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第23記 失墜

 危険だ。
 頭の中で警鐘が鳴り続けている。
 アキラの心臓はうるさいほど悲鳴を上げていた。
 セロが勢いよく腕を抜く。
「ぐぁっ」
 無造作に血が飛び散った。
 駆け抜ける激痛に顔を歪めながら、気力で体勢を立て直し、焦点を合わせる。
 やたらと長いシルクハットをかぶり、くるっとカールした口髭を生やした男が立っていた。
「コンバンワ。ショータイム、楽しんでいただけてマスか?」
 人間をまるで玩具のように扱っている。
 セロはもう動けないはずだ。彼の目は〝全て〟が黒かった。
「あの眼鏡に……何を……した?」
 アキラが静かに問う。
 自然に出た言葉は、昔の口調だった。
 今この時、この男を目の前にして、アキラに〝商人を演じる余裕〟など微塵[みじん]も存在しない。
「セロ君たちは我々の君主様の命令を無視しマシタので、制裁を与えてあげたのデス」
 何事もなかったかのように、男はクルクルとステッキを回している。
「サテ、お話しはこれくらいにして、ショーの続きにいきまショウ」
 パチン、と白い手袋をした右手の指を鳴らす。
 それが合図だった。再びセロがアキラを襲う。
 玄鳥を握る手に力を入れた。何かを強く握りしめていなければ、意識を手放しそうになる。
 血を、流しすぎたのだ。視界が朧気な霧に包まれていく。
 感情のないセロの攻撃が、徐々にアキラを圧倒する。
 じりじりと後退していた[かかと]に、何かが触れたのを感じ、アキラの首筋に冷や汗が流れた。
 もう、退[]けない。
 自分の後ろには  ……
「アキラ!」
 マツザワが声を張り上げる。アキラの踵が触れたのは、彼女の膝だった。
「おまえは、黙って、見てろ……!」
「でも……!」
「ろくに利き手も使えないようなおまえは、大人しく下がっていろ!」
 霞む視線が僅かに捉えるセロの動きに、一拍遅れて反応する。どうしても、視界に囚われてしまう。
 邪魔なものは、いらない。
 瞼を静かに閉じて、感覚を研ぎ澄ます。
「玄鳥、降臨!」
 風が急激に強さを増した。
 アキラの周りに、その風が集まっていく。
「馬鹿! その傷で降臨など無茶だ!」
 批難の叫び声を上げるマツザワを黙殺して、アキラはゲンチョウを降ろした。
 巨大なツバメがその翼を羽ばたかせている。
 その度に、強風が唸るのだ。
『久しぶりだな、アキラ』
「すまねぇ、ゲンチョウ。またおれに力を貸してくれるか?」
『聞くまでもない。あの外道を吹き飛ばせばよいのだろう』
 ゲンチョウはシルクハットの男を一瞥する。
 風神に睨まれたというのに、男は眉一つ動かさない。
「その通りだぜ」
 地面を蹴り、未だ止まることのないセロへ攻撃を仕掛ける。
 操り人形と化しているセロは、意志を持たない。意識を、持たない。
 ならば、肉体的に動きを止めるしかない。
 痛覚がないのであれば、意図的に動きを断つしかない。
「眠れ」
 刹那、更に風の威力が増した。
「居合い、飛燕[ひえん]
 ぶちっという断裂音と共に、眼鏡が砕け散る。
 完全に動きを停止し、セロはどさりと倒れ込んだ。
「ほう」
 パチン、と再度指を鳴らしてみるが、セロが起きあがることはない。
 玄鳥の刃が断ったのは、両脚の腱。もはや立ち上がることは不可能だ。
 刀を[さや]に収めたアキラは、宙に立っていた。抜刀すると同時に、アキラは纏っていた風に押し上げられたのだ。
 くるりと一回転し、着地する。
 いつでも抜刀できるよう手を玄鳥に添えたまま片膝をついているアキラは、殺気を男にぶつける。
「あとは、おまえだけだ」
「これはこれは。壊し甲斐のあるお坊ちゃんデスね」
『反撃の隙など与えん』
 ゲンチョウが両翼を羽ばたかせる。
「奥義! 燕の仁義!」
 風がアキラを中心として渦を作る。
 男はにやりと口端を吊り上げ、指を鳴らすと共に唱えた。
「ブラックボックス」
 アキラの足元に黒い影が伸びる。
 開かれた箱が組み立てられるように、アキラを風ごと呑み込む。
「っ!?
 箱の側面には、獣の角のような棘が無数に張り付いていた。
 吹き飛ばそうと、腕を真一文字に振り払うが、漆黒の壁は微動だにしない。
「アキラ!?
 立ち上がろうとするマツザワの膝が、絶望に砕ける。
 一面、一面と壁が反り立ち、終いだというように上面が壮大な音を立てて覆いかぶさった。
 そして、箱は、アキラを喰らい尽くした。


