第20記 Devilish Arrow
立ち昇る魔力を拒むかのように、竹葉がざわめく。
「……換装魔術師 か」
少年が手に持つ弓が、魔力に反応し変貌を遂げる。竹弓という原型は跡形もなく、蝙蝠の翼を広げたような、禍々しい姿をしていた。
「あぁ、そういえば言い忘れていました。僕、緋色隊参謀のセロと言います。仰る通り、僕は換装魔術師[ ですよ。……ま、最も今から死ぬ人にはどうでもいいことですかね」
詠唱の代わりに、物理的な〝物〟に魔力を注入して戦う換装魔術師[ 。敵を駆逐するために編み出されたその哀しき力は、多くが血に飢えた武具の姿を取る。
セロが一本の矢を番[ え、マツザワに狙いを定める。
穢れた魔具を扱う彼らは、人呼んで「悪魔の操り人形[ 」。
「悪魔に魅入られたか」
マツザワは水華を握り締め、鋒[ で足下に弧を描く。
「デイモン・スピー!」
放たれた矢は、セロの呪と共に数本の黒い槍と化した。
「逆賊の滝!」
マツザワは刀を真上に振り上げる。
彼女の斬撃とセロの矢が激突し、空中で太刀音が舞った。
「へぇ……変わった技をお持ちなんですね」
セロが放った槍は綺麗に輪切りにされ、マツザワの足下に散らばっている。
「貴様ほどではない」
両者は一定の間合いを保ちつつ、それぞれの眼光を研ぎ澄ます。
間合いに風が吹き込み、槍の残骸が砂埃に紛れて散りばめられた。
風が止んだ時、其処に二人の姿はない。暗闇に紛れて、太刀音だけが竹林の中を掻き乱していた。
◇ ◇ ◇
背後から迫り来る音に、ショウゴは反射的に体勢を低くした。
恐らくショウゴを狙っていたであろうそれは、前方に見えていた竹を次々に斬り倒していく。
「やだぁ~ん。避けないでよぅ~」
勘に障る声に顧みると、指先でくるくると刃物を回している女がいた。
「円月輪[ ね~。キミ、珍しいもの持ってるねぇ」
円月輪。別名チャクラムとも言われるそれは、中央に穴の開いた薄い円形の投擲[ 武器。ワツキ周辺ではあまり見かけない代物だ。
「あら、おに~さん、詳しいのね~ん。ジェルゼンで特注した殺戮兵器だよ~ん」
縦巻きのブロンドヘアを弄[ り、狐のように目を細める。
外周を覆う鋭利な刃が月光を浴びて不気味に光った。
「ふぅ~ん。あのジェルゼンでねー」
さして興味なさそうに相槌を打ちながら、竹を斬り終えて持ち主の元へ戻ってきた円月輪を、ショウゴは体勢を変えずに叩き落とした。
「こんなのが飛び回っていたら、竹林が禿げちゃうじゃない」
人差し指と中指で叩き落としたものを拾い上げる。
「危ないものを投げないでよねー」
僅かに指をずらすと、円月輪はばらばらになり、ショウゴの手から舞い落ちた。
「おに~さんったら、やってくれるじゃなぁい?」
「オレっちは女性だからって手加減しないよー?」
「ふふっ、上等よ~。ちょうどおに~さんで十人目なのよね~ん」
その言葉を聞いて、ショウゴは表情から笑みを消す。
「生憎、オレっちは倒した敵の数なんて覚えてないよ。……バラバラになる覚悟はできたかい?」
ぼう、とショウゴの持つ刀が蒼白い炎を帯びた。
「あたしを女の子だと思って舐めない方がいいわよん。こう見えても、緋色隊副隊長なんだから~」
副隊長と名乗る女、ユンアは長いコートの裾[ をたくし上げる。
その下には、夥[ しい数の円月輪が、ギラギラとした光沢を覗かせていた。
◇ ◇ ◇
「傷薬、回復薬、解毒剤、針に糸……」
自宅で一人、応急用具の準備を進めていたユウは、ふと顔を上げる。
