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HOME>DISERD ~ 禁を断つ者 ~ 【連載中】

第38記 眠れ

 上空から放たれる声。
 それらは異口同音に重なり、一人の青年を呼び続けた。
 しかし、本人に届くはずもない。
 アズウェルの耳に聞こえてくるのは、風の咆哮だけ。
 刻一刻と木々の輪郭が浮かび上がり、大地が近づいてくる。
 一発勝負だ。
 アズウェルは鞘に戻してあった小刀を、左手で抜く。
 顔の前で小刀を一文字に掲げ、地上を見据えた。
「おまえら、いい加減にしろよ……!」
 タカトをどれだけ苦しめれば気が済むというのか。
 森を睨むアズウェルの両眼は、透き通った黄金色。
 地上から小刀へ視線を移し、右手で刃に古代文字を描いていく。

  別に扉じゃなくてもいい。イメージできればそれでいいんだ

 幼き頃に聞いた言葉が、耳の奥で甦る。

  ただ文字の順番は間違えるな。それが呪文のようなものだからな

 一面雪で覆われた銀世界の中、聖獣はそう教えてくれた。
 刃の根本から[きっさき]まで、金色[こんじき]の文字で彩られる。
 小刀を右手に持ち替え、アズウェルは空を斬った。
妖精の扉[リリフィーヤ]!」
 言霊と呪文が一つになり、空が割れる。
 切り裂かれた空間から、白い風が吹き抜けた。


 空に身を投じたアズウェルを追い、ディオウは急降下していた。
「馬鹿野郎、何考えて……っ!?
 冷たい。辺りの空気が一変した。
「ディオウ殿? 早くしないとアズウェルが……!」
 気持ちが焦るマツザワが、ぴたりと動きを止めた聖獣を急かす。
 渋面を作り、怒りと安堵が[]い交ぜになった声音で、ディオウは呟いた。
「今行ったら、邪魔になる」


 吹雪と共に森の上空へ吹き込んだ風は、アズウェルの頬を撫で、彼の金髪を流した。
 太陽に照らされた粉雪が、きらきらと煌きながら森に降り注ぐ。
「ラート!!
 名という呪文を叫ぶと、純白の雪うさぎが割れた空から飛び出した。
 アズウェルの頭上に着地すると、ラートは裂け目を振り返る。
 オーロラが空で弾け、アズウェルの瞳に美しい銀糸が映った。
 陽の光に反射し、銀糸に見えたそれは、真っ白な長髪。
 久方振りの再会に、アズウェルは落下中であることを忘れて、天から降りてきた彼女の名を呼んだ。
「す……スニィ!」
『お久しぶりです』
 柔らかく微笑んだスニィは、ふわりとアズウェルの首に両腕を回した。背中に覆い被さるようにして、アズウェルに抱きつく。
 仄かに青みがかった白銀のドレスで包まれた身体は、とても華奢で軽い。僅かに増えた重みを感じながら、アズウェルは首だけ後ろに回し、雪のプリンセスを見つめた。
「ホント、久々だよな」
『ちょうどラートと一緒だったから』
 そう笑ったスニィは、耳をつんざく悲鳴に思わず顔を歪めた。
『これは一体……森が、泣いています……っ!』
 耳元で囁かれた言葉を聞き、アズウェルは我に返った。
「ラート、スニィ。頼みがあるんだ」
 今、此処で再会を喜んでいる暇はない。
 木々の葉が、一枚一枚見分けられるほど近づいてきている。
「おれたちの仲間にヴァルトがいるんだ」
『ヴァルト!? そんな、これじゃその人死んでしまいます……!』
「だから、お願い。森を眠らせて!」
 アズウェルの意図を正確に読み取ったスニィは、真剣な面持ちで頷く。
『わかりました。ラートだけじゃ間に合いません。私も力になります!』
「頼むぜ、二人とも!」
 それが合図だったかのように、ラートがアズウェルの頭から飛び立つ。小さな体躯で空を旋回し、白いベールを森にかけていく。
 ラートの動きを目で追いながら、スニィは言霊を放った。
『眠りなさい、森たちよ!』
 エルフのそれよりも遙かに強大な言霊が、白きベールを七色に輝かせる。
 アズウェルたちを捕らえんと迫ってきていた枝たちは、ベールに触れると一瞬で凍り付いていった。
「よっしゃっ! これで少しは静かになるだろ!」
 拳をぐっと握りしめたアズウェルに、スニィが不安そうに尋ねた。
『ねぇ、アズウェル……着地はどうするの……?』
「えっ……」
 考えていなかったなど、誰が言えようか。
 だが、言い訳を考えている時間は、生憎与えられてなかった。
 霜で覆われた大地が、肉眼で確認できる位置まで迫っている。
 すれ違う氷の柱を横目で見ると、アズウェルは右腕を振り上げた。
「とにかく、スピードを落とす!」
 今ある力を、小刀に叩き込む。
 中心を僅かに外し、アズウェルは小刀を氷柱に突き刺した。
「止まれっ!」
『だめ、アズウェル! 氷が割れてしまいます!』
 凍結されている木に刺さらないように。
 その良心が仇になった。
 真っ直ぐな亀裂が、氷柱に走る。
 氷柱を縦に斬りながら、アズウェルとスニィは地上へと落ちていった。
「くっそ、止まれよっ!」
『大地が……っ!』
 スニィの息を飲む声が耳元で響き、アズウェルは反射的に両目を瞑った。

  キキィーンッ!

