第24記 開演
声が、聞こえた。背筋が凍りつくような、冷たい声が。
墜ちる。片翼の鳥……〝ヴィアンタの失墜〟……〝絶望のファルファーレ〟……
不敵に微笑むシルクハットの男。
生きて、嫌だ……一人に、しないで……!
必死で幼馴染の名を呼ぶマツザワ。
逃げろ、早く……頼む、生きてくれ……!
そして、最後まで彼女を守り抜こうとしたアキラ。
リアルな情景が、一瞬 、一瞬、アズウェルの瞳に訴えかける。
崩れ落ちるアキラと呼応し、ガラスが割れるような哀しみの音を立てて、結界が砕け散った。
キラキラと輝くエメラルドの粉が、ワツキに降り注ぐ。
空を仰いでいたアズウェルは、苦渋の色を滲ませ視線を足元に落とす。
首を振った反動で、両眼から大粒の雫がいくつも弾け飛んだ。
「アキラの意識が……途絶えた……っ!」
震える拳が己の無力さを語る。
このままでは、終われない。
視界を歪める水滴を拭い、走り出す。
「待て!」
「放せ、まだマツザワがいる! 放せってば!!」
左の二の腕を強く掴んだ手を振り解こうと、乱暴に腕を振る。だが、制止したその手はアズウェルを放さない。
ルーティングは暴れるアズウェルの腕を捻り上げ、耳元で低く問いただす。
「何が見えた、言え」
ぞくり、とアズウェルの背筋を冷たいものが滑り落ちた。
反論を許さない威圧を発するルーティングに、息を飲む。
「な、長い……シルクハットをかぶったスーツのやつと、倒れたアキラと、泣いてる……マツザワ」
見えた。今度は、はっきりと見えたのだ。あの時のように、朧気ではなく。確かに、はっきりと。
自分の言葉に、再び凄惨なイメージが頭の中を駆け抜け、恐怖という名を鎖に締め付けられる。
早く行かなければ、取り返しのつかないことになる。
「……それだけか?」
「それと……墜ちる。片翼の鳥……〝ヴィアンタの失墜〟、〝絶望のファルファーレ〟。ところどころ、途切れていたけど、その男がそう言っていたんだ」
「そう……か……」
先程とは比べ物にならないほど弱々しく掠れた声がしたかと思うと、腕が開放される。
アズウェルが振り返ると、己の左目を隠す眼帯をくしゃりと握り潰すルーティングがいた。
小刻みに揺れる左手と眼帯の影に、真一文字の傷が見える。
表情を険しくしたルーティングは、感情を抑え込むように言った。
「お前には、敵わない……!」
「おまえ、そいつのこと知ってるのか!?」
「……知っている」
夕焼けのような紅い右目が、微かに揺れる。
「だったら……! だったら、さっさと行けよ! そいつ知ってんだろ!? おれじゃ……敵わねぇんだろ……!? おまえ、強いんだろ、早く、行けよ……!!」
アズウェルの催促に、左手が力なく眼帯を放す。怒りと悔しさが哀しみと恐れに変わり、左腕から力が抜けたのだ。
親指が微かに紅焔に触れる。それに一瞬右目を見開くと、顔をアズウェルから背け、強張った唇から足を拘束している戒めを吐き出した。
「俺は……! あいつらには会えない……!」
左目を縫いつけるかのような縦のラインは、かつて妹を守るために生まれ、弟を破壊した永劫消えることのない古傷[ 。
二度と会わないと、誓った。
掟がある。今会ってしまったら、八年の意味が無くなる。
「ばかか!? おまえ、何のために出て行ったんだよ!? ワツキを、マツザワたちを守るためだろ!?」
どくん、と心臓が跳ね上がった。
「おまえが守るのは、仲間と掟、どっちなんだよ!?」
見えないはずの左目に、幼き日の二人が映る。
兄さま!
リュウ兄~!
