第36記 森の声
てちてちと短い足を懸命に動かし、小さな影は森の中を疾走する。
「急げっ! まずいっ!」
この森に来た者は、ほぼ例外なく抹殺される。
何故なら、森の存在を、間抜けな人間共に知られては困るから。
抹殺命令は執行された。ただ走っていては、間に合わない。
「急げっ! まずいっ!」
目の前に佇む巨木の幹を、怒涛の勢いで駆け上る。
「もぉー、何であんなのと一緒にいるんだよっ!」
半泣きで叫びながら、枝から枝へと飛び渡る。
踏み切る度に枝が上下に揺れて、木の葉が不吉な音を立てた。その行いは間違いだと、糾弾するように。
長い両耳を手で押さえ、心中で何も聞こえないと繰り返す。
会えることは素直に嬉しい。だが、よりにもよってこんな時に来て欲しくはなかった。
早く、早く、此処から逃がさねば。
「急げっ! まずいっ! 急げっ! まずい っ!!」
甲高い叫び声は、風に呑み込まれていった。
◇ ◇ ◇
ふと、アズウェルが足を止める。
腕を組むと、眉間に皺を寄せて低く唸った。
「おれ、この樹前にも見た気がする……」
捻れたような幹。それに絡まる蔦 。そして、一際目立つ深紅の葉。
アズウェルの問いかけに、マツザワも頷く。
「あぁ、先ほども見たな」
「やだ、迷ったって言うの?」
「そうとは限らないぞ。同じ種類の樹があっても不思議はない」
確かに、これだけ広い森ならば、似たような樹はいくつもあるだろう。
「どうなんだ、タカト」
その答えを確かめるべく、ディオウはタカトを見上げた。
目で応じたタカトがその樹に右手を当てる。
ゆっくりと瞼を閉じ、深く息を吐く。幹の鼓動を感じ取るには、まず自分自身の鼓動を落ち着かせる必要があるのだ。
樹と鼓動が一体化した時、言葉が通い合う。
返ってきた答えを聞くと、タカトは僅かに目を細めた。
そうか。すまない。
「……もう、お前たちは見飽きた。……そう、言ってる」
低く呟かれた言葉に、皆溜息を漏らした。
「参ったなぁ~。これじゃぐるぐる回ってるだけだぜ?」
「でも変よ。あたしちゃんと見てたけど、同じところなんて通ってないわ」
「けどさぁ~。なんつーか、歩かされてる感じがすんだよなぁ」
頭を掻き回しながら顔を上げたアズウェルの目に、一瞬影が映る。
「おい、今っ!」
「何、どうかしたの?」
再度目をこらしてみるが、既にその影は跡形もない。
不気味なほど静まり返った森は、木の葉の掠れる音さえしなかった。
「影が……動いた気がしたんだけど……」
「何もいないみたいだけど……鳥とかじゃないの?」
「いや、なんていうか枝から枝に飛んでたような……」
ラキィとアズウェルのやり取りを見ていたマツザワが、ディオウに尋ねる。
「ディオウ殿。この森に関して、何か知らないか?」
「おれの記憶だと、ここには動物が多く住んでいるはずだ。人はいないな。もし何かいるとすれば、人以外のものだろう」
「なるほど」
腕を組み、マツザワは辺りを見渡した。
ディオウの言う通りならば、動物の二、三匹は見ているはず。
しかし、それらしきものは何一つ見ていない。
「ディオウ、おれ、誰かに見られてる気がする」
くぐもった声で呟き、アズウェルはディオウの頭をぽんぽんと叩いた。
「ねぇ、ディオウは感じない?」
「視線なら、森に入った直後からずっとだな」
「……監視、されている」
タカトが言い切るか否かという時。
今まで沈黙していた木々たちが、突如ざわめきだした。
「馬鹿なっ!」
まるで生きているかのように、枝という枝がうねり、アズウェルたちに襲いかかる。
「ちょっと、何よこれ!」
「散れ!」
ディオウのかけ声と共に、全員四方八方に飛び退く。
一拍置いて、彼らが立っていた場所に枝が喰らいついた。反射的に身体が動いてなかったら、今頃串刺しだ。
「おい、やべぇぞ、これ!」
「全員、はぐれるな!」
怒号を上げ、ディオウは後方から迫り来る枝々を睨む。
「おれに喧嘩を売るとは、いい度胸だな」
四本の足に力を込めて飛び上がり、空中を縦横無隅に飛び回る。
「自滅しろ」
