第17記 我らが敵に情けなし
耳鳴りのような高い音が辺りに響いた。
ルーティングが眉根を寄せた時、腕に衝撃が走り、印が割れる。
また詠唱が中断してしまった。
「く……まだあれを渡していないのか!」
渋面を作って舌打ちをする。
「力が足りない……」
何度も唱えてみるものの、結界が形になる前に霧のように掻き消えてしまっていた。
「ルーティング、大丈夫か?」
修行中、何度も魔法を放っていたのだ。当然疲れが見えていた。
ルーティングの魔力は、後僅かだ。
「問題ない」
口では言うが、がくりと片膝をつく。
エクストラの消費が思ったより激しかったのか。術は失敗すればその分、魔力を余計に消費する。
だが、とルーティングはアズウェルを見据えた。
あの技が〝アレ〟だとすると、エクストラの失敗は決して無駄なことではなかったはずだ。
二十歩ほど離れているアズウェルが、心配そうにルーティングを見つめている。
無理をして術を唱えても、失敗する可能性が高いだろう。
「小僧、悪いが少し休ませてもらう。お前も休んでおけ。結界を成したら体力をかなり奪われる」
「おう、わかった」
焦っていても仕方がない。結界があろうがなかろうが、ショウゴたちは村を守るだろう。
「次で、片をつける」
少しでも早く、彼らの負担を和らげるために。
ルーティングは坐禅を組むと、目を閉じて心を落ち着けた。
◇ ◇ ◇
「マツザワ、アキラ、これを持って行きなさい」
族長が紋章の描かれている板を渡す。スワロウ族の紋章だった。戦の時、スワロウ族はこの板を必ず懐に入れて持ち歩いている。勝利の呪いがかけられた板だ。
無言で頷き、二人は板を受け取った。
「武運を祈る」
族長のかけ声と共に、その場にいた者が一斉に散った。
「……アズウェル」
先刻、アズウェルの行方を問い詰めた時、族長が視線を送った先は神社だ。
アズウェルを迎えに行くか、否か。ディオウは決めあぐねていた。
「ディオウ!」
取り残されたディオウにラキィが声をかけてくる。ラキィの後ろにはユウもいた。
「ラキィか。おれたちはどうする」
「そうね……まずは雑魚を蹴散らしましょ。この村にいる限り、アズウェルともそのうち会うはずよ」
「……そうだな。お前はどうするんだ」
ディオウがユウに尋ねる。
「私は治療師です。村の中に来た者には応戦しますが、あくまで治癒優先になります。……これをどうぞ」
ユウは小瓶のついた首飾りをディオウに見せる。
小瓶の中には赤い液体が入っていた。
「応急処置の傷薬です。皆これを持って戦に臨んでいます。アズウェルさんに会えるかわからないので、ディオウさんに渡しておきますね」
そう言うと首飾りをディオウにかけた。
「あぁ、わかった。おれたちも行ってくる」
「ちゃっちゃと倒しましょ。本命の敵は十時に来るわ」
「お気をつけて」
ユウの言葉に首肯して、ディオウとラキィはそれぞれ飛翔した。
◇ ◇ ◇
竹林の中、蒼焔を携えてショウゴはのんびりと歩いていた。
「ん~。キミたちフライングは良くないよ~」
背後から敵が仕掛けてくる。
「ひ~とり、ふ~たり、さぁんにん……ん~、六人ね~」
振り向きざまに蒼焔を抜く。
「燃えろ」
ぽつりと呟いた言葉が敵に届くことはなかった。
何故なら、蒼焔を抜いた時点で片は付いていたから。敵は皆一様に、胸が真一文字に斬りつけられていた。
「約束は守らなきゃね~」
すっと目を細めるとショウゴは身を翻した。
「烈火一文字」
斬り口から蒼白い炎が発火する。
後方で聞こえる悲鳴に顔を顰 めて、ショウゴは冷然と言い放った。
「オレっちは、みんなと違って優しくないんだよ……」