温かい笑顔で、自分に手を振る二人の姿。
頬に熱いものが伝う。
それでも。
「俺は……!」
「行きなさい。ルーティング」
凛とした声が辺りに響いた。
「おまえ……!」
「主[ ……」
二人が顧みた先には、ラキィを抱えるシルードの姿があった。
「ら、ラキィ!」
「アズウェル~!」
シルードの手元から離れ、ラキィがアズウェルの胸に飛び込む。
「ラキィ、どうして……」
「あたし、アキラと一緒にいたのよ。でも急に消えちゃって……アキラを捜してたらこの子に会って……。ねぇ、アズウェル、アキラは、アキラは無事なの!?」
ラキィの問いに答える者はいない。
冷たい静寂がその場を包み込んだ。
それが何を意味するのかを悟り、ラキィは額をアズウェルの胸板に押し付けた。
余韻を残したまま、シルードが口を開く。
「ボクはいつも言っていますよね、ルーティング。……いえ、リュウジ・コネクティード」
本名を呼ばれ、腰に携えている紅焔へ左手をかける。
後悔は、するな。
頭に響く主の言葉を噛み締めて、ルーティングは リュウジは、大地を蹴った。
「絶対、敗けんじゃねぇぞ……」
彼の背中に呟くアズウェルに、シルードが語りかける。
「アズウェル、貴方も行ってください」
「シルード……」
以前見た子供っぽい色はなく、シルードの顔は真剣そのものだった。
「今、ワツキの戦力が落ちています。闇魔術[ はボクが何とかしますから、闇術師[ をお願いします」
「今ルーティングが」
「ええ、貴方が見たシルクハットの男も闇術師[ です」
アズウェルが怪訝そうに眉根を寄せる。
お前には敵わないと言われたのだ。行っても足手まといに以外何者でもない。
しかし、そこまで考えて、ふとアズウェルはシルードの言葉に不安を覚える。
「おまえ、今、〝も〟っつったよな……?」
それが、示す意味は。
「はい。……この地に来ているのは、一人ではありません」
◇ ◇ ◇
寅の刻を回った。
「来たか……」
空を仰いだ族長に黒い羽が降り注ぐ。
妖艶な美女が空から舞い降りた。
族長、コウキは、久方振りの再会に眉をひそめる。
「久しぶりだね~、コウキ。……キヨミの葬儀以来かぁい?」
靡[ く漆黒の髪をかき上げ、彼女は長い得物に頬ずりをする。
「そういうことになるだろう」
「キヨミのいないワツキなぁんて、何の魅力もないわぁ~」
カシャン、と錫杖[ を大地に突き立てると、彼女を取り巻くように鴉[ の群れが集まってきた。
「キヨミが命を賭[ して守り抜いたワツキ。貴様ら外道どもに易々と渡しはせん」
抜刀したコウキの足下から、巨大な岩が顕現する。
「岩月[ 、降臨!」
『某[ が必要か』
低い声と共に、岩から 否、甲羅から顔が現れた。
コウキが沈黙を以て返すと、象のような太い足が、どすん、と音を立てながら一本ずつ姿を現す。その音に合わせて、一羽、二羽、と鴉が何かに叩き落とされた。
女の足元にゴツゴツとした岩が転がっている。岩の下から赤黒いものが流れ出てきた。
潰れた取り巻きを気にも留めず、女は笑みを浮かべた真っ赤な唇を人差し指でなぞる。
「せいぜい足掻いてみるがいいさ、偽りの継承者様……?」
無数の鴉がコウキとガンゲツの視界を埋め尽くした。
◇ ◇ ◇
サラサラと闇色の砂が舞っていく。
ユウは呆然とその様を見つめていた。
人が、砂になる様を。
「あ……貴方は、闇術師[ のっ……!」
「やぁ、ミス・ユウ。元気だったかい? 大丈夫、僕はレディには手を出さないから」
黒いシャツにスリムなズボンを着た青年は、片膝を付いて彼女に黒いバラを差し出す。
「受け取ってくれ、僕の可愛いコスモスちゃん」
「い、いりませんっ!」