ディオウの動きを追っていた枝たちが、宙で球状になっていく。
木々の腕は互いに絡み合い、遂に動きを封じられた。枝先を震わせるが、ディオウには届かない。
「よっしゃ、ディオウナイス!」
パチン、とアズウェルが指を弾く。
「全員無事か?」
「はーい、アズウェルいまーす」
「私も無事だ」
「……平気だ」
ディオウの点呼に返ってきた声は、三つ。
真っ先に響くと思われた、高い声が聞こえない。
「あれ? ラキィは?」
「馬鹿め。はぐれるなと言ったのに」
苦々しげに舌打ちをする。
こうやって、一人ずつ消していくつもりか。
内心でそう毒突いた時、森に高笑いが響いた。
「ディオウ、あれ!」
アズウェルの指先を追った先。
枝の上に腰を下ろしているのは、横に尖った耳を持つ青年。
「あの耳は……エルフか!」
出現した敵に、マツザワは反射的に水華を握り締める。
「気をつけろ。エルフは魔力が高い。迂闊に手を出すと返り討ちに遭うぞ」
一頻[ り笑った後[ 、青年は柳色の前髪を掻き上げた。
その顔に、先刻の笑みは欠片もない。
「おいおい。まだ随分塵[ が残ってるじゃねぇか。お前ら何してる? 聖獣如きに遊ばれてるんじゃねぇぞ」
エルフの言霊は、呪文。
瞬く間に絡み合っていた枝が解き放たれた。
「一瞬かよ!?」
「とにかく散れっ! 捕まったら終わりだ!」
先程より速さと精度を増して、木々は獲物を襲う。
じわじわと掠り傷が、腕に、頬に、足に、刻まれてゆく。
「くそっ、キリがねぇ! ホントはやりたかねぇけど……っ!」
アズウェルが腰に下げていた小刀を抜く。
「致し方、ないな!」
木々を避けながら、マツザワも抜刀した。
アズウェルが小刀を、マツザワが水華を、枝々に振り下ろす。
「ま、待てっ……!」
響いた悲痛な叫びは、少年の声音。
しかし、叫びが二人の耳に届くよりも先に、枝は両断された。
森が地響きを立てて振動する。
「く……うぁっ……!」
「タカト!」
ディオウの声に、二人が振り返る。
枝に四肢を拘束されたタカトは、空中という十字架に張り付けられていた。
「タカト!?」
「タカト殿!?」
覆面がはらりと落ち、頬を一線の雫が伝った。
赤褐色[ の瞳を細め、全身に走る衝撃を堪[ える。
「……やめろ。俺に、話かけるなっ!」
切実な少年の声が、森に響く。
「俺は、もう違う! やめろ、やめろっ!」
「あはははは! いい様[ だなぁ、ヴァルト。おい、塵共。お前らが今何したかわかるか?」
枝の上で嘲笑するエルフを、三対の目が射抜く。
「斬ったんだよ、枝を。樹を。森を! ヴァルトは、自然の声が聞こえるんだよなぁ?」
「まさか、タカト殿はっ!」
瞠目したマツザワは、視線をエルフからタカトへ移す。
「く……う……や……めろっ!」
悲鳴は上げない。
だが、タカトの目は揺れていた。
また雫が一つ、大地に零れ落ちる。
「やめろ……俺は、俺は……っ!」
「今、タカトに何が起こってるんだよ!?」
「森中の樹が、泣き叫んでいる……ということか」
怒りを込めた眼差しを、ディオウがエルフに叩きつける。
「外道が」
「ヴァルトはあれで最後だからな。お前ら塵処分の最中に、死んでもらっちゃ困るんだよ」
「タカトをどうするつもりだ!?」
怒声を張り上げたアズウェルは、宙に張り巡らされた枝を足場として駆け上り、冷酷な笑みを浮かべるエルフに斬りかかった。
「金髪蒼眼ねぇ」
アズウェルの小刀を易々と片手で受け止め、青年は印を描く。
「お前も興味深いけど、生憎上はいらないって言うんでね。お前も塵だ」
印の色は、若緑。
「セントリック・ブルーム」
「げ、詠唱無しかよ!?」
印[ 破りの時間はない。
アズウェルは、宙に出現した枝に払い飛ばされた。
「うぁああっ!」
「アズウェル!!」
ディオウとマツザワ、二つの声が重なり、名を叫ぶ。
このまま行けば、大木に激突だ。
舌打ちすると同時に、ディオウは枝を飛び越える。
大樹の前に身体を滑り込ませ、間一髪アズウェルを受け止めると、牙を剥いて吠えた。
「いきなり無茶をするなっ! 馬鹿!」
