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禍月の舞*Past Memory 『想うが故に 〝月〟』

 温かい春の日差しの中、ワツキでは式典が行われていた。
 俺、リュウジ・コネクティードと、親友のショウゴ・ディレイスの成人式。
「リュウジ、そしてショウゴ。成人おめでとう」
 父上から祝福の挨拶を頂く。
 俺とショウゴは無言で礼をした。
「リュウジ、そなたは次期族長として、これからも村を支えていただきたい」
「はい」
「ショウゴ、リュウジをこれからも支えていってくれたまえ」
「はーい」
 成人式だろうと、何であろうと関係ない。ショウゴはいつも気の抜けた返事をする。
「そなたたちに、ワツキから祝福として名を与えよう」
 俺たちスワロウ族は、成人すると名をもらえる。正確に言うと、名前に字をあててもらえるのだ。
 父上  族長は筆を取ると、和紙に達筆な文字を記す。
 ショウゴの名が与えられた。
「将吾。そなたは偉大な武将になるだろう」
 ただの字ではない。あてられる字は呪い師が選ぶ。その字には意味が込められていた。
「有り難く、いただきま~す」
 実に緊張感がない。
 俺は隣の親友を半眼で睨みつけた。
 まぁまぁ、とショウゴは愛嬌のある笑顔を返す。
「龍司。我が村の守護神、水龍様を[つかさど]り、このワツキの栄華を極めよ」
「……身に余るお言葉。有り難く頂戴いたします」
 礼をする。隣から聞こえた「まったくお堅いなぁ」などという声は黙殺だ。
「皆の衆、よくぞ集まってくれた。今日[こんにち]は盛大に祝杯をあげよう」
 参列者から拍手がわき起こる。
 形式張った式もこれで終わりだ。後は酒を飲み交わし、並べられたご馳走を食すのみ。
「よっしゃ、たっちゃん、食いまくろー」
「……誰だ、それは」
「オマエしかいないじゃぁ~ん」
 飄々[ひょうひょう][うそぶ]くショウゴを俺は無言で置き去りにする。
「あ、ちょっとぉー。まったくつれないなぁ~」
 ショウゴは肩をすくめて笑いながら、俺の後を追ってきた。並んだ親友を横目で一瞥し、小さく嘆息する。
 成人すれば少しは真面目になるだろうか。
 そんな淡い期待を見事に裏切ってくれた親友の戯言を聞き流しながら、妹のところへ向かった。


「あ、[にい]さまだ」
「おぅ、リュウ[にい]! ショウゴさんも一緒だ」
 赤い着物を身に[まと]ったミズナと、やや大きめの袴を着たアキラが駆けてきた。
「お前たち、なかなか様になっているじゃないか」
「お~お~。そのまま式挙げたらどうだー?」
 笑いながらショウゴが冗談を飛ばす。
「おれも式あげたい!」
「……アキラ、意味わかっているか?」
「もちろん! おれも字もらいてぇよ!」
 やはりわかっていないようだ。
 アキラと対照的に、ミズナは顔を赤らめていた。
「ショウゴさん、そんな冗談言わないでください!」
 目を瞑って[うつむ]く。
「なぁんだ~? おまえ字もらいたくねぇの?」
 ショウゴの言った「式を挙げる」という意味がわかっていないアキラは、デリカシーのないことこの上なく、ミズナに思いっきり平手打ちされていた。
「いってぇーな! 何すんだよ。そんなんじゃ、せっかく綺麗な着物着ていても台無しだぜ」
 火に油を注ぐとはこのことだ。
「アキラのばかー!!
 激怒したミズナは大声を上げて走っていった。
「……アキラ、後で謝った方がいいぞ」
「え、なんでおれが謝んの? リュウ兄、おれいきなりはたかれたんだぜ?」
 赤くなった頬を摩りながら、アキラは両目を丸くする。
 同い年でもミズナの方が精神年齢は高い。色々と複雑な年頃なのだろう。なかなか素直にものを言わない。
 対して、アキラはまだ子供だ。思ったことをそのまま口に出す。
 その悪びれないアキラの素直な言動が、彼女を困惑させていることに、当人は欠片も気付いていない。
 二人の揉め事は、大抵アキラの無自覚な純粋さが原因となっているのだが……。
 それを面白がって茶化すからややこしい事になるのだ。まったく、いつもショウゴは厄介事を引き起こしてくれる。
「ショウゴ、お前のせいだ。ミズナの機嫌を取ってこい」
「えー? オレっちのせい~? あっきーがにっぶいせいだよぉー」
 心外なとばかりに言うショウゴに、俺は溜息しか出てこなかった。
「アキラ、俺と一緒に来い。ショウゴ、お前は適当に食っていろ。一緒に来ると余計に面倒事になる」
「えー。一緒に酒飲もうよー」
「……後で付き合う」
「わーい。約束なー」
 歓喜の声を上げてショウゴはぴょこぴょこと走っていった。
 本当に疲れる。
 俺は体一つしかないんだ。頼むから面倒事を増やさないで欲しい。
 ただでさえ、龍降ろしの修行で疲れているというのに。
「行くか」
「でも、あいつどこ行ったかわかんないよ?」
「ミズナなら……多分あそこだ」
 俺は神社の方へ視線を向けた。


