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第18記 古代魔法

 静かに目を閉じ、坐禅を組む男がいる。辺りは水を打ったような静けさだった。
 恐らく族長は〝あの板〟に印を潜ませているだろう。
 右目だけを開く。
 ならば、もう渡されているはずだ。
 無音で立ち上がると、辺りを見渡した。だが、道場に金髪の青年の姿は見つからない。
「小僧、どこに行ったんだ……?」


 水の音が洞窟に反響していた。
 視界が明るくなり、目の先に水のカーテンが見えた。
「おれじっとしてられる[たち]じゃねぇんだよな」
 滝を[くぐ]り抜け、アズウェルは薄暗い洞窟から脱出する。
 神社には人一人見当たらなかった。見えるものは、池と社と神木である一本桜のみ。
 神社と村を繋ぐ石段の方へ駆け寄る。遠くから騒音が聞こえてきた。
「みんな、今必死で村を守ってるんだ……。おれ、こんなところにいていいのか……?」
 足が自然と動き出す。
「待て」
 突然左腕を掴まれ、アズウェルの動きは止められた。
「る、ルーティング……」
「大人しくしていられない気持ちはわかるが、お前にはやることがあるんだ。道場へ戻るぞ」
 紅い瞳を見返すと、ルーティングも気持ちを抑えていることが読み取れた。
「結界を成したら、好きにしろ」
 ルーティングは握っていた腕を放し、身を翻す。一瞬、背後を顧みて、アズウェルも後を追った。
 今、成すべきことは。
  この村を結界で覆うこと


「いいか、本来この術は五人が村を囲むように立っていなければならない。だが、動きを制限されれば、当然敵と対峙できない。だからお前の力が必要なんだ」
 村の離れにアズウェルを連れて戻ったルーティングは、道場の前に立ち、術の説明を始めた。
 風に撫でられて、草がさわさわと鳴く。
「おれは何をすればいいんだ?」
 腕組みをしながらアズウェルは首を傾げた。
「お前、フレイテジアだろう。頭に構図を思い描け。村を囲むような五角形だ」
「正五角形か? まぁ、フレイトの図面に比べれば随分と楽だけど……」
「俺は術を唱える者だからその役目はできないんだ。五角形を頭に浮かべつつ、族長、まさ、マツザワ、アキラ、そして俺の気を均等にしろ」
 やればわかる、とルーティングは詠唱を始めた。
「俺もサポートはする。だが、あくまでサポートだ。俺に頼るな」
 いまいち感覚が掴めないが、確かにやってみればわかるだろう。印破りを始めた時も、最初はまったくわからなかったのだ。
 ルーティングは宙ではなく、大地に印を描いている。アズウェルはその動きに集中した。
 印が緑色の光を帯び、中心に立つアズウェルを軸に回転しながら浮き上がっていく。その速度が徐々に増し、遂にはアズウェルの周りに緑の輪ができた。
 光が地面にも投影し、足下で巨大な魔法陣が輝きを放つ。
「守れ、我らの友を……!」
 ルーティングは更に自分の前に印を描き、それを五角形で囲む。
 その時、ルーティングを含む五人から、緑の光線が空へ飛び出した。
「小僧、感じるか!?
 風が強く吹いている。アズウェルを取り込むように、エメラルドの風が球状に渦巻いていた。
「あぁ……! 感じるぜ、マツザワたちの力!」
 アズウェルは肌でその強力な想いを感じていた。
 それぞれ僅かに波長は異なるが、芯の想いはただ一つ。

  ワツキを守る!

 先刻言われた通り、頭に五角形を思い浮かべる。その頂点に一人一人の力を配置する。
 唸りを上げ暴れていた風が、瞬く間にアズウェルの元へと収束していった。
「……流石、あの方の血を引く者だ」
 小さな呟きは、アズウェルには届かない。
 自然と笑みが零れたルーティングは、空を仰いだ。


      ◇   ◇   ◇


 突如緑色の光に囲まれ、ショウゴは頭を[]いた。
「いやぁ~、たっちゃん、派手にやってるねぇ~」
 これでは敵に場所を知らせているのに等しい。案の定、四方八方囲まれている。
「まぁ~、こっちから捜しに行かなくて便利だけどね~」
 不敵な微笑みを浮かべて、抜刀する。
「さて、キミたち。一瞬で終わるのと、苦しんで長らえるのとどっちがい~?」
 蒼焔が蒼い炎を帯びた。
「オレっち、手加減ってもん知らないからサァ。……ワツキを荒らす者には容赦しないよ」
 最後の一言は、陽気なショウゴの声とは思えないほど冷たいものだった。
 ショウゴを[まと]う光の輝きが、より一層明るさを増した。