◇ ◇ ◇
目の前の敵は動かない。こちらの様子を伺っているようだった。
「うむ……」
族長はその手を腰へやると、岩月[ という名の刀を抜く。
放出される威圧感が更に重みを増し、敵はじりじりと後退[ りした。
「なぁ……あれ、ちょっとやばくないか……?」
「お、おれたちじゃ……」
「あれは、岩守[ りのコウキだ……!」
口々に囁く者たちを前に、族長、コウキは悠然と答えた。
「ご名答」
「やばい、逃げろ!!」
一人が叫ぶと、我先にと逃げていく。
「大地の爪」
小さくなっていく敵の背に呟き、刀を真っ直ぐに斬り下ろす。
岩月が地面に触れた瞬間、大地が唸り、敵を追う。
「ひぃ!!」
必死に走る侵入者に、背後から大地が牙を剥[ いて襲いかかる。
「だから、だから本家に任せておけば良かったんだ……ぐぁあああ!」
一人、また一人と、土の牙が足を突き刺さし、彼らの自由を剥奪した。
「……二度とこの地に足を踏み入れるな」
岩月を鞘に収め、族長は静かに立ち去った。
◇ ◇ ◇
ラキィはアキラと合流し、村の上空を旋回していた。
「崖の上の敵が厄介ね~」
「ほな、片付けましょか。ラキィはん、ちぃとばかし手ぇ貸してくれへん?」
「耳ならいいわよ」
アキラが一瞬瞠目する。
確かに、ラキィに手はなかった。
「……こら失礼。これを持って、こう……やつらの間縫[ ってくれまっか?」
アキラは細い銅線をラキィに見せる。
「ちょい待ってぇな。この先っちょに……」
銅線の末端にデグという石をつけた。この石は電気を通さない。
「なるほどね~。わかったわ」
ラキィはアキラがやらんとしていることを察し、デグを尻尾で包[ む。
「頼みまっせ~」
「行くわよ!」
アキラの算盤[ から飛び降りると、そのまま敵目がけて急降下する。
「あんたたち! 観念しなさい!」
「な、なんだ? トゥルーメンズがしゃべったぞ!」
男たちが次から次へと剣を振り下ろしてくるが、ラキィは高速でその合間を縫っていく。
「い~感じでっせ。……ほな」
上空に浮かぶ算盤からラキィの動きを観察をしていたアキラが、懐から一枚の呪符を取り出す。
「雷矢[ !」
唱えた直後、空から黄金の光が落下した。光の矢はアキラの指し示す銅線へ突き刺さる。
「い~夢を」
眩[ い光を放ちながら、雷は銅線を伝っていく。
「ひ……うわぁああ!!」
その雷は、男たちが持つ剣へ乗り移り、彼らの頭から爪先まで駆け抜けていった。
ばたばたと倒れていく男たちに、ラキィが舌を出す。
「戦が終わるまで寝ててちょ~だい!」
デグを捨て、アキラの待つ上空へ戻る。
「ラキィはん、ナイスやったで!」
「あんたもね!」
二人はにやりとほくそ笑むと、右手と左耳でハイタッチした。
◇ ◇ ◇
「雹[ の舞!!」
刹那、辺り一帯が冷気に包まれる。
ひんやりとした空気を切るように、マツザワは疾走した。
彼女とすれ違った敵が、声もなく倒れていく。
竹林に隠れていた男は、彼女が通り過ぎたことを確認すると、首をこきこきと鳴らしながら村道に躍り出た。緋色の長髪を揺らし、倒れている男を一人持ち上げる。
「おえおえ、えげつねぇ~なぁ。穴だらじゃねーか」
氷の礫[ で撃たれた部下には、至る所から鮮血が流れ出ていた。
「まるで鉄砲だな、あの女[ 」
顔色一つ変えずに、血まみれの部下を放り投げる。
冷ややかな目を向けて、仰向けに倒れた部下の腹を、強く踏みつけた。
「ぐぁあっ!」
悲痛な呻[ き声を上げる部下を、低い声音で戒告した。
「緋色隊に弱いヤツはいらねぇんだよ」