 静寂が空気を包み込んでいる。
 それを破ったものは、マツザワの切ない叫び声だった。
「アキラ!!
 全力を注いだ奥義は、いとも簡単に破られてしまった。
 アキラの右手から玄鳥が落ちる。大地に響いたカシャンという音が、敗北を告げた。
 既にゲンチョウの姿は何処にも見当たらない。
 体中を無数の棘で貫かれたアキラは、全身が朱に染まっている。
 どす、と鈍い音がした。
「これからが本当のショータイムデスよ」
 アキラの背を見つめるマツザワの瞳が、驚愕に彩られる。
 左胸を貫いた男の手が、不気味にアキラの背から生えているのだ。
 しかし、血は流れていない。
「お嬢さん、よく見ているのデス」
 ゆっくりと、男は左腕を引き抜いていく。
「ぅ……あ……」
 アキラが[うめ]き声を上げる。口から血が噴き出した。
 男が引き抜いた手には、黒いものが握られている。
「コレ何だかわかりマスか? お嬢さん?」
 すっと目を細めると、その黒いものをアキラから素早く引き抜いた。
「うあああああ!!
「アキラ!!
 両膝をついたアキラに、冷徹な微笑みを向けて男は言う。
「これは貴方の負の心デス。貴方の辛かったり哀しかったりした過去が、ぎっしり詰められていマス」
「それが、どうした」
 揺れる視界の中、男だけは確かに捕え、アキラは鋭利な眼差しを向けた。
「コレをデスね」
 男が指を鳴らす。
 その直後、黒い塊は数本の[つるぎ]へと姿を変えた。
 鋭い[きっさき]をアキラに向け、剣は宙に佇んでいる。
「一本一本が貴方の記憶デス。さて、何本まで耐えられるでショウかね?」
 パチンッ!
 音と共に、剣が一本アキラに突き刺さる。
 脳裏に鮮やかに甦る記憶は  両親が、この世を去った日。
 呻き声一つ上げないアキラを、男は面白そうに眺めている。
「なかなかお強いデスね。ではもう一本」
 パチンッ!
 血は、出ない。だが、鉄の剣で突き刺されているのと、何ら変りない音が、痛みが、耳を、身体を支配する。
「い……や……」
 [すが]るような声と共に、袴の裾を掴まれた感覚がアキラに届いた。
 背中越しに、マツザワが震えているのが伝わる。
「あほか。こんなものを見せたって、おれは折れたりしねぇぞ」
「それは困りマスね。貴方の次はお嬢さんが待っているのデスから」
 その言葉に、ほとんど見えていない瞳を鋭くする。
「ふざけるな。ミズナには、指一本触れさせねぇ」
「あ……アキラ……」
 男は首を傾げると、両手で指を鳴らす。
 次々とアキラの身体に漆黒の剣が刺さっていった。
「効かねぇよ」
 ゆらりと玄鳥を持ち立ち上がる。
「今の貴方に何ができマスか。この最後の一本、何が入っているかお分かりでショウ?」
 一際大きい剣を手元に移動させると、男は自らの手でアキラの心臓を突き刺した。

