第22記 無情の炎
無数の鳥が足元から飛び立つように、幾多もの斬撃がセロを襲った。
空へ吹き飛ばされたかと思うと、大地へと叩きつけられる。
「ぐぁっ!!」
セロの武器である、悪魔の翼が、音を立てて砕け散った。仮面を剥 がされた竹弓がセロの傍らに横たわる。
竹弓に突き立てられた白銀の刃[ が眩しい。
「抜けるんじゃないですか……」
仰向けに倒れたまま、セロが静かに口を開いた。
「挑発に煽られて、勢いで抜いてもうたわ。ありがとさん」
にかっと白い歯を見せたアキラに、セロは瞠目する。
「あんさんのお陰で、わいは一歩前に進めたんやで」
「……お兄さんがクロウ族に入ったことは本当です。君主様の首を狙う、反逆者の部下ですよ」
満天の星空を瞳に映し、淡々と語る。
セロが語る言葉は、偽りでもなければ敵意もなかった。ただ、ありのままの事実を言葉にしていく。
「それは、つまり……」
二人の背後からマツザワが口を挟んだ。
「貴女方を裏切ってなどいないということです。純血族ですが、あの人はいい人でしたよ」
決して混血[ を見下すことなく。
だから、許せなかった。彼を追い出したスワロウ族が。
そして何より、自分たち[ を見下す態度が。
「何でそないなこと教えてくれるんや?」
首を傾げるアキラに、セロは微かに唇を動かした。
「……お礼を言われたのは、生まれて……初めてでしたから」
しかし、その言葉は届かない。
自嘲を浮かべ、セロは目を閉じた。
もっと早くに出会えていたら。
こんな形ではなく、彼らの兄と出会った時のように、在り来たりの日常で出会えていたら。
血を浴びることも、なかったかもしれない 。
◇ ◇ ◇
風が吹いた。それはとても懐かしい風だった。
「ヒュ~、嬢ちゃん強いねぇ」
パンパンと両手を叩きながら、ヒウガは口笛を吹いた。
ユウの足下には、ヒウガの部下が折り重なるように倒れている。
完全にヒウガを視界から抹消し、ユウは天を仰いだ。
「アキラさん……」
確かに、あれは玄鳥の風。
反応のないユウが気にくわなかったのか、ヒウガは冷笑する。
「嬢ちゃん、次は俺様だぜ」
「……道は開けていただきます」
視線を仕方なくヒウガに向け、彼女は扇子を構えた。
屋根の上から飛び降りると、ヒウガは長い爪をカチカチと鳴らす。
手の爪ではない。腕を覆うほどの巨大な爪を、それぞれの手に武器として携えている。
その爪を、ユウは不快そうな眼差しで射抜いた。
ヒウガが今までどれだけの者を手に掛けてきたのかは、暗紅色に染め上げられたその武器が物語っている。
ユウは右手の扇子を真一文字に振り抜く。
ガシャン、という音と共に、扇子が本来の姿を現した。
「面白い武器だな」
爪に牙を剥[ くその扇子は、蠍[ の尾が伸びたような形をしていた。
右手首を上へ向ける。
それと同時に、蠍の尾は元の扇子へと戻った。
部下がやられたというのに、ヒウガは顔色一つ変えない。
人の命を何だと思っているのだろうか。
治療師という立場から、急所は心得ている。軽く急所を峰打ちしただけで、彼らは魂が抜けたように倒れていったのだ。
だが、ヒウガはそう簡単には倒れてくれないだろう。
ユウは両手を広げ、くるくると回転した。扇子が長い太刀へと姿を変える。
「秋桜[ 」
淡い桃色の円盤が、ヒウガに襲いかかった。
「ヒュ~ゥ!」
口笛を吹き、爪を交差させる。
金属同士が火花をあげながら、激しく衝突した。
「技は見事だけど、非力だな」
クロスしていた爪を斜め下に開き、ユウの扇子は弾く。
すっと目を細めると、彼女は懐から小瓶を一つ取り出した。
「治療師を甘く見ないでください」
栓を抜き、中身を一気に飲み干す。
「秋桜!」
再び同じ技で仕掛ける。
あの程度の威力であれば、止める必要もない。
防ぐのではなく、攻めに入ったヒウガは、円盤に触れた瞬間、身体ごと吹き飛ばされた。
先程とは桁違いの力業である。
「こりゃこりゃ、おっかない嬢ちゃんだな」
珍しく切り傷が得物に増えた。
薬の調合を一手に引き受ける者からすれば、身体の機能を一時的に上昇させることなど容易いもの。