冷酷な笑みを口元に宿し、その男は赤黒い得物を振りかざす。一瞬の後に、部下の頭が吹き飛んだ。
視線の先にマツザワが映る。
「デザートは食後ってな」
緋色髪の男、ヒウガは身を翻し、村の中へと足を踏み入れた。
ルーティングが眉根を寄せた時、腕に衝撃が走り、印が割れる。
また詠唱が中断してしまった。
「く……まだあれを渡していないのか!」
渋面を作って舌打ちをする。
「力が足りない……」
何度も唱えてみるものの、結界が形になる前に霧のように掻き消えてしまっていた。
「ルーティング、大丈夫か?」
修行中、何度も魔法を放っていたのだ。当然疲れが見えていた。
ルーティングの魔力は、後僅かだ。
「問題ない」
口では言うが、がくりと片膝をつく。
エクストラの消費が思ったより激しかったのか。術は失敗すればその分、魔力を余計に消費する。
だが、とルーティングはアズウェルを見据えた。
あの技が〝アレ〟だとすると、エクストラの失敗は決して無駄なことではなかったはずだ。
二十歩ほど離れているアズウェルが、心配そうにルーティングを見つめている。
無理をして術を唱えても、失敗する可能性が高いだろう。
「小僧、悪いが少し休ませてもらう。お前も休んでおけ。結界を成したら体力をかなり奪われる」
「おう、わかった」
焦っていても仕方がない。結界があろうがなかろうが、ショウゴたちは村を守るだろう。
「次で、片をつける」
少しでも早く、彼らの負担を和らげるために。
ルーティングは坐禅を組むと、目を閉じて心を落ち着けた。
◇ ◇ ◇
「マツザワ、アキラ、これを持って行きなさい」
族長が紋章の描かれている板を渡す。スワロウ族の紋章だった。戦の時、スワロウ族はこの板を必ず懐に入れて持ち歩いている。勝利の呪いがかけられた板だ。
無言で頷き、二人は板を受け取った。
「武運を祈る」
族長のかけ声と共に、その場にいた者が一斉に散った。
「……アズウェル」
先刻、アズウェルの行方を問い詰めた時、族長が視線を送った先は神社だ。
アズウェルを迎えに行くか、否か。ディオウは決めあぐねていた。
「ディオウ!」
取り残されたディオウにラキィが声をかけてくる。ラキィの後ろにはユウもいた。
「ラキィか。おれたちはどうする」
「そうね……まずは雑魚を蹴散らしましょ。この村にいる限り、アズウェルともそのうち会うはずよ」
「……そうだな。お前はどうするんだ」
ディオウがユウに尋ねる。
「私は治療師です。村の中に来た者には応戦しますが、あくまで治癒優先になります。……これをどうぞ」
ユウは小瓶のついた首飾りをディオウに見せる。
小瓶の中には赤い液体が入っていた。
「応急処置の傷薬です。皆これを持って戦に臨んでいます。アズウェルさんに会えるかわからないので、ディオウさんに渡しておきますね」
そう言うと首飾りをディオウにかけた。
「あぁ、わかった。おれたちも行ってくる」
「ちゃっちゃと倒しましょ。本命の敵は十時に来るわ」
「お気をつけて」
ユウの言葉に首肯して、ディオウとラキィはそれぞれ飛翔した。
◇ ◇ ◇
竹林の中、蒼焔を携えてショウゴはのんびりと歩いていた。
「ん~。キミたちフライングは良くないよ~」
背後から敵が仕掛けてくる。
「ひ~とり、ふ~たり、さぁんにん……ん~、六人ね~」
振り向きざまに蒼焔を抜く。
「燃えろ」
ぽつりと呟いた言葉が敵に届くことはなかった。
何故なら、蒼焔を抜いた時点で片は付いていたから。敵は皆一様に、胸が真一文字に斬りつけられていた。
「約束は守らなきゃね~」
すっと目を細めるとショウゴは身を翻した。
「烈火一文字」