悪寒が走り、咄嗟に飛び退いた。
「僕は君を殺しに来たんじゃないよ。そこのね……反逆者を、ね」
穏やかな空気は一瞬にして殺気に捕らわれた。
「僕がわざわざ出向いたわけ、わかるよねぇ? ミスター・ヒウガ」
「命令に背いたものは消せ、か。ユンアやセロはどうした?」
顔だけ背後へ向け、黒バラを持つ青年は口端を吊り上げる。
「多分、もうピエールさんかゼノンさん辺りに殺[ られてるんじゃない?」
刹那、ヒウガから凄まじい魔力が放たれた。
あまりの風圧にユウは体ごと吹き飛ばされる。
「そのちゃちな首、かっさらってやるぜ」
「君をこの手で砂にできるなんて、わくわくしちゃうな」
◇ ◇ ◇
「おまえ、闇術師[ だな」
黒いフードを被った少年に、ディオウが対峙していた。
「……」
返答はない。
「聖獣の前だぞ。そのくだらんフードくらい取ったらどうだ」
「……」
やはり返ってくる言葉はなかった。
張りつめた空気が、痛い。
その空気を切り裂くように、名を呼ぶ声がした。
「ディオーウ!」
「アズウェル、おまえ……! 何でこういうときに来るんだ!!」
思わず溜息が出てくる。
「マツザワと……」
言いかけたアズウェルの瞳がぐらりと揺れる。
「アキラが、闇術師[ にやられたの」
アズウェルの言葉を紡いだラキィの声もまた、揺れていた。
ディオウは前方の人物を顎[ で指す。
「……こいつもそれだ。気をつけろよ、アズウェル」
「あぁ。シルードが闇魔術[ を破る魔法を発動するまで、時間を稼ぐんだ」
抱えていたラキィを降ろし、少年を見据える。
アズウェルの言葉に、瞳だけ動かしディオウは姿勢を低くした。
闇魔術[ を破る魔法。
それは、ディオウが知る限り、二択しか存在しない。
いずれにしても、常人が知るはずのないものだ。
「あの栗毛も……侮れんな」
誰に対してでもなく呟かれた言葉は、アズウェルに届くことはなかった。
◇ ◇ ◇
ステッキが頬を擦る。
動かないアキラを抱きかかえ、マツザワは最後の悪足掻きをしていた。
蒼白の右手で水華を持ち、必死で抵抗を図る。
しかし、それも限界に来ていた。
「サテ、そろそろ踊りまショウか。お嬢さん」
「くっ……!」
こんなところで、終わりたくはない。
目を閉じたアキラが徐々に冷たくなっている。
悔しい。
目頭が熱い。
いつも助けてもらっているのに、自分は何一つ返せなかった。
走馬燈のように駆け抜ける数々の思い出。
「兄さま……」
微かに呟いた時。
紅の炎が視界を明るくする。
『よぉ~、ミズナぁ。久しぶりだなぁ』
白く逆立つ髪。赤褐色の肌。
その少年の名は ……
「クエン……」
即ち、目の前に見える頼もしい背は。
「兄さま……!」
「ミズナ、アキラを連れて下がれ」
兄の言葉に無言で頷[ き、そろそろと後ろへ下がる。
境界線を作るようにクエンが炎のラインを引いていく。
紅焔をシルクハットの男に突きつけ、ルーティングは怒気をはらんだ声で言った。
「貴様、俺の弟妹[ に手を出したことを後悔するんだな」
「おやおや、これはこれは、ルアルティド・レジアもとい……リュウジ・コネクティードではありまセンか」
ステッキをクルクル回し、男はシルクハットの鍔[ を僅かに下げる。
『ピエール・ポプキンス。十年越しのケリをつけようぜ』
怒りの業火が空へ立ち上った。
◇ ◇ ◇
『兄弟が反撃の狼煙[ を上げたぞ』
蒼い炎を纏った少年が天を見上げた。
「オレっちたちも本気で行こうか」
不気味な仮面を被った敵を一瞥する。
「ホントに、薄気味悪い能力だよ」
ショウゴが破ったユンアはすでにこの世にいない。
その姿は黄色い仮面へと変貌を遂げていた。
