禍月の舞*Past Memory 『想うが故に 〝風〟』
身体が熱い。全身を灼熱の蛇が這いずり回っているようだっだ。
自分の鼓動が耳をつんざく。
頭は真っ白だった。そこに繰り返し再生される映像。
アキラ、無事か?
血塗られた顔……痛みなど少しも感じさせずに笑う顔。
おれは大切な人を斬りつけた。
憧れだったあの人の笑顔が頭に浮かぶ。
刹那、その映像は血まみれになるのだ。
〝ソレ〟が、おれの人生の全てだと言うように、ひたすら頭の中で流れ続けていた。
おれの心を支配するのは、自己嫌悪と絶望感。
悪夢は永遠と続くものだと思っていた。
これが地獄なのだろう。そんな考えすら浮かび始めていた。
ふいに、視界に色が浮かんだ。
ぼんやりと焦点を合わせると、おれの顔を覗き込む人がいる。
「ゆーちゃん、あっきーが目を覚ましたよー」
「本当ですか? すぐにおくすりをもってきます!」
ぱたぱたと足音が遠のいていく。
「あっきー、しゃべれる?」
さんばら髪の男が尋ねてきた。
この人は……多分、ショウゴさん。リュウ兄の親友。リュウ兄の……
「りゅ、リュウ兄!?」
「あ、あっきー、ダメだよー。いきなり飛び起きたりしちゃ……」
ぐにゃりと目に映るものが歪んだ。頭に激痛が走る。
だが、今のおれにとって、そんなことは些細な痛みに過ぎなかった。
心配させれば答えがもらえない。
おれはゆっくりと深呼吸してから再び問うた。
「リュウ兄は……?」
目を開けた時、悪夢は過ぎ去ったと思った。それは地獄の終わりだと。
だが、刀で同志を傷つけるなどという大罪が、簡単に消えるわけでもなかった。
そう、地獄の終わりじゃない。生き地獄の始まりだった。
「たっちゃんは……村を出て行ったよ……」
「そ……それいつですか!?」
「もう五日前になるかな……。あっきーはあの後一週間寝込んでいたんだよ」
現実に引き戻されたおれは、しばらく何も言えなかった。
何か言おうと唇が動くが、音にならない。
どうしてこんなときだけ頭が回るのだろうか。
リュウ兄が出て行った理由 堕ちた継承者はこの地を去れ。さすれば禍 は訪れず……
掟の一節が、走馬燈のように駆け抜けた。
「……そう……ですか……」
やっとの思いで吐き出した言葉がそれだ。
憧れの人が突然目の前から消えたというのに、涙すら出てこなかった。
「あっきー……?」
「おにいちゃん、おくすりもってきましたよ」
ショウゴさんとユウの声がした。
しかし今のおれには通過していくだけの音。雑音となんら変わりない。
「あっき~? 聞こえてる……?」
「おにいちゃん?」
「何も聞こえません!」
そう啖呵を切ると、おれは家を飛び出していた。
気がついたら神社にいた。花弁が散った桜は、まるで哀しみを表してるようだ。
顧みると池が見えた。
水切りをして遊んだ記憶が鮮やかに甦る。
足下に転がっている小石を拾って投げてみるが、それは跳ねることなく沈んでいった。
「あ……アキラだ」
久しぶりに聞く女の声。
虚ろな視線を音の発信源に送ると、ミズナが立っていた。
綺麗な黒髪を一つに束ね、道着に身を包み、真剣を……水華を手にしていた。
「……」
「ずっと寝込んでいたのだろう? こんなところに来ていて平気なのか?」
ミズナが隣に来て石を投げる。
その石はあいつが投げたとは思えないほど、軽やかに飛んでいった。
「……おまえ、平気なのかよ?」
小さく呟いたはずの言葉は予想以上に大きかった。
「何が?」
惚[ けているのか、この女は。
急に頭に血が上る。
「何が……じゃねぇだろ!? てめぇ、リュウ兄いなくなって平気なのかよ!? よくまぁ、平気な面して修行なんかしてられるなぁ!?」
ミズナの胸ぐらを掴み上げると、おれは感情にまかせて罵声を浴びせていた。
「兄上は掟に従ったまでだ。私のやることは兄上の跡を継ぐこと。事実に目を背けていて何かが変わるわけでもないだろう」
動じることなく淡々と述べていくミズナに違和感を感じた。
こんな……こんなやつだったっけ?
