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第26記 紫黒の髑髏

 高い金属音が周囲に響き渡る。
「あぁ、もう! 邪魔なんだよ、おまえ!」
 予知能力を働かせてはいるが、アズウェルは防戦一方だった。
 キセルが唱える魔法に、スカロウが繰り出す斬撃。
 ディオウやラキィがアシストしてくれるものの、[いん]破りの邪魔をするスカロウに、アズウェルは苛立ちを募らせていた。
『そんなこと言われても、これがオイラの仕事なんで』
 ひゅんっという音と共に、風圧がアズウェルの頬を刺激する。予測していなければ、斬られていただろう。
 しかし、斬撃ばかりに気を取られては、印破りが[おろそ]かになる。
 スカロウを盾にしているキセルは、再び宙に印を描き始めた。
「アズウェル、それはおれに任せてあのエルフのガキを何とかしろ!」
 怒号が轟き、ディオウがスカロウを押し倒す。
 それを横目で確認すると、アズウェルは二人の横をすり抜け、詠唱をしているキセルに斬りかかった。
 顔色一つ変えないキセルは次々に印を描いていく。
 一枚、二枚、三枚、四枚……  破り続けても、止まらぬ詠唱。
 出現と破壊が拮抗している今、隙を見せた方が負ける。
 アズウェルの視界が、左右にぶれ始めた。
 予知能力を使うには、体力と精神力の消耗が激しい。今まで天気予知以外にほとんど使っていなかったアズウェルにとって、長時間にわたる修行、結界による体力消耗で疲労が相当蓄積されていた。
 しかし敵であるキセルがそんなことを気にするはずもなく、立て続けに魔法を詠唱を続ける。
 印を一つ破る度に、アズウェルの身体は重くなっていた。
 後、何枚残っているのか。一体いつ、終わるのか。
 起動時間が長ければ長いほど、急激に体力を削ることに等しい。破り終えた後に一旦予知能力を止めるだけでも、使える回数が増える。
「予知能力って、長いと、疲れる」
 ぼそりと呟いたキセルの言葉に、アズウェルの瞳は愕然と凍り付く。
「印破り、大変」
 [かすみ]がかる印を、それでも必死で睨みつける。
 キセルは知っていたのだ。アズウェルが予知能力を使っていることを。
 情報が流れていると、ディオウが言っていた。
 大技を繰り出さず、中級魔法ばかり唱え続けているキセルは、アズウェルより一枚上手だった。
 破らされていることを悟ると、小刀を握る力が自然と抜け始めた。
 もはや酸欠状態に近いアズウェルに、更なる追い打ちがかかる。
『そーいや、ダンナご存じですかい?』
「あ?」
 ディオウの声が、アズウェルには遠くから聞こえるような気がした。
『鉢巻きしてるダンナ、あれってここの住民ですよね?』
 アズウェルたちが知る中で、鉢巻きをしている者と言えばアキラしかいない。
 倒れ込むアキラと泣きじゃくるマツザワの姿が脳裏に[よみがえ]る。
 だが、二人の元へは、ルーティングが駆けつけたのだ。無事だと、信じるしかない。
 気力を振り絞り、キセルの印を破り続ける。
『今、眼帯のダンナと対峙してるようで』
「味方同士で対峙してるだと? ふざけたことをぬかすな」
 [いぶか]るディオウに、スカロウが飄々[ひょうひょう]と告げる。
『ピエールのダンナは傀儡師っすから、多分鉢巻きのダンナ、傀儡にされてるんじゃないっすか?』
 その言葉がアズウェルの耳に突き刺さった。
 辛うじて繋ぎ止めていた意識が、急激に遠のいていく。
 信じていた。アキラの生存を。ルーティングが行けば、二人を救えるはずだと。
  そう、信じていたのに……
「アズウェル!!
 ディオウの叫びは届くことなく、アズウェルの両膝が砕けた。
 そのアズウェルの目前で、キセルが印を完成させる。
 何重にも重ねた印の一番奥。それは  ……
「エクストラマジック」
「ディオウ、アズウェルが危ない!!
 ラキィが甲高い悲鳴を上げる。
「髑髏」
 キセルの頭上に巨大な髑髏が出現する。
「闇の精霊か!」
『ぴんぽ~ん。今度は『精』霊っすね』
 骸骨であるスカロウの表情はわからない。
 だがその声色からは、勝ち誇った表情が読み取れた。
「アズウェル!」
 駆け寄ろうとするディオウを、スカロウの鎌が[さえぎ]る。
『そりゃあ、だめっすよ。ダンナァ』
「そこを退[]け!」
 純白の毛並みを逆立て、牙を剥き出しに躍りかかった。
 ディオウの爪を受け止めようとするスカロウの手に、ラキィが飛びつく。
『おや?』
「ディオウ、早く!!
 スカロウが一瞬戸惑った隙に、ディオウはその頭上を飛び越える。
「アズウェル! アズウェル!!
 ぴくり、とアズウェルの肩が反応した。
 足を速めるディオウ。術を操るキセル。
 両者にどのような想いがあろうが、時は待つことを知らない。
 冷たい風が大地の砂を巻き上げる。
「アズウェル、戻れ!!
「ディ……オウ……?」
 虚ろな視線で振り返ったアズウェルを、紫黒の髑髏が呑み込んだ。