「わりぃ、ちょっと油断した。ディオウ、サンキュ~」
「ったく……」
「聖獣め。邪魔ばかりしやがる」
忌々しげに吐き捨て、エルフは眼下のディオウとアズウェルを鋭利な目付きで睨みつけた。
その様子を確認しながら、そろそろとマツザワがタカトに近づいていく。
エルフがアズウェルたちに気を取られている今ならば。
再び刀を振れば、また悲鳴と憎悪がタカトにのしかかるだろう。
だが、拘束されていては逃げることもできない。
斬るべきは最小限。
大地を強く蹴る。
飛び上がったマツザワは、抱えた水華を左手で抜く。
「あの女っ! 余計な真似を!」
「居合い、蓮の舞!」
四肢を縛り付けている枝を断つと、支えを失ったタカトの身体が崩れ落ちた。
「っ……!」
「タカト殿、しっかりしてください!」
解放されたタカトを抱き止め、マツザワはディオウを顧みる。
「ディオウ殿!」
「ディオウ、早く二人を!」
背に乗る飼い主に、聖獣は声を張り上げた。
「アズウェル、チャンスは一度だぞ!」
「おう!」
「お前ら、何してる!? ヴァルトを逃がすな!!」
エルフの怒声に応じ、枝が一斉にマツザワとタカトに襲いかかる。
「マツザワ、飛び乗れ!」
枝をかいくぐりながら、ディオウが二人に叫ぶ。
意識が朦朧としているタカトの手をアズウェルが取り、マツザワがディオウに飛び乗る。
「逃がすか。ここは俺たちのテリトリーだ」
森全域に呪を込めた言霊が放たれる。
ヴァルトを捉えろ!
耳朶を貫いた声にアズウェルは舌を出し、タカトを抱える腕に力を入れた。
「やだね! 誰が渡すかよっ!」
「全員、しっかり掴まっていろ!」
無数の枝が迫り来る中、ディオウは天高く飛翔した。
「急げっ! まずいっ!」
この森に来た者は、ほぼ例外なく抹殺される。
何故なら、森の存在を、間抜けな人間共に知られては困るから。
抹殺命令は執行された。ただ走っていては、間に合わない。
「急げっ! まずいっ!」
目の前に佇む巨木の幹を、怒涛の勢いで駆け上る。
「もぉー、何であんなのと一緒にいるんだよっ!」
半泣きで叫びながら、枝から枝へと飛び渡る。
踏み切る度に枝が上下に揺れて、木の葉が不吉な音を立てた。その行いは間違いだと、糾弾するように。
長い両耳を手で押さえ、心中で何も聞こえないと繰り返す。
会えることは素直に嬉しい。だが、よりにもよってこんな時に来て欲しくはなかった。
早く、早く、此処から逃がさねば。
「急げっ! まずいっ! 急げっ! まずい
甲高い叫び声は、風に呑み込まれていった。
◇ ◇ ◇
ふと、アズウェルが足を止める。
腕を組むと、眉間に皺を寄せて低く唸った。
「おれ、この樹前にも見た気がする……」
捻れたような幹。それに絡まる
アズウェルの問いかけに、マツザワも頷く。
「あぁ、先ほども見たな」
「やだ、迷ったって言うの?」
「そうとは限らないぞ。同じ種類の樹があっても不思議はない」
確かに、これだけ広い森ならば、似たような樹はいくつもあるだろう。
「どうなんだ、タカト」
その答えを確かめるべく、ディオウはタカトを見上げた。
目で応じたタカトがその樹に右手を当てる。
ゆっくりと瞼を閉じ、深く息を吐く。幹の鼓動を感じ取るには、まず自分自身の鼓動を落ち着かせる必要があるのだ。
樹と鼓動が一体化した時、言葉が通い合う。
返ってきた答えを聞くと、タカトは僅かに目を細めた。
そうか。すまない。
「……もう、お前たちは見飽きた。……そう、言ってる」
低く呟かれた言葉に、皆溜息を漏らした。
「参ったなぁ~。これじゃぐるぐる回ってるだけだぜ?」
「でも変よ。あたしちゃんと見てたけど、同じところなんて通ってないわ」
「けどさぁ~。なんつーか、歩かされてる感じがすんだよなぁ」
頭を掻き回しながら顔を上げたアズウェルの目に、一瞬影が映る。
「おい、今っ!」
「何、どうかしたの?」
再度目をこらしてみるが、既にその影は跡形もない。
不気味なほど静まり返った森は、木の葉の掠れる音さえしなかった。
「影が……動いた気がしたんだけど……」
「何もいないみたいだけど……鳥とかじゃないの?」