「ミズナ、休憩にするか?」
「いえ父上、すぐ戻ります」
滝の向こうから現れた族長に即答すると、ミズナはおれの手を振り払い、足早に駆けていく。
「行きましょう、父上」
おれを振り返ることもなく、ミズナは滝の中へと姿を消した。
ちらりとおれに視線を送った族長もミズナの後に続く。
滝の向こうに何があるのか、おれは知っていた。……道場だ。おれがリュウ兄を傷つけた、あの道場。
リュウ兄の顔を思い出した途端、違和感の正体に気付く。
「あの……あの口調は……」
入り口を覆い隠している滝を見つめる。
「あの口調は……」
そう、ミズナの違和感。それは硬く堂々とした口調。
リュウ兄の口調そのものだった。
寂しくないわけ……ないよな。
自分の考えの浅はかさに、その場を動くことができなかった。
リュウ兄が出て行ったのはワツキのため。
修行をして、強くなって、このワツキを守ること。それが残されたおれたちのやるべき使命。リュウ兄の気持ちを汲む唯一のこと。
「やっぱ……おまえは強いよ、ミズナ……」
敵わない。
自嘲にも似た苦笑を漏らして、おれは家へ足を運んだ。玄鳥を取りに。
◇ ◇ ◇
修行に復帰したおれを、族長もミズナも歓迎してくれた。
ショウゴさんだけは、やや表情が暗かったけど。
「ミズナ、アキラ。手合いをしてみなさい」
手合いとは勝負のこと。竹刀を用いての擬似対決だった。
族長の言葉に頷いて、おれたちは向かい合った。
礼をして構える。同時に床を蹴り、斬り込んだ。
速さではおれの方が上。一本取れたと思った。
突然、身体がびくりと硬直し、竹刀を持つ手が震えた。竹刀はミズナに当たる手前で止められていた。
ミズナが目を丸くする。
「何のつもりだ?」
答えることすらできないおれの竹刀を払う。そのまま思い切り竹刀を突き出した。
その竹刀はおれのみぞおちに見事命中。
「がはっ……」
受け身を取れなかったおれは、無惨に膝をついた。
「そこまで!」
族長の静止がかかり、ミズナが動きを止める。
「み~ずなちゃん、オレっちと手合わせしない~?」
「お願いします」
ショウゴさんに連れられて、ミズナは道場の外へ出て行った。
族長がおれに近づいてくる。
「……アキラ、剣術が必ずしも一番とは限らん。目的を達成するために与えられている手段は、一つではない」
突然動けなくなった理由がわからないおれは、族長の言葉の意味もわからなかった。
あの瞬間まで。
◇ ◇ ◇
今日の修行はここまで、と道場から追い出されたおれは、ユウの買い物を手伝っていた。
村から割と近くに位置する巨大都市、ロサリドへ行った帰り道。日は陰り、夕刻時だった。
「おにいちゃん、今日の夕げはたいですよ」
「あぁ~、そういやおまえ、鯛買ってたっけ?」
「おにいちゃんが起きたから、今日はごちそうなのです」
張り切っている妹を尻目に、おれはぼんやりと空を見上げていた。
のんびりとした帰路を、他愛のない会話をしつつ、ただ進んでいった。
村の入り口である竹林に足を踏み入れる。風が吹き、竹の葉がざわめいた。
ふと、背後に殺気を感じ玄鳥を抜く。竹林の中、滅多にお目にかかることのないそれは、〝夜叉〟と飛ばれる鬼だった。
「ったく……まだ丑三つ時じゃねぇだろ。ユウ、下がってろ」
「はい」
息が荒い鬼は、おれたちの持っている食い物を狙っているようだ。
ふざけんなよ、そんなに欲しけりゃ、てめぇでロサリドに行ってこい。
半眼で一瞥すると、夜叉へ斬りかかる。