「何か……何か嫌な予感が……」
思案を巡らせてもその意味はわからない。
急がないといけない、そんな焦りが背筋を駆け上がった。
「準備は整っているはずです。落ち着いて、後は負傷者の手当を行えば……」
用意したものを竹籠[ に詰め込み家を飛び出す。
直後に軽薄な声が投げかけられた。
「お? 嬢ちゃんどこ行くんだ?」
「……貴方は、敵ですね」
玄関を出たすぐのところにいたのは、緋色髪の男だった。
「私は戦うつもりはありません。通してください」
「この緋色隊隊長、ヒウガ様がはいどうぞって通すわけねぇだろ?」
「そうですか。……では、力尽くで退[ いていただきます」
籠を足下に置くと、ユウは不機嫌そうに顔を歪めた。
「随分と……お連れの方が多いようですね」
「安心しな、小鳥の嬢ちゃん。俺はここで見物してっから」
ひらりと屋根の上に飛び乗り、ヒウガが口笛を吹く。
「嬢ちゃんは小鳥の生命線だぜ。ここを断てば、どうなるかわかるよなぁ?」
物陰からヒウガの部下がぞろぞろと姿を現した。
数だけで、彼らはさほど強くはないだろう。本命は。
ちらりと屋上の男に視線を送る。
急がなければ、助かる命も助からない。
「道を開けていただきます」
ユウは懐から二本の扇子を取り出した。
◇ ◇ ◇
漆黒のナイフを払い落とし、マツザワはセロを一瞥する。
相手は遠距離。対して、自分は近接。間合いを詰めれば有利になるが、間合いが開けば防戦の一方だ。
攻撃をかわしつつ、間合いへ飛び込むには。
マツザワの脳裏にアキラが浮かんだ。
やや癪[ だが、この際そんなことも言ってる場合ではない。
「守っているだけじゃ、僕は倒せませんよ」
セロの挑発に、マツザワは黙って水華を鞘に収める。
「降参でもするつもりですか? まぁ土下座したところで、混血[ を見下すような純血族など許しはしませんけどね!」
三本一度に番え、蝙蝠の魔具から解き放つ。
「ヴィアンタ・ソード!」
黒き魔力を乗せた三本の矢は、飛びながらその力を収束させて、一本の古刀と化す。
間合いが徐々に縮んでいく。残りの距離およそ、数歩分。
気迫を込めた眼力を黒刀に向け、マツザワは抜刀する。
「居合い、燕魚[ !」
寸前でセロの剣[ を弾くと、マツザワは大地を蹴り一気に間合いを詰める。
更にもう一度大地を蹴り、すれ違いざまにセロの左腕を斬りつけた。
「っち!」
速い。一歩横に動く時間[ すらなかった。
「小鳥風情が、調子に乗るんじゃねぇよ!!」
番えた矢を、夜空へ放つ。
その矢は上空で爆発し、黒い雨を降らせた。
「死ね!!」
セロにその雨は当たらない。
「雹[ の舞!!」
黒雨にマツザワは無数の突きで対抗した。
冷気と共に、小さな氷が雨を貫いていく。
「へぇ。でも、全ては撃ち落とせませんね!」
にやりとセロは口の末端を吊り上げた。
「ブラッド・デビル」
マツザワの首筋に一滴、漆黒の雨が落ちる。しかし、その雫はマツザワに針ほどの痛みすらもたらさない。
数秒の沈黙の後、セロが高笑いが響き渡った。
「ふふふふふ……あははははっ! 勝負はつきましたよ!」
「私はまだ動ける」
怪訝そうな顔を向けるマツザワに、セロは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「小鳥は脳が小さいですからね。気付くまでに時間がかかるだけですよ」
意味がわからないと彼女が眉根を寄せた時。
ぐにゃり、と視界が歪む。
「まさか……これはっ……!」
