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第3記 廃村外れの屋根の下

 外で会話をしていたマツザワとディオウは、時折アズウェルが不安そうに窓から様子を見ているのを察して、石造りの小屋に入ることにした。
 部屋には、机、椅子、ベッドといった最低限の家具と、古い台所が見える。発光鉱石ユースをガラス瓶に入れたランプが、天井から部屋を照らしていた。
「あ~もう。だから早く入れって言ったのに。二人ともびしょ濡れじゃん」
 アズウェルは二人に呆れながらタオルを渡す。
「二人して一体何話してたんだ?」
 流石に、アズウェルが何者なのか尋ねていたなどとは、本人を前にしてはとても言えまい。
 マツザワが必死に言い訳を考えている横で、「自己紹介していただけ」とディオウがさらりと流す。
 だが、返って逆効果のようだった。
「あのなぁ、自己紹介なんて家ん中でやりゃぁいいだろ。雨に打たれながらやるだなんて、マツザワが風邪引いたらどうするんだよ」
「フ……スワロウ族はお前ほどなよくはないぞ? おれ様の美しさを全て語ろうと思えば、それこそ丸一日かかるな。家に入ってからはうるさい家政婦がいるから、ろくに話もできんだろう」
「あーはいはい。要するに、マツザワはディオウのくっだらねぇ自己自慢を聞かされていたわけだな。で、誰がなよいだって?」
 徐々に険悪さを増していく二人を見て、マツザワは呆然と佇んでいる。
 彼らにとっては日課の一部なのだが、今日初めて二人に出会ったマツザワがそんなことを知るはずもない。
 自分の問いかけが発端で遅くなったのだから、ディオウをどうにかしてフォローしなければ、と気持ちが焦る。
「あ、アズウェル、ディオウ殿は……」
「なよいが不満か? 雨ごときでおれを叩き起こしたのはお前だろう。そのくせ、このおれ様の話がくだらないだと? そんなことないな、素晴らしい話だっただろう、なぁマツザワ?」
「え、えぇ……まぁ」
 同意を求められて咄嗟にマツザワが頷くが、アズウェルは不愉快そうに顔を[しか]めた。
「くっだんねぇに決まってんだろ! あんなの聞かされたら気が狂うぜ。雨ごときって……おまえは背中に蛇が張り付いても平気なのかよ?」
「何だと!? もういっぺん言ってみろ! おれ様は蛇などには動じない、お前がなよいだけだろう!」
「くっだんねぇに決まってるだろ! あんなの聞かされたら気が狂うぜ! なんだよ、この無神経!」
 前半部分は、完璧なまでの再現だ。アズウェルは声色から表情まで見事に再生したが、聞き捨てならない後半部分は、更に熱を帯びていた。
 そろそろ取っ組み合いにでもなりそうな雰囲気だ。
 マツザワは、舌戦を固唾を飲んで見守る。
 そうこうしている内に、矛先が彼女へと向けられた。
「マツザワ!!
 二人が同時に彼女を呼ぶ。
「え、な、何だ?」
「何だ? じゃねぇだろ。だから、おれとディオウどっちが正しいかってこと! 蛇が背中に張り付いたら、気持ち悪いに決まってるよな?」
「何言ってるんだ。そんなのは鍛錬していれば、どうってことないだろう?」
 論点が、違う。先刻まで繰り広げていた舌戦の中心は、ディオウの自己紹介がくだらないか否かではなかったのか。
 マツザワが返答に困っていると、場違いな高い声が家に響く。
「まぁ~たそんなバカげたことやってるのね! いつまでやってんのよ、あんたたち!!
 突然の怒声に三人は飛び上がった。
 声の主は小さな生き物だ。淡いエメラルドグリーンの小動物は、翼のような耳を羽ばたかせ、宙から三人を見下ろしている。
「とぅ……トゥルーメンズ?」
 マツザワは、声の主に恐る恐る尋ねた。
「そうよ。あなたお客様ね? あたしラキィ。よろしくね、お姉さん。で、ディオウ、誰がうるさい家政婦ですって!?
 言葉を失ったマツザワは、頭上を旋回しながら説教をするラキィに目を奪われていた。
 アズウェル家は、非常識の塊だ。
 密猟すれば裁かれるという、貴重な“配達屋”。体内に磁石を持ち、有能な頭脳を備えたトゥルーメンズは、ディザード大陸における小包配達屋だ。
 それが、あろうことか人の言葉を延々と羅列し、飼い主である青年と伝説の聖獣を叱りつけている。
 本来、郵便配達を生業としている種族からの斡旋[あっせん]でなければ、トゥルーメンズを手元に置くことは許されない。何故ならば、トゥルーメンズは高位魔術を操るエルフたちと深い関係にあったからだ。彼らを敵に回せば、街一つ易々と潰れてしまうだろう。
「まさか……この村に人がいないのは……」
「あら、そんなことないわよ、お姉さん。あたしは森のお偉いさんの頼みでここに派遣されたから。だから、そんな心配そうな顔をしないで」
 紅い瞳をくりくりさせて、ラキィは疑念を呟いたマツザワに微笑みかける。