おれの速さに身動きが取れない夜叉は、キィーキィーと気色の悪い声を上げているだけだった。
一瞬で片は付く。
そう……ミズナと手合わせをしたときと同じことを思った。
そして、あの時と同じことが起こる。
あと一歩のところで、おれは刀を止めていた。
リュウ兄を斬りつけた時の映像が浮かぶ。四肢が己の罪悪感に蝕まれ動かない。
日が沈み辺りが暗くなっていくと、夜叉が本来の力を取り戻す。
しゃぁしゃぁと息を巻きながら、おれを玩具のようにいたぶった。身体に傷が刻まれていく。
痛みは、感じなかった。その代わり、呆然とただ一つの念が、渦巻いていた。
おれは……もう、刀を使えないんだ……
「いやああああ!!」
妹の叫び声が響き渡る。
「……! アキラ!!」
蒼い刀が見えた。
刹那、鬼の頭が吹き飛んだ。
蒼焔を鞘に収め、ショウゴさんがおれを抱く。
「アキラ、しっかりしろ!!」
ショウゴさんの真面目な口調……久々だなぁ……
そんなことを考えて、おれは自然と笑みを零[ す。
「ショウゴさん……」
「大丈夫か。ならいい。ゆーちゃん、すぐ薬作ってきて!」
「は、はい!」
妹が遠のいたのを確認すると、おれは小さく呟いた。
「……おれ……刀……振れないです」
「あ……アキラ……今なんて……?」
ショウゴさんの目が大きくなる。
細目のショウゴさんの瞳をぼんやりと見つめて、おれは笑った。いや、泣いていたのかもしれない。
「おれは、もう……刀は振れないです。……抜いた数だけ、誰かの心や体を傷つけるから……」
その時初めて、おれはショウゴさんの頬を伝う涙を見た。
この村を守る手段は刀だけじゃないから……おれは、刀を捨てます
自分の鼓動が耳をつんざく。
頭は真っ白だった。そこに繰り返し再生される映像。
血塗られた顔……痛みなど少しも感じさせずに笑う顔。
おれは大切な人を斬りつけた。
憧れだったあの人の笑顔が頭に浮かぶ。
刹那、その映像は血まみれになるのだ。
〝ソレ〟が、おれの人生の全てだと言うように、ひたすら頭の中で流れ続けていた。
おれの心を支配するのは、自己嫌悪と絶望感。
悪夢は永遠と続くものだと思っていた。
これが地獄なのだろう。そんな考えすら浮かび始めていた。
ふいに、視界に色が浮かんだ。
ぼんやりと焦点を合わせると、おれの顔を覗き込む人がいる。
「ゆーちゃん、あっきーが目を覚ましたよー」
「本当ですか? すぐにおくすりをもってきます!」
ぱたぱたと足音が遠のいていく。
「あっきー、しゃべれる?」
さんばら髪の男が尋ねてきた。
この人は……多分、ショウゴさん。リュウ兄の親友。リュウ兄の……
「りゅ、リュウ兄!?」
「あ、あっきー、ダメだよー。いきなり飛び起きたりしちゃ……」
ぐにゃりと目に映るものが歪んだ。頭に激痛が走る。
だが、今のおれにとって、そんなことは些細な痛みに過ぎなかった。
心配させれば答えがもらえない。
おれはゆっくりと深呼吸してから再び問うた。
「リュウ兄は……?」
目を開けた時、悪夢は過ぎ去ったと思った。それは地獄の終わりだと。
だが、刀で同志を傷つけるなどという大罪が、簡単に消えるわけでもなかった。
そう、地獄の終わりじゃない。生き地獄の始まりだった。
「たっちゃんは……村を出て行ったよ……」
「そ……それいつですか!?」
「もう五日前になるかな……。あっきーはあの後一週間寝込んでいたんだよ」
現実に引き戻されたおれは、しばらく何も言えなかった。
何か言おうと唇が動くが、音にならない。
どうしてこんなときだけ頭が回るのだろうか。