「アナタもワタシのコレクションにしてあげるヨ」
黒い仮面の奥から人とは思えない声が聞こえた。
『いつ見ても、お前らは外道揃いだな』
侮蔑を込めた言葉を吐き捨てて、ソウエンは天へ静かなる闘志を解き放つ。
◇ ◇ ◇
白みがかっていた空を黒雲が支配していく。
役者は揃いマシタ。悲劇〝失墜のワツキ〟、開演デス
暗黒に呑み込まれた舞台には、一筋の光すら差し込まなかった。
不敵に微笑むシルクハットの男。
必死で幼馴染の名を呼ぶマツザワ。
そして、最後まで彼女を守り抜こうとしたアキラ。
リアルな情景が、
崩れ落ちるアキラと呼応し、ガラスが割れるような哀しみの音を立てて、結界が砕け散った。
キラキラと輝くエメラルドの粉が、ワツキに降り注ぐ。
空を仰いでいたアズウェルは、苦渋の色を滲ませ視線を足元に落とす。
首を振った反動で、両眼から大粒の雫がいくつも弾け飛んだ。
「アキラの意識が……途絶えた……っ!」
震える拳が己の無力さを語る。
このままでは、終われない。
視界を歪める水滴を拭い、走り出す。
「待て!」
「放せ、まだマツザワがいる! 放せってば!!」
左の二の腕を強く掴んだ手を振り解こうと、乱暴に腕を振る。だが、制止したその手はアズウェルを放さない。
ルーティングは暴れるアズウェルの腕を捻り上げ、耳元で低く問いただす。
「何が見えた、言え」
ぞくり、とアズウェルの背筋を冷たいものが滑り落ちた。
反論を許さない威圧を発するルーティングに、息を飲む。
「な、長い……シルクハットをかぶったスーツのやつと、倒れたアキラと、泣いてる……マツザワ」
見えた。今度は、はっきりと見えたのだ。あの時のように、朧気ではなく。確かに、はっきりと。
自分の言葉に、再び凄惨なイメージが頭の中を駆け抜け、恐怖という名を鎖に締め付けられる。
早く行かなければ、取り返しのつかないことになる。
「……それだけか?」
「それと……墜ちる。片翼の鳥……〝ヴィアンタの失墜〟、〝絶望のファルファーレ〟。ところどころ、途切れていたけど、その男がそう言っていたんだ」
「そう……か……」
先程とは比べ物にならないほど弱々しく掠れた声がしたかと思うと、腕が開放される。
アズウェルが振り返ると、己の左目を隠す眼帯をくしゃりと握り潰すルーティングがいた。
小刻みに揺れる左手と眼帯の影に、真一文字の傷が見える。
表情を険しくしたルーティングは、感情を抑え込むように言った。
「お前には、敵わない……!」
「おまえ、そいつのこと知ってるのか!?」
「……知っている」
夕焼けのような紅い右目が、微かに揺れる。
「だったら……! だったら、さっさと行けよ! そいつ知ってんだろ!? おれじゃ……敵わねぇんだろ……!? おまえ、強いんだろ、早く、行けよ……!!」
アズウェルの催促に、左手が力なく眼帯を放す。怒りと悔しさが哀しみと恐れに変わり、左腕から力が抜けたのだ。
親指が微かに紅焔に触れる。それに一瞬右目を見開くと、顔をアズウェルから背け、強張った唇から足を拘束している戒めを吐き出した。
「俺は……! あいつらには会えない……!」
左目を縫いつけるかのような縦のラインは、かつて妹を守るために生まれ、弟を破壊した永劫消えることのない
二度と会わないと、誓った。
掟がある。今会ってしまったら、八年の意味が無くなる。
「ばかか!? おまえ、何のために出て行ったんだよ!? ワツキを、マツザワたちを守るためだろ!?」
どくん、と心臓が跳ね上がった。
「おまえが守るのは、仲間と掟、どっちなんだよ!?」
見えないはずの左目に、幼き日の二人が映る。
温かい笑顔で、自分に手を振る二人の姿。
頬に熱いものが伝う。
それでも。