 八年前の記憶が甦った。

「お……れは……乗り越えたんだっ」
 刀を構え、懸命に言葉を[しぼ]り出す。
「しぶといデスね」
 指を鳴らし、男が再びその剣をアキラに刺し直す。
「っ!!
 頭に衝撃が走る。
 あの時と同じように、繰り返し凄惨な光景が目に浮かんだ。
 力が入らない。
 膝が折れ、地面に座り込む。
「み……ミズナ……」
「アキラ! もう……もう、いいよ!」
 背後から聞こえる彼女の声は震えていた。
 せめて、後ろにいる幼馴染だけは。
「に……ろ……」
「え……?」
「ミズ……ナ……逃げろ!」
 顔を上げて前を見据える。
 せめて、マツザワが  ミズナが、逃げきるまでは。
「こいつは……はぁ、はぁ……こいつは、闇術師[ダークマジシャン]だ。おれたちじゃ敵わねぇ……!」
「その通りデス。貴方方はここで死ぬのデスよ」
「ミズナには触れさせねぇっつったろ! ミズナ、逃げろ。おれが時間を稼ぐから、族長かショウゴさんに伝えろ! 早く!」
 動けないと悲鳴を上げる身体を叱咤して、アキラは立ち上がった。
 まだ、死ねない。背後に、幼馴染がいる限り。
「いやだよ……! アキラ、置いていけないよ!」
「おまえが死んだら、誰がワツキを守るんだ!?
 震えながら頭を横に振るミズナに、気力で怒鳴りつける。
「早く、行け!!
「いやっ!」
 しかしミズナは、頑なに首を振り続けて、アキラの意志を拒む。
 今ここでこの場を離れてしまったら、一生後悔するだろう。
 まだ、アキラが戻ってきて一年しか経っていない。やっと、戻ってきてくれたのに。

  ねぇ、アキラ
  何だ?
  私たちも兄さまたちみたいに、一緒に成人式するのかな?
  あぁ~。タメなんだからするんじゃねーの?
  ほんと! よかった、一人じゃないんだ。一緒にやろうね!
  おう、じゃあ、約束しようぜ
  うん、約束だよ!

「一緒に……成人式挙げるって約束したじゃんか……」
「覚えてる。だから、戻ってきたんだ」
 アキラは、振り返らない。
 振り返ることがないとわかっていても、必死に瞳を揺らし、訴える。
「だったら……!」
「だから、早く行くんだ! 族長かショウゴさんなら、こいつとやり合える!」
 拒む気持ちはわかる。逆の立場であったら、そんなことは決して応じない。
 声が、返ってこない。
 ひやりとした予感が、背筋を駆け下りた。
 顔だけ後ろへ向けると、ミズナの首筋に黒い針が刺さっていた。
「おまえ、ミズナに何しやがった!?
「私がみすみすお嬢さんを逃がしたりすると思いマスか? 貴方の剣の一部を、刺してあげたんデスよ」
 アキラは思わず瞠目する。
「まさか……それは……」
「アキラ……ごめん、ごめんね……」
 小さく声を絞り出すミズナを呆然と見つめた。
「そう、貴方に最後に刺した剣。あの光景を見せてあげたんデスよ」
「てめぇ……!」
「終わりデスよ。貴方もいい加減折れてくだサイ」
 パチンッ!
 八年前の記憶。ミズナの兄であるリュウジを斬りつけた記憶が、無数の針と化す。
「数撃ちゃ当たるって言いマスよね」
 その針が一斉にアキラを貫く。
「ぐあああああ!」
「いやだ、いやだ、アキラぁ    !!
「ん~。もう一度」
 パチンッ!!
 二つの悲鳴が、暁闇[ぎょうあん]の空を切り裂いた。
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