「いや、なんていうか枝から枝に飛んでたような……」
ラキィとアズウェルのやり取りを見ていたマツザワが、ディオウに尋ねる。
「ディオウ殿。この森に関して、何か知らないか?」
「おれの記憶だと、ここには動物が多く住んでいるはずだ。人はいないな。もし何かいるとすれば、人以外のものだろう」
「なるほど」
腕を組み、マツザワは辺りを見渡した。
ディオウの言う通りならば、動物の二、三匹は見ているはず。
しかし、それらしきものは何一つ見ていない。
「ディオウ、おれ、誰かに見られてる気がする」
くぐもった声で呟き、アズウェルはディオウの頭をぽんぽんと叩いた。
「ねぇ、ディオウは感じない?」
「視線なら、森に入った直後からずっとだな」
「……監視、されている」
タカトが言い切るか否かという時。
今まで沈黙していた木々たちが、突如ざわめきだした。
「馬鹿なっ!」
まるで生きているかのように、枝という枝がうねり、アズウェルたちに襲いかかる。
「ちょっと、何よこれ!」
「散れ!」
ディオウのかけ声と共に、全員四方八方に飛び退く。
一拍置いて、彼らが立っていた場所に枝が喰らいついた。反射的に身体が動いてなかったら、今頃串刺しだ。
「おい、やべぇぞ、これ!」
「全員、はぐれるな!」
怒号を上げ、ディオウは後方から迫り来る枝々を睨む。
「おれに喧嘩を売るとは、いい度胸だな」
四本の足に力を込めて飛び上がり、空中を縦横無隅に飛び回る。
「自滅しろ」
ディオウの動きを追っていた枝たちが、宙で球状になっていく。
木々の腕は互いに絡み合い、遂に動きを封じられた。枝先を震わせるが、ディオウには届かない。
「よっしゃ、ディオウナイス!」
パチン、とアズウェルが指を弾く。
「全員無事か?」
「はーい、アズウェルいまーす」
「私も無事だ」
「……平気だ」
ディオウの点呼に返ってきた声は、三つ。
真っ先に響くと思われた、高い声が聞こえない。
「あれ? ラキィは?」
「馬鹿め。はぐれるなと言ったのに」
苦々しげに舌打ちをする。
こうやって、一人ずつ消していくつもりか。
内心でそう毒突いた時、森に高笑いが響いた。
「ディオウ、あれ!」
アズウェルの指先を追った先。
枝の上に腰を下ろしているのは、横に尖った耳を持つ青年。
「あの耳は……エルフか!」
出現した敵に、マツザワは反射的に水華を握り締める。
「気をつけろ。エルフは魔力が高い。迂闊に手を出すと返り討ちに遭うぞ」
その顔に、先刻の笑みは欠片もない。
「おいおい。まだ随分
エルフの言霊は、呪文。
瞬く間に絡み合っていた枝が解き放たれた。
「一瞬かよ!?」
「とにかく散れっ! 捕まったら終わりだ!」
先程より速さと精度を増して、木々は獲物を襲う。
じわじわと掠り傷が、腕に、頬に、足に、刻まれてゆく。
「くそっ、キリがねぇ! ホントはやりたかねぇけど……っ!」
アズウェルが腰に下げていた小刀を抜く。
「致し方、ないな!」
木々を避けながら、マツザワも抜刀した。
アズウェルが小刀を、マツザワが水華を、枝々に振り下ろす。
「ま、待てっ……!」
響いた悲痛な叫びは、少年の声音。
しかし、叫びが二人の耳に届くよりも先に、枝は両断された。
森が地響きを立てて振動する。
「く……うぁっ……!」
「タカト!」
ディオウの声に、二人が振り返る。
枝に四肢を拘束されたタカトは、空中という十字架に張り付けられていた。
「タカト!?」
「タカト殿!?」
覆面がはらりと落ち、頬を一線の雫が伝った。
「……やめろ。俺に、話かけるなっ!」
切実な少年の声が、森に響く。
「俺は、もう違う! やめろ、やめろっ!」
「あはははは! いい
枝の上で嘲笑するエルフを、三対の目が射抜く。
「斬ったんだよ、枝を。樹を。森を! ヴァルトは、自然の声が聞こえるんだよなぁ?」
「まさか、タカト殿はっ!」
瞠目したマツザワは、視線をエルフからタカトへ移す。
「く……う……や……めろっ!」
悲鳴は上げない。
だが、タカトの目は揺れていた。
また雫が一つ、大地に零れ落ちる。