リュウ兄が出て行った理由
掟の一節が、走馬燈のように駆け抜けた。
「……そう……ですか……」
やっとの思いで吐き出した言葉がそれだ。
憧れの人が突然目の前から消えたというのに、涙すら出てこなかった。
「あっきー……?」
「おにいちゃん、おくすりもってきましたよ」
ショウゴさんとユウの声がした。
しかし今のおれには通過していくだけの音。雑音となんら変わりない。
「あっき~? 聞こえてる……?」
「おにいちゃん?」
「何も聞こえません!」
そう啖呵を切ると、おれは家を飛び出していた。
気がついたら神社にいた。花弁が散った桜は、まるで哀しみを表してるようだ。
顧みると池が見えた。
水切りをして遊んだ記憶が鮮やかに甦る。
足下に転がっている小石を拾って投げてみるが、それは跳ねることなく沈んでいった。
「あ……アキラだ」
久しぶりに聞く女の声。
虚ろな視線を音の発信源に送ると、ミズナが立っていた。
綺麗な黒髪を一つに束ね、道着に身を包み、真剣を……水華を手にしていた。
「……」
「ずっと寝込んでいたのだろう? こんなところに来ていて平気なのか?」
ミズナが隣に来て石を投げる。
その石はあいつが投げたとは思えないほど、軽やかに飛んでいった。
「……おまえ、平気なのかよ?」
小さく呟いたはずの言葉は予想以上に大きかった。
「何が?」
急に頭に血が上る。
「何が……じゃねぇだろ!? てめぇ、リュウ兄いなくなって平気なのかよ!? よくまぁ、平気な面して修行なんかしてられるなぁ!?」
ミズナの胸ぐらを掴み上げると、おれは感情にまかせて罵声を浴びせていた。
「兄上は掟に従ったまでだ。私のやることは兄上の跡を継ぐこと。事実に目を背けていて何かが変わるわけでもないだろう」
動じることなく淡々と述べていくミズナに違和感を感じた。
こんな……こんなやつだったっけ?
「ミズナ、休憩にするか?」
「いえ父上、すぐ戻ります」
滝の向こうから現れた族長に即答すると、ミズナはおれの手を振り払い、足早に駆けていく。
「行きましょう、父上」
おれを振り返ることもなく、ミズナは滝の中へと姿を消した。
ちらりとおれに視線を送った族長もミズナの後に続く。
滝の向こうに何があるのか、おれは知っていた。……道場だ。おれがリュウ兄を傷つけた、あの道場。
リュウ兄の顔を思い出した途端、違和感の正体に気付く。
「あの……あの口調は……」
入り口を覆い隠している滝を見つめる。
「あの口調は……」
そう、ミズナの違和感。それは硬く堂々とした口調。
リュウ兄の口調そのものだった。
寂しくないわけ……ないよな。
自分の考えの浅はかさに、その場を動くことができなかった。
リュウ兄が出て行ったのはワツキのため。
修行をして、強くなって、このワツキを守ること。それが残されたおれたちのやるべき使命。リュウ兄の気持ちを汲む唯一のこと。
「やっぱ……おまえは強いよ、ミズナ……」
敵わない。
自嘲にも似た苦笑を漏らして、おれは家へ足を運んだ。玄鳥を取りに。
◇ ◇ ◇
修行に復帰したおれを、族長もミズナも歓迎してくれた。
ショウゴさんだけは、やや表情が暗かったけど。
「ミズナ、アキラ。手合いをしてみなさい」
手合いとは勝負のこと。竹刀を用いての擬似対決だった。
族長の言葉に頷いて、おれたちは向かい合った。
礼をして構える。同時に床を蹴り、斬り込んだ。
速さではおれの方が上。一本取れたと思った。
突然、身体がびくりと硬直し、竹刀を持つ手が震えた。竹刀はミズナに当たる手前で止められていた。
