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第19記 悲哀の雫

 天高くそびえ立つ緑の壁を見上げる者が二人いた。
 長身の男は、首に赤いスカーフを巻き、眉間に[しわ]を寄せている。
「こいつぁ、緑の塔[ライシャントゥワイス]じゃねぇか」
「間違いないわ」
 彼の言葉に頷いた女は、エメラルドグリーンの長い髪を二束に結わえていた。
「これは、唱える者と支える者が揃わなければできない古代上位魔法だ」
「そうね……術者は魔力がそれなりにあって、呪文さえ知っていればいいけれど……」
 支える者を見つけ出せる可能性は皆無に等しい。
「ロウド……私悲しくなってきちゃった……」
「まだ泣くな。任務が終われば、いくらでも聞いてやる」
 水色の瞳を揺らしながら、彼女はロウドを見つめた。
「うん、ごめんね……」
 微笑みを浮かべた彼女の表情は、悲哀を隠し切れていなかった。ロウドの顔にも苦渋が浮かぶ。
 見つめ合っていた二人は同時に顔を上げて、目の前の壁を見据えた。
「私の予知だと、この壁は私たちを拒まないわ」
 緑の塔[ライシャントゥワイス]は、結界を成している者たちに許された者のみが、中へ入ることができる。
 拒まれないということは、心を許されているということ。
 ちくり、と二人の胸に痛みが走る。
「俺が先に行く」
 ロウドはゆっくりと緑の壁に向かっていく。壁は味方を招き入れるようにして、口を開けた。
 壁の向こうに辿り着いたロウドは、彼女に手招きをする。
「大丈夫だ。来いよ、リル」
 こくりと頷いて、リルもロウドに続いた。


      ◇   ◇   ◇


 ふいに、ショウゴの手が止まる。
「たっちゃん……?」
 視線だけ動かすと、一線だけ紅い炎を纏う光が見えた。
 蒼焔が鼓動を鳴らす。
『ソウエン、俺に合わせろ』
 ショウゴの頭の中で、少年の声が響いた。
「ん~、オレっち張り切り過ぎちゃってる~?」
 その声に返事をしつつ、襲ってくる敵を薙ぎ払う。
『お前だけ暴れ過ぎなんだよ。これだからさー……ソウエン、兄貴の言うことを聞け』
 嘆息混じりの言葉が返ってきた。
『俺のせいじゃない。文句は使い手に言え』
 不機嫌な声が更に追加される。
「あ~、もう、わかったよ~。クエン、たっちゃんの気を送って~」
『ったく……てめぇで感じろよな、兄弟』
 肩を[すく]めたような気配を送り、クエンはショウゴの頭の中から姿を消した。


      ◇   ◇   ◇


 どくん、と。
 天へ突き上げた紅焔から鼓動を感じたルーティングは、口元に微笑みを浮かべた。
「クエン、あの馬鹿をねじ伏せるぞ」
『おうよ、相棒』
 ショウゴの気が少しずつ、ルーティングに波長を合わせていく。
「お……! ルーティング、もう少しでいけそうだ!」
 風の向こうからアズウェルの声が聞こえた。
「最後まで気を抜くな!」
「おう!」
 二人はそれぞれの意識を、暴れ回る問題児に全力で注いだ。


      ◇   ◇   ◇


 徐々に族長の身体を纏う光が薄れていく。それは即ち、結界が安定してきたことを意味する。
 うっすらと光を放っているものの、この程度ならさほど目立たないだろう。
「ではディオウ殿、私はそろそろ」
「あぁ」
「お待ち下さい」
 突如響いた声に、族長とディオウは背後を顧みる。
 其処にはオレンジ髪の男と、妖精のような可愛らしい面立ちをした女が立っていた。
「お……お前ら……!」
 絶句するディオウを素通りし、族長の前で片膝を付く。
「俺は通達者、ロウドと申します」
「同じく通達者、リルでございます」
 二人は左手を地につき、右手を左胸に当て、淡々と語っていった。
「我らが君主様より、スワロウ族のご当主に伝言を預かって参りました」
「この度は、緋色隊の命令違反による攻撃、誠に申し訳なく思っております」
「おい、ロウド、リル、お前らどういうつもりだ!?
 ディオウの怒鳴り声を黙殺し、ロウドとリルは交互に話を進めていく。
「無礼な部下の始末はこちらにお任せください」
「午前四時、処罰を与えに派遣された者が此処へ参ります」
「そのようなことは我らに何ら関係のないことだ。本題はそれではないであろう?」
 威圧を放ちつつ、族長は悠然と問うた。
「その通りでございます。緋色隊の無礼のお詫びとして、この度は本家からの総攻撃は控えさせていただきます」
 顔を上げずにリルが答える。その声は僅かに震えていた。
 先を言えずに唇を噛むリルの後を、ロウドが紡ぐ。
「午前四時、緋色隊抹消と同時に、ワツキ併合を行います」
「ワツキを、配下に置くと言うことか」
「制裁を加える者の手により、ワツキは我らの手に落ちるであろう。これが君主様のお言葉でございます」
 ロウドは族長の眼光に怯むことなく、その瞳を正々堂々と見返した。
「その者たちからワツキを守りきった場合、この戦はスワロウ族の勝利とさせていただきます」
「さようか。確かに、報せを受け取った。下がるがいい」
 以前にも似たようなことがあったのだろうか。
 通達者と名乗る二人の仕事振りは円滑だった。
「では俺たちはこれで」
 一礼して、二人は[きびす]を返す。
 族長は険しい表情で、彼らの背を見つめていた。