「やめろ……俺は、俺は……っ!」
「今、タカトに何が起こってるんだよ!?」
「森中の樹が、泣き叫んでいる……ということか」
怒りを込めた眼差しを、ディオウがエルフに叩きつける。
「外道が」
「ヴァルトはあれで最後だからな。お前ら塵処分の最中に、死んでもらっちゃ困るんだよ」
「タカトをどうするつもりだ!?」
怒声を張り上げたアズウェルは、宙に張り巡らされた枝を足場として駆け上り、冷酷な笑みを浮かべるエルフに斬りかかった。
「金髪蒼眼ねぇ」
アズウェルの小刀を易々と片手で受け止め、青年は印を描く。
「お前も興味深いけど、生憎上はいらないって言うんでね。お前も塵だ」
印の色は、若緑。
「セントリック・ブルーム」
「げ、詠唱無しかよ!?」
アズウェルは、宙に出現した枝に払い飛ばされた。
「うぁああっ!」
「アズウェル!!」
ディオウとマツザワ、二つの声が重なり、名を叫ぶ。
このまま行けば、大木に激突だ。
舌打ちすると同時に、ディオウは枝を飛び越える。
大樹の前に身体を滑り込ませ、間一髪アズウェルを受け止めると、牙を剥いて吠えた。
「いきなり無茶をするなっ! 馬鹿!」
「わりぃ、ちょっと油断した。ディオウ、サンキュ~」
「ったく……」
「聖獣め。邪魔ばかりしやがる」
忌々しげに吐き捨て、エルフは眼下のディオウとアズウェルを鋭利な目付きで睨みつけた。
その様子を確認しながら、そろそろとマツザワがタカトに近づいていく。
エルフがアズウェルたちに気を取られている今ならば。
再び刀を振れば、また悲鳴と憎悪がタカトにのしかかるだろう。
だが、拘束されていては逃げることもできない。
斬るべきは最小限。
大地を強く蹴る。
飛び上がったマツザワは、抱えた水華を左手で抜く。
「あの女っ! 余計な真似を!」
「居合い、蓮の舞!」
四肢を縛り付けている枝を断つと、支えを失ったタカトの身体が崩れ落ちた。
「っ……!」
「タカト殿、しっかりしてください!」
解放されたタカトを抱き止め、マツザワはディオウを顧みる。
「ディオウ殿!」
「ディオウ、早く二人を!」
背に乗る飼い主に、聖獣は声を張り上げた。
「アズウェル、チャンスは一度だぞ!」
「おう!」
「お前ら、何してる!? ヴァルトを逃がすな!!」
エルフの怒声に応じ、枝が一斉にマツザワとタカトに襲いかかる。
「マツザワ、飛び乗れ!」
枝をかいくぐりながら、ディオウが二人に叫ぶ。
意識が朦朧としているタカトの手をアズウェルが取り、マツザワがディオウに飛び乗る。
「逃がすか。ここは俺たちのテリトリーだ」
森全域に呪を込めた言霊が放たれる。
耳朶を貫いた声にアズウェルは舌を出し、タカトを抱える腕に力を入れた。
「やだね! 誰が渡すかよっ!」
「全員、しっかり掴まっていろ!」
無数の枝が迫り来る中、ディオウは天高く飛翔した。
スポンサーサイト
コメント
- ふぅ~~
プロローグから最新まで全部読んだ♪
面白凄すぎて、ちょっと興奮してます。
キャラは、個性豊かだし戦闘シーンは凄いし
伏線の張り方や心理戦とか好きです。
人間の心理描写など勉強させていただきました。
またきますね。
- >>CHIEsさん
な、な、なんと!w
あれだけの量を短期間で読んでくださったのですか><
感激です。ありがとうございます。
その上とても面白いと……すごく励みになりました!
キャラは結構身近な人たちを一部モデルにしているのですが、
名前を付けた時から勝手に動きまわっています。
作者の手を離れて暴走している子たちも多数(苦笑)
戦闘シーンや伏線、心理戦、まだまだ勉強中の身ですが、
お褒めの言葉、とても嬉しく思います。
こんな拙い文ではあまり参考にならないかもしれませんが^^;
ありがとうございます、またのご来訪お待ちしております!
- 管理人のみ閲覧できます
- このコメントは管理人のみ閲覧できます
- >>匿名さま
そちらのブログの鍵コメントにてお返事させていただきました。
ご確認宜しくお願い致します。コメントありがとうございました。