      ◇   ◇   ◇


 疾走する彼女の軌跡が、エメラルドの道となって光り輝く。
 すれ違いざまに敵をなぎ倒しているマツザワは、自分が光を纏っているなど気づきもしなかった。
「あれが、由緒ある種族の次期族長……?」
 眼鏡を掛けた少年がにやりと口端を吊り上げる。
「緋色さん、デザートなんて言って見逃したんでしょうね。僕がいただいちゃいますよ」
 その眼鏡が怪しく光った。


      ◇   ◇   ◇


「アキラ……その光……」
 アキラは、ラキィの丸い深紅の目が自分に釘付けになっているのに気づいた。
「なんやろなぁ? 身に覚えがありまへんが……」
 上空から地上を覗くと、似たような光が他にもある。
「わいだけやあらへんなぁ」
「あんた、その光なんだかわかってる?」
 ラキィの意図が読み取れず、アキラは首を傾げた。
「それ、魔法の一種よ。しかもただの魔法じゃないわ……」
「この村に、魔法が使える者なんておりまへんがな」
 くるりと振り返ると、村から少し離れたところにも光が見えた。
 あの場所は、道場だ。
 アキラは眉をひそめる。
「アズウェルはん、魔法唱えられまっか?」
「アズウェルはできないわ。魔法は、唱えられない」
 つまり、アズウェルに修行をつけている者が唱えていることになる。
 二人は顔を一度見合わせ、道場から立ち上る光に目を向けた。


      ◇   ◇   ◇


 大分それぞれの力が均等に落ち着いてきた。
「小僧、歯を食いしばれ!」
 ルーティングの声に、アズウェルはただ頷く。
緑の塔[ライシャントゥワイス]!」
 ワツキを取り囲むようにして、五角形の柱が空へ昇る。
 アズウェルの身体に重圧が伸しかかった。
「く……まささんのが強すぎる!」
「あの馬鹿、闘志を剥き出しにしてるな。小僧、安定させられるか!?
「やってる!!
 叫び声に叫び返し、アズウェルは片手と片膝を大地につく。
「おれの、言うことを聞け!!
 見開いたアズウェルの瞳は、ルーティングのエクストラを封じた時と同じ金色。
 凄まじい力がアズウェルから放たれた。
「この力は……魔力でもなければ、闘志でもない……」
 目を細め、ルーティングはその様子を見守る。
 五人の力が少しずつ、しかし確実に、アズウェルに制御されていった。


      ◇   ◇   ◇


 ディオウは目の前に現れた緑の壁を鋭く見つめている。
「これは、ただの魔法じゃない」
 背後の足音に顧みると、族長が立っていた。族長も壁と同じ色の光に包まれている。
「族長、この村に魔法を唱えられる者などいるのか?」
 ディオウの問いに沈黙を[もっ]て返す。
「……アズウェルに修行をつけている者の仕業だな」
「流石ディオウ殿。察しが宜しい」
「おれの勘だと、そいつはスワロウ族でクロウ族の奴だろう」
 不機嫌そうに目を細めるディオウに、族長は再び沈黙で答えた。
「今回ばかりは当たってほしくなかったがな」
 嘆息して空を見上げる。
「知らないだろうが、族長の息子が唱えているこの魔法は」
 一旦言葉を句切る。
失われし光[ロスト・ブリーズ]だ」
「古代魔法、と仰るのか」
「あぁ……恐らく、唱えているのは奴だが、制御しているのは……」
 ディオウはゆっくりと神社へ視線を送る。
 黙り込んでしまったディオウを、族長は真っ直ぐ見据えていた。
 やはり、千年前の聖獣。一目で古代魔法だと見破ったのは、かつて同じようなものを見たことがあるからだろう。
 役目を果たす時が来たのかもしれない。そして。
 族長も神社へ目を向ける。
 八年の間に、我が子に何があったというのだろうか。


      ◇   ◇   ◇


 アズウェルは問題児の力に悪戦苦闘していた。
「まささんの想いが強すぎる……!」
 他の四人と対等にならない。
「くっそ……!」
 意識を集めてみるが、その力は周りを呑み込むほど強かった。
「小僧に制御させるのも限界か……」
 ルーティングはショウゴがいるであろう方向を見やる。
 腰に帯びている二本の剣の内、一本を抜く。
「クエン、ソウエンに語りかけろ!」
 抜いた刀の刃が紅い炎を纏った。
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コメント

 こんばんは、仙咲です。
 先日、一気にここまで読みました!

 あのアキラさんにあんな悲しい過去があったとは……。
 マツザワさんことミズナさんの強さがますます好きになりました♪
 緊迫の状況、これからどうなるのか楽しみに読ませていただきます!

 ではでは。
>>仙咲さん
コメントありがとうございます! 遅くなりまして申し訳ありませんorz
一気読みありがとうございますー><

基本的に過去話は重い話が多いです……。楽しい話も書きたいですね!
準主人公を気に入っていただきありがとうございます☆
彼女はこれから徐々に活躍の場を広げていきますので、応援宜しくお願いします!
また時間があるときに冒険の続きを読んでいただければ幸いです。

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