼されたものだ……?」
『昨日です。昨日、ホルマウンテンでも、禁断……アレノスと読むのですが、その確認がされました』
 昨日スワロウ族に依頼された禁断討伐。
 それはアズウェルたちが引き受けた零番任務ではないのか。
「セイランさんが? マスターの名前は確か、シェイ・ラーファンって……」
 目をぱちくりさせるアズウェルの言葉を聞き、スニィは口元を両手で覆った。
『そんな……あんな化け物討伐をアズウェルが受けていたなんて……!』
「おい、金髪。シェイ・ラーファンって言ったな? それはホルマウンテンに住んでる水系エルフのことじゃねぇか」
 不快そうに眉根を寄せたリードが、スニィのことを上から下まで眺める。
「……お前、水の聖霊だな。何でここにいるんだ」
「スニィはおれが呼んだラートについてきたんだよ」
 アズウェルに名を呼ばれ、ひょこりと雪うさぎがリードの前に躍り出た。
「水系の精霊……金髪、お前は魔術師か?」
 問うてから、若草色の瞳に疑念が宿る。
 精霊と聖霊を呼び出したと言っている青年は、全くと言っていいほど魔力を持ち合わせていない。
 精霊には二種類いる。術が済んでも召喚者から許可を得るまで傍にいる者と、最低限しかこなさずに消えてしまう者。
 前者は、神の末席に座する聖霊に忠誠を誓い、主人の目となり、手となり、足となる、自然の魂。聖霊に創られた精霊だ。其処らにいる歳月を経て自然と形になった後者の精霊とは勝手が違う。
 スニィが共に来たというラートは、明らかに前者だ。
 もしその精霊を呼び出せるほどの魔術師ならば、どんなに自己で抑制していても、多少なりとも魔力の片鱗が見えるはず。
 それがアズウェルには見えない。
「いや、おれは」
「愚問だったな……くそ、金髪にゴールドアイならアレノスと渡り合えるのに」
 答えようとしたアズウェルを遮るように吐き捨てて、ぎりっと奥歯を噛む。
 とにかく急がなければ、タカトだけでなく、封印されているラスたちの命も危ないのだ。
 彼らは協力者として妥当か否か。
 腕を組み、アズウェルたちを見つめる。
 しかし、直後にリードの思考は断たれた。
「追ってきたと思ったんだけど……チャイどうしたのかしら……?」
 ラキィが呟いた一言によって。


      ◇   ◇   ◇


 どうして二人はあんなに足が速いのだろうか。
 己の出せる限界の速さで、チャイは走っていた。
 あんなのに盾突くなど、命がいくつあっても足りやしない。
 とにかく二人を止めなければ。
 視界が急に明るくなる。
 それは鬱蒼と茂った樹海から、美しい氷に包まれた銀世界へと景色が変わったからだ。
「ひぁ、寒いっ! 何で凍ってるんだよっ! んもー、ラキィどこぉーっ!」
 半ば投げやりに叫んだ時。
「ん~? 君って確かリードの連れのチビっこだよなぁ?」
 最も聞きたくない声が全身を貫いた。
 震えながら声の主を確認し、小声で訂正するのだった。
「ごめん、リード、ラキィ。おいらの方がまずいみたい……」