先刻彼女は、自前の腕力増強剤を投与したのだ。
「道を開けるつもりはありませんか」
「ねぇな」
互いの武器を構え、両者は吹き抜ける風に髪を靡[ かせていた。
◇ ◇ ◇
金属が擦[ れる高い音が、竹林に響く。
高速回転するユンアの武器に、ショウゴはやや苦戦を強いられていた。
「ん~、まともに受けちゃうと蒼焔折れちゃうねー」
『折ったら殺すぞ』
頭の中でソウエンが低く囁く。静かな物言いだが、確実に怒気をはらんでいる。
「あー、ソウ怖いー」
全くと言っていいほど怖がっていないショウゴに、ソウエンが切れかかった時。
風が、横切った。
二人には一羽の燕[ が横切ったように見えた。
風なのだから、そんな形など見えるはずもない。
しかし二人には、肌に感じたそれが何を示すのか、すぐに読み取れた。
「ソウ、感じた?」
『じじぃの風だ』
微笑して、ショウゴは首を縦に振る。
「オレっちたちもそろそろケリつけようか~」
『呼ぶのが遅いんだ、お前は』
嘆息混じりに蒼白い肌の少年が顕現する。
「蒼焔、こうり~ん」
右目にかかるほど長い前髪をかき上げ、ソウエンは全身に蒼い炎を纏[ った。
「お子様が出る幕じゃないわよ~ん!」
黒い円盤が近づいてくる。
ショウゴの蒼焔では弾かれ、止めることができなかった。
だが、それはあくまで刀で止めようとすればのこと。
ソウエンは無音で飛び上がると、ユンアの武器にひらりと舞い降りる。
「無情焔[ 」
一瞬にして蒼白の炎がユンアを包み込む。
「きゃあああああああ!!」
耳をつんざく悲鳴に、ショウゴは僅かに顔を顰[ めた。
「ソウ、もういいよ」
使い手の命令に従い、ユンアから離れる。
彼女の円月輪は跡形もなく燃え尽きていた。
長かったブロンドの髪も、ソウエンの炎によって焼失している。
「キミを生かしたのは、ちょっと聞きたいことがあったからだよ」
凛とした声音で語りかける。
首筋に当たる冷たい金属に、ユンアは全身を震わせていた。
「緋色隊って言ったよね?」
『のろまだ』
眉根を寄せて、ソウエンはユンアの胸倉を掴み上げた。
『隊長の名前を吐け』
「あ……ぁ……」
鬼神の気迫に答えることができず、嗚咽を漏らす。
血の気が引いたユンアは、顔面を蒼白にして歯をガチガチと鳴らせている。
「ソウ、それじゃ会話にならないよー。オレっちが聞くから下がってて」
舌打ちをしてソウエンはユンアを放り投げた。
尻餅をついた彼女に膝を折って目線を合わせると、ショウゴは静かに問い直す。
「もう一度だけ聞くよ。キミの隊の隊長は誰?」
「ひ……ヒウガ……」
「それは緋色の髪をした鳶[ のような男だね?」
必死で頷くユンアに、ショウゴは瞳を揺らした。
『いるとすれば村の中だ』
「そうだね。オレっちは責任取らなきゃいけないね~」
『あれはお前だけのせいではないだろ』
ソウエンは珍しくショウゴを慰めるが、その返事は返ってこなかった。
蒼焔を鞘に収め、身を翻す。
『止めは刺さないのか』
「戦意喪失してるし、武器ももうないからね。それよりヒウガを 」
ソウエンの白い髪が逆立った。
『ショウゴ』
「どうやらまだ村へ戻れそうにないねー……」
生暖かい風が、二人の頬を撫でた。
◇ ◇ ◇
気を失ったセロの傍らから玄鳥を抜き取り、鞘に収める。
振り返って、マツザワの元へ向かう。
「動けまっか?」
「身体右半分が動かないな……」
眉間に皺[ を寄せるマツザワに、アキラは屈み込むと手の平を見せた。
「一応ユウにこいつ送りまっせ~」
手の上には、紙でできた小鳥が乗っていた。
「白鳥[ 」
その言葉から命が吹き込まれたかのように、小鳥はアキラの手元から飛び立った。
「ほな、わいが負ぶってくさかい、一旦村へ戻りましょか~」
突拍子な発言にマツザワは目を剥[ いた。
「余計な真似はしなくていい! 私は一人で大丈夫だ!」
パチンッ……
微かに、音が聞こえた気がした。
どくん、とマツザワの鼓動が跳ね上がる。
「あんさん動けへんのやろぉ? また敵に遭[ うたらどないするねん」
アキラには聞こえていないようだ。
パチンッ!
