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第15記 対

 暗闇に包まれた蔵で、一人佇む者がいた。
「……ごめんな。おれ……おれはまだ……」
 絞り出す感情はとても微弱で音にならない。
 ただただ、「ごめん」と繰り返す若者の背は、いつもより小さく見えた。


      ◇   ◇   ◇


「これを、アズウェルさんと指導者さんにお願いします」
「あいよー、オレっちに任せとけぇー」
 ユウは手作りの弁当をショウゴに渡した。
「あの、ところで……」
「ん~?」
 思い切ってユウは疑問をぶつける。
「アズウェルさんを指導しているのは一体どなたなのですか?」
 族長でもない。そして、その右腕であるショウゴでもない。
 ワツキで腕の立つ者といえば、次はマツザワである。しかし、マツザワもアズウェルの修行は初耳だと言っていた。
「あー、それはオレっちも知らんなー」
「え、ショウゴさんも知らないのですか!?
「何かサァー。ぞくちょーしか知らん人っぽいよー」
 ショウゴはけろりとして答えた。
 実際、知ってはいるのだが、箝口令敷かれてる身で教えることはできない。
「そうですか……」
 頷いたものの、ユウはやや腑に落ちなかった。だが、ショウゴが言わないということは、マツザワすら知らされていないに等しい。次期族長が知らないことを、たかが治療師に教えるはずもない。
「そんじゃ、オレっちぞくちょーんとこ行ってくるサァー」
「あ、はい! 宜しく御願い致します」
 丁寧にお辞儀をして、ユウはショウゴを見送った。 


      ◇   ◇   ◇


 男が一人、ふらふらと道場へやって来た。
 さんばら髪に袴姿。腰に蒼の刀を帯びて、背には紅い刀を背負っていた。
「ふぅん。あれがアズウェルかぁー」
 普段静まり返っているワツキの道場は、何年かぶりに賑やかな声がしている。
「ちょっち、お手並み拝見といっきますかねー」
 男は道場の中が見えるところで足を止め、その場にどかりと座り込んだ。