 彼女の後ろでは、がくりと項垂れて濡れた床を拭くアズウェルとディオウの姿があった。 
 まるで子供扱いだ。
「ちぇっ……なんで、おれまでディオウが濡らした床を……」
「聖獣のおれ様が、床拭きなど……」
 マツザワは目を[しばたた]かせて、感心したように呟いた。
「あの二人を黙らせてしまった……」
「放っておくとどちらかが降参するまでやるからね。あたしが言葉覚えたのも、うるさい二人を黙らせるためよ。アズウェル! 早くご飯作って! ディオウ! その泥まみれの足をちゃんと洗ってきなさい!」
 ラキィの下した命令に、アズウェルはげんなりした顔つきで腰を上げた。
「あいあい、わかったよ。マツザワ~、適当に椅子にでも座ってて」
「え、あぁ」
 返事はしたものの、マツザワは既にラキィに勧められて椅子に座っていた。
 それを見とめたアズウェルは、大きく嘆息し、持っていた雑巾をディオウの顔に投げつけた。
「おい、アズウェル、何すんだ!」
 前足で器用に雑巾を払い落としたディオウが、批難の声を上げたが、すかさずラキィの雷が落ちる。
「まだそんな汚い格好で座り込んでいるの!? 早く言われたことをしなさい!」
「ったく……おれが走ったから飯が食えるんだろう……」
「何か言った!?
「いや……何も……」
 そう否定しつつも、ディオウは低い声で文句を連ねながら、小屋を出て行った。
「まったく、男ときたら言わないとやることしないんだから。嫌になるわ」
「大変だったようだな」
「大変だったじゃなくて大変なのよ。フェルスったらこの二人の面倒見るようにって無理矢理言葉覚えさせたのよ。毎日毎日、フェルスが知ってる限りの言葉を次から次へと……!」
 さも嫌そうにラキィが毒づく。
「フェルス……?」
「この村の村長で長老だった人。あたしをこの家に放り込んだ鬼」
「そんで、おれを拾った人でおれの育て親。はい、これ飲んで待ってて。もうじきできるから」
 アズウェルはマツザワに紅茶の入ったマグカップを渡す。
「あぁ、ありがとう」
「これ、紅茶な。マツザワは知らねぇかもな」
「紅茶……名は、聞いたことがあるが……」
 マグカップを両手で持ったまま、中身と睨めっこをしているマツザワを見て、アズウェルの表情が切なさを帯びる。
 似ている。昔、この村に来ていた人に。
 もう決して会うことのできない人の面影が、マツザワに垣間見えた。
 あの人は……あの人たちは、もう  
「アズウェル、私の顔に何か付いているのか?」
「え?」
 [いぶか]しげな面差しで見上げてくるマツザワに、しどろもどろに答える。
「い、いや……別に! く、黒髪は珍しいから、ちょっと見とれてただけだよ」
 何故こんなに動揺しているのだろうか。
 その瞳が似ていたからか。その黒髪が似ていたからか。
「そんなに珍しいものなのか? 金髪の方がよっぽど珍しいと思うが……」
「え、あ、いや……その……こ、この辺じゃあまり見かけないからっ!」
 アズウェルは、慌てて顔の前で両手を振る。
 そんなアズウェルを面白くなさそうに眺めているのが、水浴びをして戻ってきたディオウだ。
 []わった両眼、への字に曲がった口元、ゆらゆらと揺れている長い尾。全身で不快感を[あらわ]にしている。
「ディオウ、大人気ないわね。ちょっと彼女のことを思い出しただけでしょ」
「あの女は既に死んでいるんだぞ」
 耳元で[ささや]いたラキィに、ディオウは吐き捨てるように呟いた。
「でも、彼女本当にそっくりなんだから、いいじゃない? ちょっとくらい。ディオウも懐かしいなら、素直にそう認めたら?」
「おれは、あの女は苦手だった。特に、あの女がいつも連れてくる女が大嫌いだった」
「あら、そう~? アズウェルとちょっと仲が良かっただけでしょ? ほんっと、大人気ないわね」
 呆れ返るラキィを一瞥し、尾でドアノブを掴んで玄関の扉を閉める。
 そして、未だに頬を染めて必死で言い訳をしているアズウェルと、首を傾げているマツザワの間にひょっこりと頭を割り込ませた。
「沸騰しているぞ、アズウェル!」
 長い尾でアズウェルの背を叩きながら、[あご]で鍋を指す。
「え……? あ、やっべ! すっかり忘れてた!」
 くるりと身体を反転させて、アズウェルは台所へと走る。それは僅か数歩の距離であったが、マツザワから引き離すには十分だった。
「……本当に、大人気ないのね……」
 ラキィのディオウを見つめる眼差しは、呆れから哀れみに色を変えていた。
 きょとんとしているマツザワに、「ちょっと昔村に来た人を思い出したのよ」と耳打ちし、ラキィも台所へ向かった。
「うお! あっぶね。吹き溢れるところだった」
 火を止めて、アズウェルはほっと一息つく。
 本当にほっとしたのは、鍋ではなく気まずい会話が中断したことだ。あのまま尋問され続けたら、口を割らずにはいられないだろう。
