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HOME>DISERD ~ 禁を断つ者 ~ 【連載中】

第34記 東へ!

 石化の呪縛を気力で解く。
 一呼吸置いて、アズウェルは同じように隣で石化しているマツザワに問いかけた。
「今の、誰……?」
「私、では、ない……」
 半石像状態の彼らから絞り出された言葉もまた、ぎこちないものであった。


      ◇   ◇   ◇


 少し時を遡る。
 早朝、ワツキを発った零番任務隊一行は、ロサリド南部の遺跡を目指して、砂埃が舞う荒野を南下している。
 先程まで晴れていた青空は白い雲に身を隠し、立ち入り禁止区域に足を踏み入れている彼らを、僅かな隙間から覗いていた。
「なぁ、マツザワ。ロサリド南部って確か入っちゃいけねぇとこじゃね?」
「うむ。確かに常人の立ち入りは禁止されているが、我々は任務を受けている。特別許可は、昨日のうちにロサリド市長から下りているから問題ない」
「そっかー」
 頭の後ろで両手を組みながら、アズウェルはちらりと背後に視線を送る。
 見渡す限り、砂の大地が広がっているだけで、アズウェルたちの他に人はいない。
 相変わらず機嫌の悪いディオウ。彼の頭上に乗り、延々と説教を繰り広げているラキィ。その右隣を無言で歩いているのが、案内人兼サポート役として同行しているタカトだ。
 アズウェルは肩越しに長身の青年を観察した。
 鼻から爪先まで真っ黒な出で立ちをしたタカトは、何処かぼんやりと一点を見つめながら、ディオウの歩調に合わせている。
 何も考えていないような気もするが、ディオウが足を止めれば彼も止まるところを見ると、一応周りは見ているらしい。
 きょろきょろと周囲を見回し、他人がいないことを再度確認してから、振り返ってタカトを見上げる。
 この辺りまで移動すれば、もう尋ねてみてもいいだろう。
 アズウェルは、任務内容を聞いてからずっと疑問に思っていたことを、タカトに投げかけた。
「タカトさん、禁断って何なんですか?」
「……タカト」
「え?」
 己の名を呟いたきり、黙り込んでしまった黒尽くめの青年を見上げて、アズウェルは溜息をついた。
 ワツキを出てからというもの、タカトと会話が成立した例しはない。自分で言葉を作るのが苦手なのか、とにかく会話にならないのだ。決められた文を読み上げることなら、淀みのない水の流れのようだったというのに。
「だから、禁断って具体的にどんなヤツなんですか?」
「アズウェル、具体的にどういうものなのかわからないから、我々が正体解明の命を受けたわけで……」
「そりゃそうだけどよ。だって零番任務だぜ? それ相応の理由ってのがあるんじゃねぇの?」
「確かに……言われてみればそうだが……」
 アズウェルの素直な疑問に、マツザワは腕を組んで考え込む。
 禁断の正体解明、及び討伐。
 これが、彼らが受けた任務内容だ。
 経験豊富な族長が零番を付けるということは、それ相応の理由があって然るべき。しかし、族長の娘であるマツザワですら、その理由がわからなかった。
「タカトさんはどこまで知ってるんですかー?」
「……タカト」
「じゃなくて、だから」
「……タカト、でいい」
 [ようや]く名前の先まで音にしたタカトは、目をぱちくりさせているアズウェルに、赤褐色[せきかっしょく]の瞳を向けて口をつぐむ。
「えっと、呼び捨てでいいってこと?」
「そうらしいな」
 確認するアズウェルと応じたマツザワに、タカトはこくりと頷いた。
 なるほど。ずっと、それが言いたかったのか。静寂を人の形にするとこうなるのだろうか。
 アズウェルは片手で己の金髪を掻き回しながら、完全に雲に覆われた空を仰ぐ。
「あ~、わかりました。さん付けしないんで、禁断のこと何か知ってるなら教えてください」
「……すまない」
「え?」
 聞き返すが、やはり返ってくるものは沈黙のみ。
「ひょっとして、タカトも知らない、とか?」
「……すまない」
「こりゃダメだ」
 苦笑を滲ませ、アズウェルは進行方向へ身体を向ける。
「ってことは、マスターのところに行くまでわっかんねぇってことだな」
「もうじき遺跡が見えるはずだ。遺跡から東に進めば森が見えてくる。……で合っていますか、タカト殿?」
 話を振ったマツザワに対し、タカトは[かぶり]を一つ振るのみだった。
「確か、ロサリド南東に位置する森は……」
「フェイラーの森。別名妖精の森だ」
 不機嫌オーラを放ちつつ、ディオウがマツザワの呟きを繋ぐ。
「えっ、妖精の森に入るの!?
「何だよ、ラキィ。どうかした?」
 きょとんと見つめてくる飼い主に対し、ラキィは大袈裟なほど首を左右に振る。
 否定はしたものの、ディオウからアズウェルの肩に飛び移り、くぐもった声でラキィは囁いた。
「ね、ねぇ。目的地は妖精の森なの?」
 聞かれてもわからないアズウェルは、タカトに視線を送り、応答を[うなが]す。
 が。
「……すまない」
 投げ返されたものは、謝罪の一言。
「えっ、待てよ。タカト、マスターの居場所知ってんだろ?」
「……すまない」
 やはり返ってきたのは決まり文句だった。
 つまり、現時点でわかっていることは。
「任務内容は禁断の正体暴くことと、倒すこと。んで、マスターの名前がシェイ・ラーファンで、ノウティス大陸東部にいるらしいってことだけか」
 がくりと両肩を落としたアズウェルに、マツザワが前方を指し示す。
「まずはフェイラーを目指してみよう。……遺跡が、見えてきた」
 砂塵が駆け抜けると、巨大な石が姿を現した。
「うわ~……なんかすっげぇたくさんあるぜ」
 無造作に点在する石は、黄ばんだ白。
 恐らく、建てられた当初は純白だったのだろう。
「ここは、かつて神殿があった場所だとされている。推定、およそ二千年前」
「に、二千年って、まだリウォード族がいた時代ってことか?」
「学者の見解だから、定かではない。だが、最近その学説も有力になってきてはいるな」
 もはや砂の廃墟と化した神殿跡を、アズウェルは興味深そうに探索していく。
 転がる巨石には、所々で文字のような刻みが見受けられた。その文字を指でなぞりながら、アズウェルは眉間に[しわ]を寄せた。
 流石に二千年前ともなると風化が激しい。亀裂や細かい傷のせいで、形がはっきりとしていないのだ。何処かで見たことがあるような気もするが、確証は持てなかった。
「これ、読める?」
 アズウェルは言語に長けているラキィに尋ねるが、彼女は目を伏せて首を振る。
「ダメだわ。掠れていてわからない。もうちょっとはっきりしているものがあればいいんだけど……」
「そっか。ラキィにも読めないか」
「うん、残念だけど。それにしても変だわ、この遺跡」
 アズウェルの頭によじ登りながら、ラキィがくりくりとした紅い[まなこ]で巨石を見つめる。
「二千年も前のものが残っているってことは、それくらい丈夫だったってことでしょ?」
「そういうことになるな」
 頷いて応じたマツザワは、続くラキィの言葉に頬を引きつらせることになった。
「そんなに丈夫なのに、何でこんなに不自然な形をしているのかしら。崩れたとかいうレベルじゃないわ」
「言われてみればそうだなぁ。これって、どっかで見たような……あ、そうだ、ルーティングが石斬った時、こんな感じになってたぜ?」
「太刀筋はいいが、無駄に斬ってあるようだな」
「ね、変でしょ?」
 アズウェル、ディオウもラキィの言葉に賛同し、何故遺跡が斬られているのかと議論を進めていく。
「特にほら、あそこ。崩れているけど、誰か入ってたんじゃねぇかな?」
「ホントだわ。ここなら人一人入れるわね」
 二人が覗いている場所には、不自然な空洞があり、その周りには無惨に斬られた石がごろごろと横たわっていた。
「おれ、思ったんだけど……誰か閉じ込められて、そんで石斬って出たんじゃない?」
「随分間抜けなやつだな」
「でも、アズウェルの言う通りだったら、斬られている石がここだけに固まっていることも、納得できるわ」
「な、マツザワはどう思う?」
 空洞を覗いていたアズウェルが振り返り、タカトと共に棒立ちしているマツザワに尋ねる。
「え、ど、どうって……」
「これやったヤツってかなりのアホだと思わない?」
 確か、何故こんな形の石があるのかという話だったはず。
 アズウェルの焦点がずれた問いに、思わずマツザワは苦笑した。
「かなりのアホというより、ただのばかだな」
「そっか、ばかか~」
「閉じこめられるなんてどれだけマヌケなのかしらね」
 論点のすり替わり。以前、アズウェルの家でも体験した気がする。
 こめかみを押さえ、マツザワは一つ溜息を漏らす。
 どう答えればいいのだろうか。
 アズウェルたちの推理は、ほぼ満点に近かった。
 三年前、確かに遺跡で生き埋めになった者がいたのだ。そして彼は、己が外へ出るために、遺跡を斬り崩した。  貴重な研究対象だということを無視して。
「ドジの方が似合ってるんじゃね?」
「戯けだな」
「ホント、どうしたらこんなところに閉じ込められちゃうのかしら」
 閉じ込められた張本人が、尊敬する先輩だ。
 アズウェルたちからいくら同意を求められても、マツザワは苦笑するばかりだった。
「……そろそろ」
 彼らの議論を、低い声が中断させる。
「……そろそろ、東に」
「そ、そうだな。アズウェル、先を急ごう」
 助け船を出してくれたタカトに内心感謝しながら、マツザワは足を踏み出した。
「おう、そーだなっ! 行こうぜ」
 話題転換されても見事に順応するアズウェルは、東を目指して意気揚々と駆け出す。
 しかし次の瞬間、二人は遺跡のように石化することになった。
「ま、待て! そっちじゃない、逆だっ!」
 その原因は、突如響いた少年の声だった。