斬り口から蒼白い炎が発火する。
後方で聞こえる悲鳴に顔を
「オレっちは、みんなと違って優しくないんだよ……」
◇ ◇ ◇
目の前の敵は動かない。こちらの様子を伺っているようだった。
「うむ……」
族長はその手を腰へやると、
放出される威圧感が更に重みを増し、敵はじりじりと
「なぁ……あれ、ちょっとやばくないか……?」
「お、おれたちじゃ……」
「あれは、
口々に囁く者たちを前に、族長、コウキは悠然と答えた。
「ご名答」
「やばい、逃げろ!!」
一人が叫ぶと、我先にと逃げていく。
「大地の爪」
小さくなっていく敵の背に呟き、刀を真っ直ぐに斬り下ろす。
岩月が地面に触れた瞬間、大地が唸り、敵を追う。
「ひぃ!!」
必死に走る侵入者に、背後から大地が牙を
「だから、だから本家に任せておけば良かったんだ……ぐぁあああ!」
一人、また一人と、土の牙が足を突き刺さし、彼らの自由を剥奪した。
「……二度とこの地に足を踏み入れるな」
岩月を鞘に収め、族長は静かに立ち去った。
◇ ◇ ◇
ラキィはアキラと合流し、村の上空を旋回していた。
「崖の上の敵が厄介ね~」
「ほな、片付けましょか。ラキィはん、ちぃとばかし手ぇ貸してくれへん?」
「耳ならいいわよ」
アキラが一瞬瞠目する。
確かに、ラキィに手はなかった。
「……こら失礼。これを持って、こう……やつらの間
アキラは細い銅線をラキィに見せる。
「ちょい待ってぇな。この先っちょに……」
銅線の末端にデグという石をつけた。この石は電気を通さない。
「なるほどね~。わかったわ」
ラキィはアキラがやらんとしていることを察し、デグを尻尾で
「頼みまっせ~」
「行くわよ!」
アキラの
「あんたたち! 観念しなさい!」
「な、なんだ? トゥルーメンズがしゃべったぞ!」
男たちが次から次へと剣を振り下ろしてくるが、ラキィは高速でその合間を縫っていく。
「い~感じでっせ。……ほな」
上空に浮かぶ算盤からラキィの動きを観察をしていたアキラが、懐から一枚の呪符を取り出す。
「
唱えた直後、空から黄金の光が落下した。光の矢はアキラの指し示す銅線へ突き刺さる。
「い~夢を」
「ひ……うわぁああ!!」
その雷は、男たちが持つ剣へ乗り移り、彼らの頭から爪先まで駆け抜けていった。
ばたばたと倒れていく男たちに、ラキィが舌を出す。
「戦が終わるまで寝ててちょ~だい!」
デグを捨て、アキラの待つ上空へ戻る。
「ラキィはん、ナイスやったで!」
「あんたもね!」
二人はにやりとほくそ笑むと、右手と左耳でハイタッチした。
◇ ◇ ◇
「
刹那、辺り一帯が冷気に包まれる。
ひんやりとした空気を切るように、マツザワは疾走した。
彼女とすれ違った敵が、声もなく倒れていく。
竹林に隠れていた男は、彼女が通り過ぎたことを確認すると、首をこきこきと鳴らしながら村道に躍り出た。緋色の長髪を揺らし、倒れている男を一人持ち上げる。
「おえおえ、えげつねぇ~なぁ。穴だらじゃねーか」
氷の
「まるで鉄砲だな、あの
顔色一つ変えずに、血まみれの部下を放り投げる。
冷ややかな目を向けて、仰向けに倒れた部下の腹を、強く踏みつけた。
「ぐぁあっ!」
悲痛な
「緋色隊に弱いヤツはいらねぇんだよ」
冷酷な笑みを口元に宿し、その男は赤黒い得物を振りかざす。一瞬の後に、部下の頭が吹き飛んだ。
視線の先にマツザワが映る。
「デザートは食後ってな」
緋色髪の男、ヒウガは身を翻し、村の中へと足を踏み入れた。
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