「待て」
 二人の前に聖獣が降り立った。
 黄金の瞳を鋭く光らせ、真っ白な毛並みの獣は静かに問いつめる。
「何故、お前らがクロウ族にいるんだ?」
「……久しぶりだな、ディオウ」
 嘲笑を浮かべ、ロウドは挑発的にものを言う。
 リルは彼の背に隠れ、その肩を震わせていた。
「ディオウ、その問いは愚問だぜ。クロウ族は複数の種族から成る、いわば連合種族だ。当然、本家は純血族だが、それに仕える俺たちは、混血だろうが、滅びた種族だろうが、堕ちた継承者であろうが、関係ない。今この地にももう一人いるだろ?」
 緑の目を細くして、ロウドは更に続ける。
「俺たちと同じように、クロウ族に入ったスワロウ族が」
「あぁ、知っている。奴のことは、おれにとってどうでもいいことだ。そんなクロウ族の仕組みなど、訊いているわけじゃない。アズウェルを一人にしておきながら、クロウ族に入り戦争の肩を持っているというのは、どういうことだと訊いている」
 その問いに、リルがか細い声を上げた。
「あ……アズウェルには、言わないで……! お願い……!」
「リル。お前は黙っていろ。一言で答えるなら、仕事だ。クロウ族の供給は他よりいいんだぜ」
「所詮金か。堕ちたもんだな、ロウド」
 今にも泣き出しそうなリルの手を引き、ロウドはディオウの横を通り過ぎる。
 そして、肩越しに感情を抑えた声で答えた。
「……どうとでも言うがいいさ。俺たちの心配をするくらいなら、アズウェルを命懸けて守れよ」
 その言葉から滲み出る感情を悟ったディオウは、一言投げ返した。
「ロウド、リル……死ぬなよ」
 互いに背を向け交わした言葉は、それぞれの瞳を揺らした。


      ◇   ◇   ◇


 足下に放たれた矢に、マツザワは足を止めた。
「次期族長って、貴女のことですよね」
 振り返ると、眼鏡を掛けた茶髪の少年がいる。
 自分の背丈ほどある弓を持ち、少年は不気味な笑みを浮かべていた。
「確か、そう。貴女のせいで、お兄さんはワツキを追われたとか」
「貴様、何故それを……」
「僕らの情報網を甘く見ないでくださいよ。……いやだなぁ、由緒ある血族って何でもかんでも自分たちが一番だと思っちゃってて、虫酸が走るよ」
 くいっと中指で眼鏡のつるを押し上げる。
 鈍く光った眼鏡は、マツザワの神経を逆撫でした。
「どうせ貴様らは命令を無視して先走ったのだろう。随分と軽率だな」
「あ~、僕、こういう大人嫌いなんですよねぇ。上から物言う人って馬鹿みたい。さっさと……あの世へ逝けよ、小鳥風情が!」
 少年から禍々しい魔力が立ち上った。


      ◇   ◇   ◇


 瞳から[あふ]れる涙が示すものは、罪悪感。
「ごめんね、アズウェル。ごめんね、ディオウ、ラキィ……」
 ロウドの胸を借り泣きじゃくるリルは、ただただ謝り続けていた。
「今は、こうするしかないんだ。俺たちみんなで決めたことだろ。あいつらを巻き込んじゃいけねぇ」
 彼女を優しく抱きながら、ロウドは緑の壁を振り仰ぐ。
「お前は何があっても、進まなきゃいけねぇんだ。絶対……死ぬんじゃねぇぞ、クリスちゃんよ」

  今はどうか心の痛みは忘れて
  ただ、ただ、切に願う
  友の無事を、ただただ、願う……
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