「ウィンド・クロウ!」
 鋭利な風の爪がアズウェルを襲った。
「げ!?
 咄嗟に小刀を横に寝かし、両手でそれを前へ突き出す。
 その風は斬撃。きぃん、と高い音が道場に響いた。
「お、おい、ルーティング、おれ印の柱全部切ったぞ?」
「中位魔法以上はただ闇雲に印を崩してもだめだ。切り崩す順を間違えれば魔法が発動する」
「じゅ……順番……」
 そんなこと、わかるものなのだろうか。
 アズウェルは困ったように左手で頭を掻いた。
「もう一度同じ魔法を唱える。よく見てみろ。順序が必要とわかっていれば見えるかもしれんぞ」
「おう」
 噛み切った右手の血で、ルーティングは印を宙に描く。
 左手を上げた瞬間、その印がエメラルドグリーンの光を[まと]った。
 印とルーティングの動きに集中しながら、予知能力を起動する。
 アズウェルの瞳に文字が浮かんできた。だが、その字が何を示すのかわからない。印の末端から次々と現れる文字は、アズウェルが知るものではなかった。
「あ……!」
 光った。仄かなエメラルドグリーンの光を帯びていた文字が、金色[こんじき]の色に輝いたのだ。一度に全てが輝くわけではなく、一文字一文字徐々に色を変えてゆく。
 順番とは、このことなのかもしれない。
 アズウェルはルーティングの懐に飛び込むと、色が変化した順に印を斬り裂いていく。
 当然、アズウェルが視ているは〝これから変わる文字〟であり、実際にまだ全ての文字が淡い緑のままだった。
「一、二、三、四……八! これでラストのはず!」
 残りの一文字を左上から斬り下ろす。
 ガラスが割れるように、印は砕け散った。
「よっしゃぁ!」
 アズウェルが拳を突き上げた時、別の拳が頭に落下した。
「いっ……! 何すんだよ、ルーティング! 印は破れたじゃねぇか!」
「甘い。実践が全て詠唱だと思うか? 気を抜くのが早い」
「う……」
 正論を言われて、アズウェルは言葉を詰まらせた。
 敵が必ず印を作るとは限らない。印を作り、仮に破れたとしても、当然相手は次の行動に出る。
「一つ破れたからと言って慢心するな。……そうだな、お前は基本的に考えが甘い。体で覚えた方がいいだろう」
 そう言うと、ルーティングは先程と同様の詠唱を開始する。
「何だ? さっきと同じやつ?」
 一つの印は、一つの破り方と[つい]になっている。つまり、同じ詠唱をした場合は、同じ破り方をすれば良いのだ。
 アズウェルは予知を働かせることもなく、さくさくと斬っていく。
 破れたと思った直後、アズウェルの瞳に別の印が映った。
「げ!?
 予知起動。
 その印もウィンド・クロウと同じように、印が文字に変わる中位魔法だった。しかし、ウィンド・クロウではない。印が纏う色は冷ややかな空色。やがて空色は金色へと色を変える。
 順に斬り落としていくが、予知が遅れた分、ルーティングの詠唱が勝った。
「……グラシカル・ブレード」
 アズウェルに氷の刃が五本降ってきた。
「うお!?
 避ける。避ける。薙ぎ払う。叩き落とす。最後は  間に合わない。
 その刃を避けようとした時、アズウェルはバランスを崩し尻餅をついた。
「あ……あっぶねぇ……」
 氷の刃はアズウェルの両足の間に着地していた。
 もう少し横に倒れ込んでいたら、足が刺されていたのではないだろうか。ひやりと冷たいものが背筋を滑る。
「道場に傷を付けたな……」
 ルーティングがアズウェルを睨むように見下ろす。
「お前の術の選定が悪かったんだろっ」
「最初から予知していないお前が悪い。今やったのは二重詠唱だ。多重詠唱は術者の力によって、いくらでも重ねることができる。二枚程度破れないようでは、とても闇魔術[ダークマジック]など破れんぞ」 
「抜き打ちなんてせこいじゃんかよ……」
 そう言いながらも、実践ならば相手の手の内など全くわからないのだから、全力で臨んでいなかった自分が悪いのだろう。
 両肩を落として[うつむ]いているアズウェルから道場の外へと、ルーティングは視線を移す。
 昼時だろうか。陽は真上に昇っていた。
 間に合うのだろうか。だが、選択肢にあるは間に合わせるの一択だけだ。
「はぁー……腹減ったぁ~」
 アズウェルは大の字に寝転がる。
 その様子を見て、ルーティングは小さく嘆息した。
 確かに空腹だ。何せ、あれからずっと修行をしているのだから、当然朝飯など食べていない。
「立て。二重詠唱を終えたら休憩を取る」
「おう!!
 威勢良く、アズウェルは飛び起きた。と、その時。
「たっちゃぁ~ん」
 道場に緊張感のない声が響いた。
「……ウィンド・クロウ」
「おおっと」
 無詠唱で発動した魔法を、鮮やかに刀で受け流す男がいる。さんばら髪に似合わず、その刀捌きは柔らかく、華麗だった。
「おれ吹っ飛ばされたのに……」
 アズウェルが呆然と呟く。
「力の流れる方向を捉えれば、こ~んくらいちょちょいのちょいよー」
「何しに来た。ショウゴ」
 得意げに笑うショウゴに、容赦なくルーティングは無詠唱の術を差し向ける。
 それを軽やかに受け流しながらショウゴは言った。
「まさでいーじゃん、たっちゃぁん」
「その呼び方はやめろ」
「えー。えー。せぇっかく昼飯届けに来てやったのにサァー」
 左手の弁当を持ち上げてアピールする。
 ルーティングは僅かに目を細めると魔法を止めた。