 安堵の息を[こぼ]して、アズウェルは額の冷や汗を[ぬぐ]った。
「パンも焼けたみたいねー」
「じゃぁ、出すか。危ないから、ラキィ、こっち」
 手招きされたラキィは、アズウェルの頭上にちょこんと身体を乗せる。
 狭い室内では、ラキィほど小さいと誤って鉄板を押し付けてしまうかもしれないからだ。
 それにラキィがパンの出来具合を判断するため、[かまど]から取り出す時は、いつもこの定位置につくようにしていた。
 黄金[こがね]色に焼けたパンが、芳ばしい香りを家中に充満させる。
「今日の出来も流石あたしね! お姉さん、お一つどうぞ」
 両耳で風を起こして熱を逃がすと、ラキィはマツザワにパンを一つ差し出す。
「ラキィがこれを作ったのか?」
「えぇ、そうよ。パンを焼くのはあたしの日課。あたしの耳ってアズウェルの手先と同じくらい器用なのよ」
 トゥルーメンズであるラキィには、前足、つまり手にあたる部分がない。代わりに翼にもなる耳は五本に分かれていて、人の手のように動かすことができた。
「それは凄いな。では、有り難くいただこう」
 マツザワはラキィからパンを受け取り、恐る恐る口へ運ぶ。
「……! これがパンというものか! こんなに美味しいものだとは知らなかった」
「マツザワ、パンも食ったこと無かったのか? パンくらいはそこら中にあるだろ?」
「基本、外に出ても米類ばかりを選ぶから、パンというのは見たことはあっても、口にしたことはなかった。修行中の十年間は、精進料理という野菜と米だけしか口にできなかったしな」
 マツザワは懐かしそうに故郷のことを語る。
 ある程度スワロウ族に関しては知識のあるアズウェルだったが、十年修行は初耳だ。
「十年間……? マジで野菜だけなのか?」
「肉類は魚も含めて全く出ないな。流石に、誕生日くらいはご馳走が並んだが」
 それを聞いてアズウェルは額に手を当て、首を振った。
「マジかよ……おれには絶対無理だ。十年間も肉無しなんて、ありえねぇ……」
「あんたには三日と持たないわね」
「お前はその前に修行でバテるんじゃないか?」
「確かに、アズウェルには少々……いや、かなり無理がありそうだな」
 アズウェルの言葉に皆賛同するが、あまりにあっさり過ぎて、逆に悔しい。
「おまえら……黙っていれば好き勝手言いやがって。ホントのことだけど」
「はは、自分でも認めているじゃないか」
 マツザワの一言が止めとなり、ラキィとディオウが思わず吹き出す。マツザワも二人につられて笑い出した。
 何もそこまで笑うことはないだろうに。第一、肉なしなどディオウでも無理に違いない。
 いつもなら口を[]いて出る文句も、楽しげな三人を眺めていると言う気も失せる。
 自然とアズウェルも顔を[ほころ]ばせた。
 これほど明るい食卓は、いつ以来だろうか。
 まだフェルスや村の同年代がいた頃のことを思い起こす。
 あの頃は、平和で。あの頃は、〝家族〟がいて。あの頃は、あの人たちが遊びに来て。
 ふと、ラキィとディオウを見ると、二人は穏やかな笑みを浮かべてアズウェルを見つめていた。
 村人が消えてから、ずっと喧嘩ばかりしていたけれど。
 それでも、一人にしないでくれた〝本当の家族〟が、此処にいた。
「……ごめん…………」
 照れながら掠れるほど小さく謝って、数年ぶりにこの村で  この家で、笑った。
 もし声が届いてなくても、きっと伝わっているだろう。
 二人の笑顔が、そう言っていた。
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コメント

ゆっくりゆっくり、読んでます^^
ラキィ!! なつかしいよぉぉ(T▽T)
>>いきさん
コメントありがとうございます!
ラキィのパワフルぶりはアップしました(笑)

今日は早めの帰宅なので、私も読みに行こうと思いますb
どうもお邪魔してますv

十年ほとんど肉無し…!!
流石に野菜だけは…
消化が早そうです(え

超のんびり読ませていただいてます★
>>れもんさん
ご来訪ありがとうございます♪

確かに、消化は良さそうですね。
私も流石に野菜だけは……

ごゆるりと、マイペースで構いません。読んでいただきありがとうございます♪
なかなか来れなくて申し訳ありません;;

超強烈な家政婦さんですねwww
でもああいうパワフルな人が一人いると賑やかになって会話がぐっと楽しくなりますね(^ω^)

また読みに参りますね♪
失礼しました
>>佐槻さん
いえいえ、マイペースで構いません♪

はい、ラキィはパワフル家政婦ですw
そうですね。無口ばかりでは物語は進みませんし。大半が説教に近いですけど(苦笑

またのご来訪お待ちしております!

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