 響いたのは衝撃でもなければ、痛みでもなく。
 高く響いた音に、ゆっくりと瞼を上げる。
 小刀は木々と同じように、澄んだ氷の鎧で包まれている。
「と……止まってる……」
 氷漬けにされた小刀の上で飛び跳ねているのは。
「ら、ラート! サンキュー、助かったぜ!」
 召喚者の声に微笑んで応じた雪うさぎは、ふわりと地上に舞い降りた。
 この高さなら、飛び降りても怪我はしないだろう。
 地上との距離を確認し、アズウェルはほっと一つ息を吐いた。
「ぎりぎりだったな……。スニィ、降りられる?」
『ここからなら大丈夫です』
 頷いたスニィは、アズウェルから手を放し、重さを感じさせない動きで大地に降りる。
 アズウェルは両手で小刀を握り直すと、氷柱に両足を付けた。一度身体の動きを止めてから、僅かに足を離す。
「せーのっ!」
 揃えられた両足は、氷柱を強く蹴り、小刀とアズウェルを宙へ飛ばした。くるりと一回転し、白銀の地面に着地する。
 何とかなったようだ。
 ほっと一息ついた時、空から怒号が降ってきた。
「アズウェル!!
 見事なまでに重なった声を聞いて、アズウェルは苦笑を滲ませる。
「笑い事じゃないぞ!」
 その言葉と共に、ディオウが眼前に降り立った。
「ま、まぁ……おれ怪我しなかったし……」
「危機一髪だったじゃないか!」
「スニィとラートを呼び出すなら、先に言え! 馬鹿!」
 声を張り上げるマツザワと、吠えるディオウに軽く応じ、アズウェルはタカトの元へ駆け寄る。
「タカト、大丈夫か?」
 呼吸は大分穏やかになってはいるが、顔色の悪さは相変わらずだ。
「……もう、平気だ」
 命がけで助けてくれたアズウェルに、タカトはうっすらと微笑みを浮かべる。
「ありがとう」
 少年の声は震えていた。
 それに気付かない振りをして、アズウェルも微笑む。
「うん。少し、休んでいていいから」
「……すまない」
 何も謝らなくていいのに。
 目を瞑った仲間を見つめ、アズウェルは小さく呟いた。
「無理、すんなよな……」


      ◇   ◇   ◇


 突如現れた冷気に包まれ、森は沈黙している。
 眠らされていない木々たちも、身を縮こまらせ、枝一つ動かさない。
「今の冷気は多分……!」
 目に映る景色が、緑の空間から氷の空間へと徐々に変化していく。
 大樹を包む氷柱の間を縫って、ラキィはアズウェルたちを探した。
「近くにはいるはずなのに……」
 一刻も早く追いつかなければ、報せなければ、タカトの命が危ない。
「どこよ、どこにいるのよ……!」
 紅い瞳で周囲を見回す。
 これだけの木々を眠らせたのだ。ただの魔法ではない。思い当たる節はただ一つ。アズウェルの妖精の扉[リリフィーヤ]だ。
 早く合流しなければならないのに。
 気持ちがいくら警鐘を鳴らしていても、何処を目指せば良いのかわからない。
 眠った木々は、ラキィに何も教えてくれなかった。
「アズウェル……」
 ラキィが途方に暮れていると、氷柱からひょこりと白い影が現れた。
「あれは、ラート!」
 ぴょこぴょこと跳ねる雪うさぎを追って、ラキィは冷え冷えとした空気の中で両翼を羽ばたかせる。
 突然足を止めたラートはラキィを振り返り、その場で飛び跳ねていた。
 きっと、その先にいる。
 自然と速度を上げて、ラートの横を一気に駆け抜けた。
「アズウェル    !!
「え、うぁ、ラキィ!?
 ちょうどタカトに己の上着をかけていたアズウェルは、ラキィに突進され尻もちをつく。
「ラキィ、怪我はない?」
「えぇ、あたしは平気よ」
「ったく、どこに行ってたんだ」
 半眼で睨んできた聖獣を黙殺し、ラキィはタカトに歩み寄った。
 顔の右半分を覆い隠している長い前髪を、耳でそっと払い除ける。
「このタトゥー。何だかわかる?」
『それはっ……!』
「森の呪縛だ」
 口元を手で覆ったスニィの後を継いだのは、先刻アズウェルたちを襲ったエルフだった。
「おまえっ! タカトは渡さねぇぞ!」
「俺が捕らえなくても、このまま森にいたら、ヴァルトは間違いなく死ぬ」
「なっ……!? おい、どういう意味だよ、それ!?
 アズウェルに詰め寄られたエルフは、腕を組んで眉根を寄せる。
「俺に協力するなら、ヴァルトを救ってやってもいい」
「協力って」
「ただし」
 凛とした声音でアズウェルの言葉を遮り、リードは告げた。
「刻限は、日没だ」

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コメント

スニィとラートによって、森が眠るとは恐れ入りましたって感じです。

”森の呪縛”・・・タカトを救う条件が、
エルフに協力しながら刻限が日没って・・・むちゃくちゃだけど
タカトを救うには、やるしかないんでしょうね。
>>CHIEsさん
コメントありがとうございます!
スニィ&ラートは短編雪うさぎにも出てくるキャラです。
その内UPしますので、よろしければ読んであげてください><

無茶苦茶ですね。無理難題ですね。
すみません、作者はいつも無茶苦茶です(苦笑)
タカトを救うために主人公陣には奮闘してもらいますので、お楽しみに!

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