「俺はもう龍司[リュウジ]という名は捨てたんだ」
 くるりと背を向ける親友に、ショウゴはただ笑っていた。
「あはー。そんなん関係ないってーのー。あだ名は名前なんかにゃ関係しないっすよー。見た目でウニとかもありだしねー」
「……さっさと昼飯を渡せ」
 きょとんと目を見開いて、それからショウゴは悪戯[いたずら]にほくそ笑む。
「まさって呼んだらあげるー」
「……」
 二人のやり取りを黙って見つめていたアズウェルだが、空腹に耐えきれず口を挟んだ。
「まささーん、おれの分ありますか?」
「ん、ん~? キミがアズウェルー?」
「そうです。アズウェル・クランスティって言います」
「ほーほー、クリスちゃんねー。よろしくー」
 ぶち、と何かが切れる音がした。
 アズウェルの目が怪しく光っている。
「その呼び方、やめてもらえますか?」
 ショウゴは変な呼び名を付けるのが趣味だが、クリスというのはミステイクだったようだ。アズウェルにとってあまり良い思い出がない。彼は渋面を作って「おれは男だ……」と呟いていた。
「おやや。たっちゃん、オレっちまずいとこ踏んじまったー?」
「知らん。相変わらずおふざけ度は満点だな」
 半眼で睨むと、ルーティングはショウゴの手から弁当を奪い取る。
「おい、小僧。五分で食え」
 アズウェルに半分投げ渡すと、ルーティングは再びショウゴに背を向け、弁当を食べ始めた。
「たっちゃんも相変わらずお堅いねー。あのねー、あのねー。たっちゃんにはもう一つお届け物がありましてー」
 振り向きもしないルーティングを気にした様子も見せず、ショウゴは背負っていた刀を下ろす。それをぽんとルーティングの肩に乗せた。
「……いらん。俺はもう刀は抜かない」
「そういうなよー。紅焔[くえん]が可哀相だー。オレっちの蒼焔[そうえん]と対なんだしサァー」
 ワツキに伝わる刀の中で、唯一二本で一対の存在である紅焔と蒼焔。対でなければ力を発揮しないというじゃじゃ馬の刀は、一本ずつではただの[なまく]ら刀に等しかった。だが、現在ワツキに二刀流を扱える者はいない。
 眠っていたその刀を目覚めさせた二人は、幼馴染であると同時に性格が見事なまでに正反対だった。過去にも先にも、もう彼らのように一本ずつで扱える者など現れないだろう。
「せーっかく、オレっちも降ろせたのにぃー」
 ショウゴは少し寂しそうな表情を浮かべた。
「とりあえず、持っててよー。受け取ってくんないと、オレっちがぞくちょーに怒られるー」
 過去と寸分違わぬ口調に、癒されると共に心配になってくる。
 一体いつまでそんな子供じみた[しゃべ]り方をしているのか。
 溜息をつくと、ショウゴが肩をぽんぽんと叩いている刀を受け取った。
「受け取る。代わりに、まさ。小僧に上位魔法の破り方を見せてくれ」
「おー? たっちゃん、上位も唱えちゃうのー?」
「エクストラまではできる」
 ルーティングは立ち上がると道場の外へ行く。
「さぁーっすがぁ~」
 ショウゴもルーティングの後に続いた。
「小僧、よく見ておけ」
 ひたすら無言で弁当を頬張るアズウェルに、ルーティングが言った。
 弁当を抱えたまま身体ごと二人に向けて、こくりとアズウェルは頷く。
「たっちゃぁ~ん。オレっちいつでもいーよー?」
 蒼焔を両手で持って伸びをしているショウゴには、緊張感の欠片もない。
「……」
 エクストラを叩き込みたい衝動を必死に抑え、宙に印を描いて、両手を胸の前で合わせる。
 徐々に両手の間隔を離していくと、それに伴って印も拡大した。印の直径が、ルーティングの身長とほぼ等しくなる。
 印が、深紅の輝きを帯びて回転を始めた。
「あー。あー。たっちゃんマジかー」
「降ろすのは、禁止だぞ」
「わーってるよー」
 握っていた刀を[さや]から抜く。その[]は蒼白かった。
「エクスプローション」
 ルーティングが唱えるのと、ショウゴが印の中央を貫くのは同時。
 一時[いっとき]、その空間は完全な静寂に呑まれる。
 突如鈴のような澄んだ音が響いたかと思うと、印はキラキラと輝く深紅の砂となって崩れ落ちた。


      ◇   ◇   ◇


 アキラは刀を一本握りしめ、屋敷の門を叩く。
「族長。アキラ・リアイリド、参りました」
「……アキラ、族長は床の間がある部屋にいる」
 アキラを迎えたのはマツザワだった。
 名を呼ばれアキラは瞠目する。
「……すまない」
「あんさんが謝ることやないで」
 顔を歪めて謝るマツザワに無理に笑顔を作ると、アキラは中へ入っていった。
 廊下を[]り足で歩き、最奥の[ふすま]を開ける。
「玄鳥は持ってきたか」
「はい、この通り」
 アキラは正座をして、刀を族長に差し出す。
「玄鳥の封印を開放する。明日の戦はこれを持て」
 族長は刀を拘束している白い布を巻き取ってゆく。その布は細く、呪が施されていた。
「族長、お言葉ですが、おれは……」
「ただ持っていればよい。抜くか否かの判断は、そなたに任せる」
 族長の声音はいつもより柔らかかった。
「……承知いたしました」
 姿勢を正し片膝を付くと、アキラは族長に深々と頭を下げた。

  チュビッチュルル

 何処かで[つばめ]のさえずりが聞こえた気がした。
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