「俺は……!」
「行きなさい。ルーティング」
凛とした声が辺りに響いた。
「おまえ……!」
「
二人が顧みた先には、ラキィを抱えるシルードの姿があった。
「ら、ラキィ!」
「アズウェル~!」
シルードの手元から離れ、ラキィがアズウェルの胸に飛び込む。
「ラキィ、どうして……」
「あたし、アキラと一緒にいたのよ。でも急に消えちゃって……アキラを捜してたらこの子に会って……。ねぇ、アズウェル、アキラは、アキラは無事なの!?」
ラキィの問いに答える者はいない。
冷たい静寂がその場を包み込んだ。
それが何を意味するのかを悟り、ラキィは額をアズウェルの胸板に押し付けた。
余韻を残したまま、シルードが口を開く。
「ボクはいつも言っていますよね、ルーティング。……いえ、リュウジ・コネクティード」
本名を呼ばれ、腰に携えている紅焔へ左手をかける。
後悔は、するな。
頭に響く主の言葉を噛み締めて、ルーティングは
「絶対、敗けんじゃねぇぞ……」
彼の背中に呟くアズウェルに、シルードが語りかける。
「アズウェル、貴方も行ってください」
「シルード……」
以前見た子供っぽい色はなく、シルードの顔は真剣そのものだった。
「今、ワツキの戦力が落ちています。
「今ルーティングが」
「ええ、貴方が見たシルクハットの男も
アズウェルが怪訝そうに眉根を寄せる。
お前には敵わないと言われたのだ。行っても足手まといに以外何者でもない。
しかし、そこまで考えて、ふとアズウェルはシルードの言葉に不安を覚える。
「おまえ、今、〝も〟っつったよな……?」
それが、示す意味は。
「はい。……この地に来ているのは、一人ではありません」
◇ ◇ ◇
寅の刻を回った。
「来たか……」
空を仰いだ族長に黒い羽が降り注ぐ。
妖艶な美女が空から舞い降りた。
族長、コウキは、久方振りの再会に眉をひそめる。
「久しぶりだね~、コウキ。……キヨミの葬儀以来かぁい?」
「そういうことになるだろう」
「キヨミのいないワツキなぁんて、何の魅力もないわぁ~」
カシャン、と
「キヨミが命を
抜刀したコウキの足下から、巨大な岩が顕現する。
「
『
低い声と共に、岩から
コウキが沈黙を以て返すと、象のような太い足が、どすん、と音を立てながら一本ずつ姿を現す。その音に合わせて、一羽、二羽、と鴉が何かに叩き落とされた。
女の足元にゴツゴツとした岩が転がっている。岩の下から赤黒いものが流れ出てきた。
潰れた取り巻きを気にも留めず、女は笑みを浮かべた真っ赤な唇を人差し指でなぞる。
「せいぜい足掻いてみるがいいさ、偽りの継承者様……?」
無数の鴉がコウキとガンゲツの視界を埋め尽くした。
◇ ◇ ◇
サラサラと闇色の砂が舞っていく。
ユウは呆然とその様を見つめていた。
人が、砂になる様を。
「あ……貴方は、
「やぁ、ミス・ユウ。元気だったかい? 大丈夫、僕はレディには手を出さないから」
黒いシャツにスリムなズボンを着た青年は、片膝を付いて彼女に黒いバラを差し出す。
「受け取ってくれ、僕の可愛いコスモスちゃん」
「い、いりませんっ!」
悪寒が走り、咄嗟に飛び退いた。
「僕は君を殺しに来たんじゃないよ。そこのね……反逆者を、ね」
穏やかな空気は一瞬にして殺気に捕らわれた。
「僕がわざわざ出向いたわけ、わかるよねぇ? ミスター・ヒウガ」
「命令に背いたものは消せ、か。ユンアやセロはどうした?」
顔だけ背後へ向け、黒バラを持つ青年は口端を吊り上げる。
「多分、もうピエールさんかゼノンさん辺りに
刹那、ヒウガから凄まじい魔力が放たれた。
あまりの風圧にユウは体ごと吹き飛ばされる。
「そのちゃちな首、かっさらってやるぜ」