      ◇   ◇   ◇  


 ふわりふわりと宙を浮遊しながら、仮面の男、ゼノンは東方を見やった。
「ンンー。ピエールサン、楽しんでていいナ。やっぱワタシも傀儡にすればよかったかナ」
 ピエール。その名にソウエンが眉間の[しわ]を深くする。
「まさか……」
 瞠目するショウゴに、苦渋を帯びた声色でソウエンが告げる。
『じじいの風とクエンの炎が……』
 兄弟の声に集中するために閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げて、ソウエンは眼前の敵を睨みつけた。
『アキラとリュウジが対峙している』
 力としては五分五分だろう。
 が、しかし、戦況は恐らくルーティングの劣勢。
「オレっちたちの方へ来れない?」
『だめだ』
 ソウエンが舌打ちをする。
『近くにミズナがいる、とクエンが言っている』
「じゃあオレっちたちが行くしかないね……」
『この外道をさっさと片付けろ』
 視線で頷いて、ショウゴは刀を斜めに振り下す。
 青藍[せいらん]の刃に白い[もや]がかかった。
 地を蹴り、ソウエンの炎を味方につけ、蝶のように舞うゼノンを叩き落とす。
 真っ逆さまに落ちていったゼノンは、轟音と共に舞い上がった砂埃で、その姿を隠された。
「アァ、一枚壊れちゃったヨ」
 むくりと起き上がり、折れ曲がった首を戻す。
 マントの中から再び一枚の仮面を取り出し、髑髏の顔に貼りつけた。
 ゼノンが立ち上がるのを待たずに、ソウエンの炎が襲いかかる。
『まだ懲りないようだな』
 瞬時にして仮面が燃え尽きるが、ゼノン自体は燃えることなく、その場に平然と立っている。
 おかしい、とショウゴは眉をひそめた。
「チョット、そんなに慌てないでヨ」
 両手を上げて大袈裟に慌ててみせると、ゼノンは再び仮面を取り出し、顔にはめた。
 先程叩き落とした時も、ソウエンが全身を焼いた時も、ゼノンは何事もなかったかのように其処にいる。
 どちらの攻撃も手応えはあった。当然手を抜いたつもりもなく、確実に息の根を止めているはずだった。
「ソウ、何か変だよ」
『身代わりだ』
 相方の疑問に低く応えたソウエンは、不機嫌を[あら]わにしていた。
『あの仮面は恐らく今まであれが殺してきた人のもの。それを身代わりにしている』
「うっわ、えげつないというか、グロテスクというか……気持ちわるー」
 率直な感想だ。
 ソウエンもショウゴの意見に同意する。
 実に不愉快な能力だ。
「その通リ。サスガ、鬼神というワケかナ。でも、こういうコトもできるんだヨ」
 ゼノンの仮面が怪しく光った。


      ◇   ◇   ◇


「だめよ、ディオウ! そんなことしたって……!」
 髑髏に飛びついてはスカロウに叩き落とされるディオウを、ラキィが制する。
「退け!」
「あれは精霊よ!? そんなことしてもアズウェルが戻ってくるわけないわよ!」
 紅い[まなこ]を揺らして食いかかるが、ディオウは聞く耳を持たない。
「退け、ラキィ!!
 立ちふさがるラキィを殴り飛ばして、ディオウは頭上の髑髏に飛びかかる。
『ダンナも諦めが悪いっすねぇ』
 溜息混じりに、スカロウは背負っていた鎌を振り下ろした。
 ラキィの金切り声が、無明の闇を切り裂く。
 韓紅[からくれない]の飛沫が舞い、優美な白き体躯が崩れ落ちた。


      ◇   ◇   ◇


 揺らめく蒼炎[そうえん]が照らし出すその顔は。
『馬鹿な……!』
 ソウエンが蒼い双眸を見開いた。
 ショウゴの唇が小刻みに震える。
「か……母さん……」
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