      ◇   ◇   ◇


「おれ、じゃない。ディオウのでも、ない。ラキィの声じゃねぇし……」
 一人一人確認をしていくアズウェルの視線は、黒装束に身を包んだ青年で止まった。
「い、いや、アズウェル。タカト殿はもっと低い声だぞ」
「違うな、マツザワ。今のがこいつの地声だ」
 ディオウが長い尾で傍らに立つ長身の青年を指す。
「え、だって、タカトの声は……うっそ……」
 反論したアズウェルは、覆面を[]いだタカトの顔を凝視する。
 黒い布で隠されていた素顔は、アズウェルより幼い少年のそれ。
「まさか、私より下だとは思わなかったな……」
「ひょっとして、おれより下……?」
 頭一つ分高いタカトを見上げて、アズウェルは上目遣いで問うた。
 頬を真っ赤に染め上げている青年は、微かに首を横に振る。
「お……俺は……二十四……だ……」
 間。
「嘘ぉ!?
「私より五つも年上じゃないか!」
「あら、可愛いじゃない?」
「アンバランスとはこういう時に使うんだな」
 四人が口々に言う中、タカトは黒い布で頬骨から下を覆い隠す。
 そして呟かれた言葉は。
「……東は、向こうだ」
 抑揚の乏しい、低い声音だった。

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