今度は、確かに聞こえた。
「阿呆、後ろを見ろ!!」
マツザワが顔色を変えて声を上げる。
言葉に従い、アキラが振り返った直後。
全身に激痛が駆け巡る。
「アキラ!!」
アキラの脇腹をセロの腕が貫いていた。
深紅の雫が大地へ染みていく。
「かはっ!」
吐血したアキラの目に映ったのは、黒いスーツを着た狐目の男だった。
空へ吹き飛ばされたかと思うと、大地へと叩きつけられる。
「ぐぁっ!!」
セロの武器である、悪魔の翼が、音を立てて砕け散った。仮面を
竹弓に突き立てられた白銀の
「抜けるんじゃないですか……」
仰向けに倒れたまま、セロが静かに口を開いた。
「挑発に煽られて、勢いで抜いてもうたわ。ありがとさん」
にかっと白い歯を見せたアキラに、セロは瞠目する。
「あんさんのお陰で、わいは一歩前に進めたんやで」
「……お兄さんがクロウ族に入ったことは本当です。君主様の首を狙う、反逆者の部下ですよ」
満天の星空を瞳に映し、淡々と語る。
セロが語る言葉は、偽りでもなければ敵意もなかった。ただ、ありのままの事実を言葉にしていく。
「それは、つまり……」
二人の背後からマツザワが口を挟んだ。
「貴女方を裏切ってなどいないということです。純血族ですが、あの人はいい人でしたよ」
決して
だから、許せなかった。彼を追い出したスワロウ族が。
そして何より、
「何でそないなこと教えてくれるんや?」
首を傾げるアキラに、セロは微かに唇を動かした。
「……お礼を言われたのは、生まれて……初めてでしたから」
しかし、その言葉は届かない。
自嘲を浮かべ、セロは目を閉じた。
もっと早くに出会えていたら。
こんな形ではなく、彼らの兄と出会った時のように、在り来たりの日常で出会えていたら。
血を浴びることも、なかったかもしれない
◇ ◇ ◇
風が吹いた。それはとても懐かしい風だった。
「ヒュ~、嬢ちゃん強いねぇ」
パンパンと両手を叩きながら、ヒウガは口笛を吹いた。
ユウの足下には、ヒウガの部下が折り重なるように倒れている。
完全にヒウガを視界から抹消し、ユウは天を仰いだ。
「アキラさん……」
確かに、あれは玄鳥の風。
反応のないユウが気にくわなかったのか、ヒウガは冷笑する。
「嬢ちゃん、次は俺様だぜ」
「……道は開けていただきます」
視線を仕方なくヒウガに向け、彼女は扇子を構えた。
屋根の上から飛び降りると、ヒウガは長い爪をカチカチと鳴らす。
手の爪ではない。腕を覆うほどの巨大な爪を、それぞれの手に武器として携えている。
その爪を、ユウは不快そうな眼差しで射抜いた。
ヒウガが今までどれだけの者を手に掛けてきたのかは、暗紅色に染め上げられたその武器が物語っている。
ユウは右手の扇子を真一文字に振り抜く。
ガシャン、という音と共に、扇子が本来の姿を現した。
「面白い武器だな」
爪に牙を
右手首を上へ向ける。
それと同時に、蠍の尾は元の扇子へと戻った。
部下がやられたというのに、ヒウガは顔色一つ変えない。
人の命を何だと思っているのだろうか。
治療師という立場から、急所は心得ている。軽く急所を峰打ちしただけで、彼らは魂が抜けたように倒れていったのだ。
だが、ヒウガはそう簡単には倒れてくれないだろう。
ユウは両手を広げ、くるくると回転した。扇子が長い太刀へと姿を変える。
「
淡い桃色の円盤が、ヒウガに襲いかかった。
「ヒュ~ゥ!」
口笛を吹き、爪を交差させる。
金属同士が火花をあげながら、激しく衝突した。
「技は見事だけど、非力だな」
クロスしていた爪を斜め下に開き、ユウの扇子は弾く。
すっと目を細めると、彼女は懐から小瓶を一つ取り出した。
「治療師を甘く見ないでください」
栓を抜き、中身を一気に飲み干す。
「秋桜!」
再び同じ技で仕掛ける。
あの程度の威力であれば、止める必要もない。
防ぐのではなく、攻めに入ったヒウガは、円盤に触れた瞬間、身体ごと吹き飛ばされた。
先程とは桁違いの力業である。
「こりゃこりゃ、おっかない嬢ちゃんだな」
珍しく切り傷が得物に増えた。
薬の調合を一手に引き受ける者からすれば、身体の機能を一時的に上昇させることなど容易いもの。
先刻彼女は、自前の腕力増強剤を投与したのだ。