右手が震え、水華が零[ れ落ちた。
「そうです。僕の魔具には毒の効果があるんですよ。……さて、左腕のお返しに、右腕でも落としてあげましょうか」
眼鏡のレンズが光り、セロの表情を覆い隠す。だがその声色からは、狂気染みた歓喜が滲み出ていた。
「く……!」
視界がぐるぐると渦を巻き、とても立ち続けていられない。
片膝を付いたマツザワは、迫り来るセロを睨みつけることしかできなかった。
「……
少年が手に持つ弓が、魔力に反応し変貌を遂げる。竹弓という原型は跡形もなく、蝙蝠の翼を広げたような、禍々しい姿をしていた。
「あぁ、そういえば言い忘れていました。僕、緋色隊参謀のセロと言います。仰る通り、僕は
詠唱の代わりに、物理的な〝物〟に魔力を注入して戦う
セロが一本の矢を
穢れた魔具を扱う彼らは、人呼んで「
「悪魔に魅入られたか」
マツザワは水華を握り締め、
「デイモン・スピー!」
放たれた矢は、セロの呪と共に数本の黒い槍と化した。
「逆賊の滝!」
マツザワは刀を真上に振り上げる。
彼女の斬撃とセロの矢が激突し、空中で太刀音が舞った。
「へぇ……変わった技をお持ちなんですね」
セロが放った槍は綺麗に輪切りにされ、マツザワの足下に散らばっている。
「貴様ほどではない」
両者は一定の間合いを保ちつつ、それぞれの眼光を研ぎ澄ます。
間合いに風が吹き込み、槍の残骸が砂埃に紛れて散りばめられた。
風が止んだ時、其処に二人の姿はない。暗闇に紛れて、太刀音だけが竹林の中を掻き乱していた。
◇ ◇ ◇
背後から迫り来る音に、ショウゴは反射的に体勢を低くした。
恐らくショウゴを狙っていたであろうそれは、前方に見えていた竹を次々に斬り倒していく。
「やだぁ~ん。避けないでよぅ~」
勘に障る声に顧みると、指先でくるくると刃物を回している女がいた。
「
円月輪。別名チャクラムとも言われるそれは、中央に穴の開いた薄い円形の
「あら、おに~さん、詳しいのね~ん。ジェルゼンで特注した殺戮兵器だよ~ん」
縦巻きのブロンドヘアを
外周を覆う鋭利な刃が月光を浴びて不気味に光った。
「ふぅ~ん。あのジェルゼンでねー」
さして興味なさそうに相槌を打ちながら、竹を斬り終えて持ち主の元へ戻ってきた円月輪を、ショウゴは体勢を変えずに叩き落とした。
「こんなのが飛び回っていたら、竹林が禿げちゃうじゃない」
人差し指と中指で叩き落としたものを拾い上げる。
「危ないものを投げないでよねー」
僅かに指をずらすと、円月輪はばらばらになり、ショウゴの手から舞い落ちた。
「おに~さんったら、やってくれるじゃなぁい?」
「オレっちは女性だからって手加減しないよー?」
「ふふっ、上等よ~。ちょうどおに~さんで十人目なのよね~ん」
その言葉を聞いて、ショウゴは表情から笑みを消す。
「生憎、オレっちは倒した敵の数なんて覚えてないよ。……バラバラになる覚悟はできたかい?」
ぼう、とショウゴの持つ刀が蒼白い炎を帯びた。
「あたしを女の子だと思って舐めない方がいいわよん。こう見えても、緋色隊副隊長なんだから~」
副隊長と名乗る女、ユンアは長いコートの
その下には、
◇ ◇ ◇
「傷薬、回復薬、解毒剤、針に糸……」
自宅で一人、応急用具の準備を進めていたユウは、ふと顔を上げる。
「何か……何か嫌な予感が……」
思案を巡らせてもその意味はわからない。
急がないといけない、そんな焦りが背筋を駆け上がった。
「準備は整っているはずです。落ち着いて、後は負傷者の手当を行えば……」