      ◇   ◇   ◇


 俺の予想通り、ミズナは神社の池の畔に腰を下ろしていた。
「ミズナ」
「……兄さま」
 振り向いたミズナは、俺の後ろにアキラを認めてまたそっぽを向く。
「ちぇっ。も~、何だよー。せっかく謝りに来たのに」
 アキラは不服そうに頬を膨らませた。
 やれやれ。仲が良いのか悪いのか。
 俺はミズナの隣へ足を運んだ。膝を抱えたミズナが上目遣いで見上げてくる。
 軽く屈んで小石を拾い上げると、二人に問うた。
「水切りって知っているか?」
「水切り……?」
「おれ知ってる! 石を水面に投げるヤツだろ?」
 首を傾げたミズナと石を投げる振りをするアキラを交互に見やり、頷く。
「あぁ、そうだ。  こうやって……」
 軽く石を投げる。石は軽快に飛び跳ねながら水面を渡っていった。
 その様子が先ほどのショウゴに被り、俺は[かす]かに眉をひそめる。
「わぁ! 兄さま、上手!」
 ミズナは喜んでくれたようだ。
「おれだってできるやぃ! せーのっ!」
 アキラが俺の真似をして石を投げる。
 その手つきは不慣れだったが、石は上手く水面を飛び跳ねた。
「上手いじゃないか、アキラ」
 俺が頭を撫でると、アキラは嬉しそうに微笑んだ。
 それを見ていたミズナが俺の袴の[すそ]を引く。
「兄さま、私にも教えて」
「あぁ、もちろんだ」
 しゃがみ込んで目線を合わせ、ミズナの手を取りながら指導する。
「いいか? これくらいの角度で水面に向かって投げる。上から投げちゃだめだぞ。横からこう……空気を大きく[すく]うようにして投げるんだ」
 俺の説明を真剣に聞いていたミズナは、こくりと頷くと小石を拾って池の前に立つ。
「こう……かな?」
 言われた通りに身体を動かし投じるが、しかしその石は跳ねることなく沈んでしまった。
「う~ん……上手くできないよぉ」
「へへっ、おれのが上手いな。そ~れ!」
 アキラの投げた小石は鮮やかに飛んでいった。
「よっしゃ、五段跳ねたぜ!」
 満足そうに拳を握りしめるアキラを、ミズナが半眼で見つめる。
「ホント、おっまえ不器用だよなぁ」
 それは俺も同感だ。色んな意味でミズナは不器用だった。
「う、うるさいわね」
 何度も石を投げてみるが、沈んでしまう。
 ミズナは悔しそうに俯いた。
「どうして私だけできないのかなぁ……」
「練習してみればいい。ミズナは努力家だからきっとできるようになるだろう」
「兄さま、本当?」
「あぁ」
 嘘ではない。ミズナが努力で剣術を磨いていることを俺もアキラも知っていた。
 ミズナに比べると、アキラは天才肌でいつも彼女の一歩前を進んでいる。
 少しアキラより大人びているミズナは、それが堪らなく悔しいらしく、事ある毎に喧嘩をしていた。
 二人の仲裁は最早[もはや]俺にとっては日課と言っても過言ではないかもしれない。
 俺の言葉にミズナは瞳を輝かせて石を探している。
 そんなミズナを[しばら]く無言で眺めていたアキラは、ふと一つ小石を拾い上げると、彼女の手元にそれを放り投げた。
「ほ~らよ。これで投げてみれば? ま、おまえにはできねぇと思うけどなぁ~」
 アキラ……お前はいつも一言余計なんだ。
 ミズナに投げた石は小さな円盤のようだった。水切りには適している。
 恐らく知っていてあげたのだろうが、アキラは余計な一言を付け加えていた。
「な、なによ……アキラの助けなんかなくたって自分で探すもん」
 こちらも頑固だった。
 まったく、素直になればいいものを。
「ミズナ。その石で投げてみるといい」
「ほらほら。リュウ兄もそう言ってるぜ?」
「……やってみる」
 渋々と小石を拾うと、ミズナは再び池へ投じる。
 不器用さが滲み出ている投げ方だったが、その石は三段飛び跳ねた。アキラの選んだ石が良かったのだろう。
「跳ねた! 兄さま、跳ねたよ!」
「あぁ、跳ねたな」
「おれの選んだ石が良かったんだよな」
「……投げ方が上手かったのよ」
 確かにアキラの言うとおりなのだが。……俺の仲裁を無駄にするな。
 またか、と額に手を当てた時、珍しくアキラがミズナに褒め言葉を贈った。
「んま、さ。おまえにしちゃぁ、三段は上出来なんじゃね?」
 一瞬瞠目した[のち]、ミズナは頬を[ほの]かに赤く染め上げる。
「……ありがと」
 小さくお礼の言葉を呟いて顔を伏せるミズナ。それを見て、アキラは満足げに微笑んだ。
 桜吹雪が俺たちを温かく包み込む。
 俺が背後の桜を顧みると、二人も桜へと視線を移す。
「綺麗だね」
「うん」
 ミズナの言葉にアキラが同意する。
 その花弁は儚く移ろい、俺たちに降り注ぐ。
 淡い一時を、俺たちはただただ楽しんでいた。

 この桜吹雪が、何気ない幸せの終わりを告げていることに気付くのは、それから僅か三日後のことだった。


      ◇   ◇   ◇


「ミズナ、刀があるぜっ。これリュウ兄の真剣だよ!」
 道場でアキラの嬉々とした声が響いていた。
 アキラが手にしているのは水華[すいか]。俺が成人式後に父上から継承された刀だった。
「あっれ~? リュウ兄、これ抜けねぇよ」
「抜けないの? 貸してよ、アキラ」
 その刀は継承された者にしか抜けない  はずだった。
 父上、ショウゴ、アキラ、そして俺の目の前でそれは起こった。
 誰一人、口を開く者はいない。
 いとも簡単に水華を抜いたミズナは、虚ろな黒瞳[こくどう]で佇んでいた。
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