「道を開けるつもりはありませんか」
「ねぇな」
互いの武器を構え、両者は吹き抜ける風に髪を
◇ ◇ ◇
金属が
高速回転するユンアの武器に、ショウゴはやや苦戦を強いられていた。
「ん~、まともに受けちゃうと蒼焔折れちゃうねー」
『折ったら殺すぞ』
頭の中でソウエンが低く囁く。静かな物言いだが、確実に怒気をはらんでいる。
「あー、ソウ怖いー」
全くと言っていいほど怖がっていないショウゴに、ソウエンが切れかかった時。
風が、横切った。
二人には一羽の
風なのだから、そんな形など見えるはずもない。
しかし二人には、肌に感じたそれが何を示すのか、すぐに読み取れた。
「ソウ、感じた?」
『じじぃの風だ』
微笑して、ショウゴは首を縦に振る。
「オレっちたちもそろそろケリつけようか~」
『呼ぶのが遅いんだ、お前は』
嘆息混じりに蒼白い肌の少年が顕現する。
「蒼焔、こうり~ん」
右目にかかるほど長い前髪をかき上げ、ソウエンは全身に蒼い炎を
「お子様が出る幕じゃないわよ~ん!」
黒い円盤が近づいてくる。
ショウゴの蒼焔では弾かれ、止めることができなかった。
だが、それはあくまで刀で止めようとすればのこと。
ソウエンは無音で飛び上がると、ユンアの武器にひらりと舞い降りる。
「
一瞬にして蒼白の炎がユンアを包み込む。
「きゃあああああああ!!」
耳をつんざく悲鳴に、ショウゴは僅かに顔を
「ソウ、もういいよ」
使い手の命令に従い、ユンアから離れる。
彼女の円月輪は跡形もなく燃え尽きていた。
長かったブロンドの髪も、ソウエンの炎によって焼失している。
「キミを生かしたのは、ちょっと聞きたいことがあったからだよ」
凛とした声音で語りかける。
首筋に当たる冷たい金属に、ユンアは全身を震わせていた。
「緋色隊って言ったよね?」
『のろまだ』
眉根を寄せて、ソウエンはユンアの胸倉を掴み上げた。
『隊長の名前を吐け』
「あ……ぁ……」
鬼神の気迫に答えることができず、嗚咽を漏らす。
血の気が引いたユンアは、顔面を蒼白にして歯をガチガチと鳴らせている。
「ソウ、それじゃ会話にならないよー。オレっちが聞くから下がってて」
舌打ちをしてソウエンはユンアを放り投げた。
尻餅をついた彼女に膝を折って目線を合わせると、ショウゴは静かに問い直す。
「もう一度だけ聞くよ。キミの隊の隊長は誰?」
「ひ……ヒウガ……」
「それは緋色の髪をした
必死で頷くユンアに、ショウゴは瞳を揺らした。
『いるとすれば村の中だ』
「そうだね。オレっちは責任取らなきゃいけないね~」
『あれはお前だけのせいではないだろ』
ソウエンは珍しくショウゴを慰めるが、その返事は返ってこなかった。
蒼焔を鞘に収め、身を翻す。
『止めは刺さないのか』
「戦意喪失してるし、武器ももうないからね。それよりヒウガを
ソウエンの白い髪が逆立った。
『ショウゴ』
「どうやらまだ村へ戻れそうにないねー……」
生暖かい風が、二人の頬を撫でた。
◇ ◇ ◇
気を失ったセロの傍らから玄鳥を抜き取り、鞘に収める。
振り返って、マツザワの元へ向かう。
「動けまっか?」
「身体右半分が動かないな……」
眉間に
「一応ユウにこいつ送りまっせ~」
手の上には、紙でできた小鳥が乗っていた。
「
その言葉から命が吹き込まれたかのように、小鳥はアキラの手元から飛び立った。
「ほな、わいが負ぶってくさかい、一旦村へ戻りましょか~」
突拍子な発言にマツザワは目を
「余計な真似はしなくていい! 私は一人で大丈夫だ!」
パチンッ……
微かに、音が聞こえた気がした。
どくん、とマツザワの鼓動が跳ね上がる。
「あんさん動けへんのやろぉ? また敵に
アキラには聞こえていないようだ。
パチンッ!
今度は、確かに聞こえた。
「阿呆、後ろを見ろ!!」
マツザワが顔色を変えて声を上げる。
言葉に従い、アキラが振り返った直後。
全身に激痛が駆け巡る。
「アキラ!!」
アキラの脇腹をセロの腕が貫いていた。
深紅の雫が大地へ染みていく。
「かはっ!」
吐血したアキラの目に映ったのは、黒いスーツを着た狐目の男だった。
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