「君をこの手で砂にできるなんて、わくわくしちゃうな」
◇ ◇ ◇
「おまえ、
黒いフードを被った少年に、ディオウが対峙していた。
「……」
返答はない。
「聖獣の前だぞ。そのくだらんフードくらい取ったらどうだ」
「……」
やはり返ってくる言葉はなかった。
張りつめた空気が、痛い。
その空気を切り裂くように、名を呼ぶ声がした。
「ディオーウ!」
「アズウェル、おまえ……! 何でこういうときに来るんだ!!」
思わず溜息が出てくる。
「マツザワと……」
言いかけたアズウェルの瞳がぐらりと揺れる。
「アキラが、
アズウェルの言葉を紡いだラキィの声もまた、揺れていた。
ディオウは前方の人物を
「……こいつもそれだ。気をつけろよ、アズウェル」
「あぁ。シルードが
抱えていたラキィを降ろし、少年を見据える。
アズウェルの言葉に、瞳だけ動かしディオウは姿勢を低くした。
それは、ディオウが知る限り、二択しか存在しない。
いずれにしても、常人が知るはずのないものだ。
「あの栗毛も……侮れんな」
誰に対してでもなく呟かれた言葉は、アズウェルに届くことはなかった。
◇ ◇ ◇
ステッキが頬を擦る。
動かないアキラを抱きかかえ、マツザワは最後の悪足掻きをしていた。
蒼白の右手で水華を持ち、必死で抵抗を図る。
しかし、それも限界に来ていた。
「サテ、そろそろ踊りまショウか。お嬢さん」
「くっ……!」
こんなところで、終わりたくはない。
目を閉じたアキラが徐々に冷たくなっている。
悔しい。
目頭が熱い。
いつも助けてもらっているのに、自分は何一つ返せなかった。
走馬燈のように駆け抜ける数々の思い出。
「兄さま……」
微かに呟いた時。
紅の炎が視界を明るくする。
『よぉ~、ミズナぁ。久しぶりだなぁ』
白く逆立つ髪。赤褐色の肌。
その少年の名は
「クエン……」
即ち、目の前に見える頼もしい背は。
「兄さま……!」
「ミズナ、アキラを連れて下がれ」
兄の言葉に無言で
境界線を作るようにクエンが炎のラインを引いていく。
紅焔をシルクハットの男に突きつけ、ルーティングは怒気をはらんだ声で言った。
「貴様、俺の
「おやおや、これはこれは、ルアルティド・レジアもとい……リュウジ・コネクティードではありまセンか」
ステッキをクルクル回し、男はシルクハットの
『ピエール・ポプキンス。十年越しのケリをつけようぜ』
怒りの業火が空へ立ち上った。
◇ ◇ ◇
『兄弟が反撃の
蒼い炎を纏った少年が天を見上げた。
「オレっちたちも本気で行こうか」
不気味な仮面を被った敵を一瞥する。
「ホントに、薄気味悪い能力だよ」
ショウゴが破ったユンアはすでにこの世にいない。
その姿は黄色い仮面へと変貌を遂げていた。
「アナタもワタシのコレクションにしてあげるヨ」
黒い仮面の奥から人とは思えない声が聞こえた。
『いつ見ても、お前らは外道揃いだな』
侮蔑を込めた言葉を吐き捨てて、ソウエンは天へ静かなる闘志を解き放つ。
◇ ◇ ◇
白みがかっていた空を黒雲が支配していく。
暗黒に呑み込まれた舞台には、一筋の光すら差し込まなかった。
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コメント
- 今日はここまで読みました(^^)
前回読んだ通り、アズっちの出番が少ないけど、こうして改めて読み進めてきても、この緊迫の展開は圧巻ですな~(^^)
- >>いきさん
読んでいただき感謝ですっ!
アズウェルの出番、第二部では増やしたいですねぇ。
お褒めの言葉、ありがとうございます><
もっと緊迫シーンをカッコよく書けるようになりたいです。