      ◇   ◇   ◇


「おい、ラキィ! どこ行くんだよ!」
「アズウェル、ちょっと放してよ! リードを追わなきゃ!」
 アズウェルに掴まれたラキィは、必死に耳で抵抗する。
 珍しく焦るラキィを見て、ディオウが低く唸った。
「何言ってる。アレノスを探さないとタカトが手遅れになるぞ」
「だったら尚更リードを追わなきゃ! アレノスの居所はリードが知ってるのよ!?
「わかったって。でも、ちょっと落ち着いてよ、ラキィ」
 流石に不審に思ったアズウェルも、ラキィを宥める。
 だが、今のラキィには飼い主の声すら届かない。
「落ち着いている暇なんてないわ! 放して、チャイがっ……!」
「チャイって……」
「あたしの、幼馴染みよ!」
 くるりと振り返ったラキィの両眼には、今にも零れ落ちそうなほどの涙が浮かべられている。
 滅多に見せないその涙が、アズウェルを絶句させた。
「アズウェル、ラキィと共に行ってくれ」
 そう促したのはマツザワだった。
「マツザワ……」
「ラキィの幼馴染みを早く……! タカト殿は私とディオウ殿に任せてくれ!」
 自分の名まで上げられたディオウは反論しようと口を開くが、マツザワの真摯な眼差しを受け、言葉を飲み込む。
 恐らく、彼女はラキィに己を重ねているのだ。
「行け、アズウェル。だが、決して無茶はするなよ」
 アズウェルに背を向け、ディオウは長い尾を一振りする。
「アズウェル、ねぇお願い! 早く!」
「わかった……ディオウ、マツザワ、タカトをよろしく!」
「ああ、アズウェルも気をつけて」
 マツザワの言葉にこくりと頷いたアズウェルは、ラキィを抱えて駆け出した。
 白いうさぎがその後を追っていく。
 アズウェルとラートを見送って、スニィはディオウたちを顧みた。
『アレノスの狙いは、聖霊やヴァルトのように力を持った者です。今母も狙われています……』
「お前はどうするんだ」
『ここは私たちの領域ではありません。だから、ここを統治しているのが誰であれ、独自の結界を成せます』
 もしスニィが木の聖霊だったら、本来の主が封じられている今、力を発揮することはできない。
 だが、彼女の領域はホルマウンテン。此処の事情など、関係なかった。
 マツザワに抱かれているタカトを見つめて、凛と言い放つ。
『アレノスにこれ以上好きにはさせない。ヴァルトを、私の魔力で封じます』
「封じる、だと?」
『これから森は戦場になります。今以上に呪縛が暴走するはず……。ヴァルトを仮死状態にすれば、呪縛も一時的に眠りにつくはずです』
 封じるというのは、ただ凍らせることではない。
 聖霊の持つ魔力を凝結させ、水晶の中に閉じこめるのだ。
 それは、例え封じた聖霊が死のうが、同属性を持つ聖霊以外に解かれることはあり得ない。 
『アレノスを倒すには、一人でも多くの力を必要とします』
 タカトを抱えていては、あの化け物とまともに戦うことは不可能だろう。
 一刻も早く、二人を戦えるようにしなければ。
 スニィが心で呟いた時、空からしゃがれた声が降ってきた。
「イヒヒッ! ヴァルトも聖霊もイル! イヒッ、最高ッ!」
 戦慄するマツザワの左手が、水華を強く握り締める。
「何だ貴様は!?
 宙で赤い翼を羽ばたかせる少年は、とても人の形を成しているとは言えない。
 氷の矢を少年に放ち、スニィが叫んだ。
『あれが、アレノスです……!』


      ◇   ◇   ◇


 失念していた。
〝あの場〟にもう一人仲間がいたことを。
「ちっ、だから大人しく隠れ家にいろっつったんだ!」
 森を疾走するリードは、苛立たしげに舌打ちをする。
 人質にされていようものなら、奇襲を仕掛けることも叶わない。
「ざ~んねんでした。一足遅かったね、リード」
 耳障りな声に振り返ると、満身創痍のチャイを毬のように弄んでいる女がいた。
「こいつったらさぁー。大人しく聞いたこと洗いざらい話せば、痛いことしないっていったのに、ばっかだよねー」
 くすくすと笑いながら、女はリードにチャイを放り投げる。
「でも、リードが来たからもうこいつはいーらないっ。ま、息があるかはわからないけどねぇ」
「てめぇ……っ!」
 投げ出されたチャイを抱き止め、リードは女を睨み上げた。
 チャイの耳は不自然に折れ曲がり、茶色い毛は鮮やかな赤に染まっている。
 腫れ上がった顔など、とても直視できなかった。
「チャイがてめぇに何をしたって言うんだ!?
 何もしていない。
 この純粋な小動物が、誰かを傷つけるはずがない。
「だってぇ~。裏切り者の情報吐かないんだもん、そのチビっこ」
 裏切ったのは他でもない自分で。
 チャイはただ、其処に居合わせただけなのに。
「り……りーど……?」
 震える声が名を呼ぶ。
「チャイ!? しっかりしろ!」
「りー……ど、にげる……っ! らきぃも、みんなにげ……」
 懸命に逃げてと懇願した声は、最後まで言葉を紡げなかった。
 何故なら。
「あぁ~あ。そのまま意識なくしちゃっていれば楽だったのにぃ~」
 女  アレノスの長い爪が、その小さな身体を貫いていたから。
「その根性に免じて、お友達と一緒に逝かせてあげるよ。アタシってやーさし~いっ!」
 抱えていたリード諸共突き刺されたチャイは、揺れていた紫の瞳をゆっくりと閉じた。
 リードの胸に、深紅の飛沫が舞う。
「ちゃ……い……っ!」
「裏切り者はすぐ処分するようにってパパが言ってたから」
 にやりと口端を吊り上げたアレノスが、二人の血で濁った爪を再び振り上げた。
 己の血で紅く染まりゆくチャイを呆然と見つめたまま、リードは両膝をつく。
「チャイが……何をしたって……!? 何で、チャイが……!!
「これで、後は侵入者だけっ!」

 森に、高い音が響いた。
 
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コメント

やっぱいいわ、この緊迫感。
文章の長さを感じさせないもんね^^
チャイが・・・

逃げてって、懇願する

チャイの姿が・・・胸に刺さって痛いです><
>>いきさん
お褒めの言葉、ありがとうございます!
今はまだ改稿中なので、新しいところに入って質が落ちないようにしたいです^^;


>>CHIEsさん
チャイは臆病者であるが故に、仲間のこともとても心配します。
そんな彼の心情が伝わっていたら嬉しいです!

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