用意したものを
直後に軽薄な声が投げかけられた。
「お? 嬢ちゃんどこ行くんだ?」
「……貴方は、敵ですね」
玄関を出たすぐのところにいたのは、緋色髪の男だった。
「私は戦うつもりはありません。通してください」
「この緋色隊隊長、ヒウガ様がはいどうぞって通すわけねぇだろ?」
「そうですか。……では、力尽くで
籠を足下に置くと、ユウは不機嫌そうに顔を歪めた。
「随分と……お連れの方が多いようですね」
「安心しな、小鳥の嬢ちゃん。俺はここで見物してっから」
ひらりと屋根の上に飛び乗り、ヒウガが口笛を吹く。
「嬢ちゃんは小鳥の生命線だぜ。ここを断てば、どうなるかわかるよなぁ?」
物陰からヒウガの部下がぞろぞろと姿を現した。
数だけで、彼らはさほど強くはないだろう。本命は。
ちらりと屋上の男に視線を送る。
急がなければ、助かる命も助からない。
「道を開けていただきます」
ユウは懐から二本の扇子を取り出した。
◇ ◇ ◇
漆黒のナイフを払い落とし、マツザワはセロを一瞥する。
相手は遠距離。対して、自分は近接。間合いを詰めれば有利になるが、間合いが開けば防戦の一方だ。
攻撃をかわしつつ、間合いへ飛び込むには。
マツザワの脳裏にアキラが浮かんだ。
やや
「守っているだけじゃ、僕は倒せませんよ」
セロの挑発に、マツザワは黙って水華を鞘に収める。
「降参でもするつもりですか? まぁ土下座したところで、
三本一度に番え、蝙蝠の魔具から解き放つ。
「ヴィアンタ・ソード!」
黒き魔力を乗せた三本の矢は、飛びながらその力を収束させて、一本の古刀と化す。
間合いが徐々に縮んでいく。残りの距離およそ、数歩分。
気迫を込めた眼力を黒刀に向け、マツザワは抜刀する。
「居合い、
寸前でセロの
更にもう一度大地を蹴り、すれ違いざまにセロの左腕を斬りつけた。
「っち!」
速い。一歩横に動く
「小鳥風情が、調子に乗るんじゃねぇよ!!」
番えた矢を、夜空へ放つ。
その矢は上空で爆発し、黒い雨を降らせた。
「死ね!!」
セロにその雨は当たらない。
「
黒雨にマツザワは無数の突きで対抗した。
冷気と共に、小さな氷が雨を貫いていく。
「へぇ。でも、全ては撃ち落とせませんね!」
にやりとセロは口の末端を吊り上げた。
「ブラッド・デビル」
マツザワの首筋に一滴、漆黒の雨が落ちる。しかし、その雫はマツザワに針ほどの痛みすらもたらさない。
数秒の沈黙の後、セロが高笑いが響き渡った。
「ふふふふふ……あははははっ! 勝負はつきましたよ!」
「私はまだ動ける」
怪訝そうな顔を向けるマツザワに、セロは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「小鳥は脳が小さいですからね。気付くまでに時間がかかるだけですよ」
意味がわからないと彼女が眉根を寄せた時。
ぐにゃり、と視界が歪む。
「まさか……これはっ……!」
右手が震え、水華が
「そうです。僕の魔具には毒の効果があるんですよ。……さて、左腕のお返しに、右腕でも落としてあげましょうか」
眼鏡のレンズが光り、セロの表情を覆い隠す。だがその声色からは、狂気染みた歓喜が滲み出ていた。
「く……!」
視界がぐるぐると渦を巻き、とても立ち続けていられない。
片膝を付いたマツザワは、迫り来るセロを睨みつけることしかできなかった。
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