ミズナが目を丸くする。
「何のつもりだ?」
答えることすらできないおれの竹刀を払う。そのまま思い切り竹刀を突き出した。
その竹刀はおれのみぞおちに見事命中。
「がはっ……」
受け身を取れなかったおれは、無惨に膝をついた。
「そこまで!」
族長の静止がかかり、ミズナが動きを止める。
「み~ずなちゃん、オレっちと手合わせしない~?」
「お願いします」
ショウゴさんに連れられて、ミズナは道場の外へ出て行った。
族長がおれに近づいてくる。
「……アキラ、剣術が必ずしも一番とは限らん。目的を達成するために与えられている手段は、一つではない」
突然動けなくなった理由がわからないおれは、族長の言葉の意味もわからなかった。
◇ ◇ ◇
今日の修行はここまで、と道場から追い出されたおれは、ユウの買い物を手伝っていた。
村から割と近くに位置する巨大都市、ロサリドへ行った帰り道。日は陰り、夕刻時だった。
「おにいちゃん、今日の夕げはたいですよ」
「あぁ~、そういやおまえ、鯛買ってたっけ?」
「おにいちゃんが起きたから、今日はごちそうなのです」
張り切っている妹を尻目に、おれはぼんやりと空を見上げていた。
のんびりとした帰路を、他愛のない会話をしつつ、ただ進んでいった。
村の入り口である竹林に足を踏み入れる。風が吹き、竹の葉がざわめいた。
ふと、背後に殺気を感じ玄鳥を抜く。竹林の中、滅多にお目にかかることのないそれは、〝夜叉〟と飛ばれる鬼だった。
「ったく……まだ丑三つ時じゃねぇだろ。ユウ、下がってろ」
「はい」
息が荒い鬼は、おれたちの持っている食い物を狙っているようだ。
ふざけんなよ、そんなに欲しけりゃ、てめぇでロサリドに行ってこい。
半眼で一瞥すると、夜叉へ斬りかかる。
おれの速さに身動きが取れない夜叉は、キィーキィーと気色の悪い声を上げているだけだった。
一瞬で片は付く。
そう……ミズナと手合わせをしたときと同じことを思った。
そして、あの時と同じことが起こる。
あと一歩のところで、おれは刀を止めていた。
リュウ兄を斬りつけた時の映像が浮かぶ。四肢が己の罪悪感に蝕まれ動かない。
日が沈み辺りが暗くなっていくと、夜叉が本来の力を取り戻す。
しゃぁしゃぁと息を巻きながら、おれを玩具のようにいたぶった。身体に傷が刻まれていく。
痛みは、感じなかった。その代わり、呆然とただ一つの念が、渦巻いていた。
おれは……もう、刀を使えないんだ……
「いやああああ!!」
妹の叫び声が響き渡る。
「……!
蒼い刀が見えた。
刹那、鬼の頭が吹き飛んだ。
蒼焔を鞘に収め、ショウゴさんがおれを抱く。
「アキラ、しっかりしろ!!」
ショウゴさんの真面目な口調……久々だなぁ……
そんなことを考えて、おれは自然と笑みを
「ショウゴさん……」
「大丈夫か。ならいい。ゆーちゃん、すぐ薬作ってきて!」
「は、はい!」
妹が遠のいたのを確認すると、おれは小さく呟いた。
「……おれ……刀……振れないです」
「あ……アキラ……今なんて……?」
ショウゴさんの目が大きくなる。
細目のショウゴさんの瞳をぼんやりと見つめて、おれは笑った。いや、泣いていたのかもしれない。
「おれは、もう……刀は振れないです。……抜いた数だけ、誰かの心や体を傷つけるから……」
その時初めて、おれはショウゴさんの頬を伝う涙を見た。
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