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第13記 追憶の桜吹雪

 夜が更ける。月は今、その姿を雲の裏側に隠していた。
 足音を立てないよう慎重に進んでいく。
 早足で歩いていた男が、ふいに足を止めた。
 慌ててアズウェルは物陰に隠れる。
 男の眼前には高い崖を両断するように、石段が延々と続いている。その石段の先を彼は静かに見つめていた。
 何か躊躇[ため]うことがあるのか、男はなかなか足を踏み出さない。
 その先には、一体何があるのだろうか。
 アズウェルは物陰からじっと彼の様子を見つめていた。
 後を追うにしても一本道。石段に隠れる場所は見当たらない。彼が登り切ったら、一気に駆け上がるしかないだろう。
 アズウェルが思案に暮れている間に、男は姿を消していた。
「あり? やっべ。見失った? ……とりあえずあれ登ってみるか」
 アズウェルは物陰から飛び出すと、石段を一段飛ばしながら駆けていく。
「うっへ~。この階段きっついなぁ。……お? なんだこれ?」
 石段を登り切ったアズウェルの目に飛び込んできたのは、朱色の門。
 アズウェルは悠然と構える門を見上げた。幼い頃、写真を通して目にしたものと一致する。
「これが、鳥居ってヤツか……」
 左右二本の柱の上に笠木が渡してある。その下に左右の柱を連結させる[ぬき]があった。
 一歩門の中へを足を入れる。
 刹那、強い風が吹いた。思わずアズウェルは目を閉じる。
 アズウェルが瞼を上げた時、其処には美しい光景が広がっていた。


 桜吹雪が舞っている。その花弁はひらひらと移ろい、水面[みなも]へと腰を下ろす。
「水切りって知っているか?」
 若い男が二人の子供に問うた。
「水切り……?」
「おれ知ってる! 石を水面に投げるヤツだろ?」
「あぁ、そうだ。こうやって……」
 少年に[うなず]くと、男は足下にある小石を拾って池へ投じる。その石は鮮やかに水の上を飛び跳ねていった。
「わぁ。[にい]さま、上手!」
 少女が手を叩きながら、男を見上げる。
「おれだってできるやぃ! せーのっ!」
 威勢の良い少年が、男の真似をして石を投げた。ぱしゃ、ぱしゃ、と小石が水上を駆けていく。
「上手いじゃないか、アキラ」
 男に頭を優しく撫でられた少年は、嬉しそうに微笑んだ。
「兄さま、私にも教えて」
「あぁ、もちろんだ」
 少女に袴の裾を引かれた男が、しゃがみ込んで彼女と目線の高さを合わせる。
「いいか? これくらいの角度で水面に向かって投げる」
 少女の腕を支えながら、男は水面を指差す。
「上から投げちゃだめだぞ。横からこう……空気を大きく[すく]うようにして投げるんだ」
 こくりと頷いた少女が、小石を拾い上げ、ぎこちない動きで投げ込む。
「こう……かな?」
 だが、彼女の小石は、ぽちゃん、と沈んでしまった。
「う~ん……上手くできないよぉ」
「へへっ、おれのが上手いな。そ~れ!」
 水面を下から撫で上げるように、少年の小石が跳ねていく。
「よっしゃ、五段跳ねたぜ!」
 得意げに拳を握り締める少年を、少女が半眼で睨みつける。
「ホント、おっまえ不器用だよなぁ」
「う、うるさいわね」
 負けじと石を投げてみるが、やはり一度も跳ねずに沈んでしまう。
 少女はしょうんぼりと[こうべ]を垂れた。
「どうして私だけできないのかなぁ……」
「練習してみればいい。ミズナは努力家だからきっとできるようになるだろう」
「兄さま、本当?」
「あぁ」
 その言葉に顔を輝かせて、彼女は石を探す。
「ほ~らよ。これで投げてみれば? ま、おまえにはできねぇと思うけどなぁ~」
 少年が意地悪な笑みを浮かべて、少女の足元に小石を放り投げた。
 その石は平らな円形をしている。まるで小さな円盤のようだ。
「な、なによ……アキラの助けなんかなくたって自分で探すもん」
 頬を膨らませて、少女は少年から顔を背けた。
「ミズナ。その石で投げてみるといい」
 男が少年の投げた石を指差す。
「ほらほら。リュウ[にい]もそう言ってるぜ?」
「……やってみる」
 やや不服そうだが、少女はその小石を拾った。
 深呼吸をして、腕を振るう。彼女の手を離れた小石が、軽やかに踊っていった。
「跳ねた! 兄さま、跳ねたよ!」
「あぁ、跳ねたな」
「おれの選んだ石がよかったんだよな」
 頭の上で両手を組んだ少年が、にんまりと笑う。
「……投げ方が上手かったのよ」
 少女は腕を組んで少年を一瞥する。
 二人の強情さに呆れたように、男が額に手を当てて嘆息した。
 くるりと少女に背を向けた少年が、独り言のように呟く。
「んま、さ。おまえにしちゃぁ、三段は上出来なんじゃね?」
 その言葉に少女は少し頬を赤らめて、「ありがと」と[ささや]いた。
 三人を包み込むように、止めどなく桜吹雪が降り注ぐ。
 彼が揃って後方に佇む大きな桜の木を振り返った。
 その姿を見て、神社の入り口で静観していたアズウェルが、目を見開く。
「あれ……あの顔……」
 何処かで会ったことがあるような気がした。
 風が石段を駆け上り、無数の花弁を空へと送った。


「あ、あれ?」
 気がつくと、アズウェルは鳥居の下に立っていた。
 先刻まで見えていた桜も、三人の姿も何処にも見えない。
 数歩奥へと足を踏み入れる。左手に池が見えた。
「この池……さっき見えてたヤツだ」
 水面にゆっくりと月が映る。見上げると月が雲の影から顔を出していた。
 神社の中に月の光が差し込む。その灯りを頼りに、アズウェルは池を観察した。
 大きな石で囲まれた池。その水の源は、小さな滝だった。池の奥を見ると、人二人分ほどの高さから水が落ちている。不思議なことに、水が落ちてきても池全体に波紋は広がっていなかった。
「滝から水が出てるんだったら溢れると思うんだけど……」
 池の水かさは少しも変わらない。
「池の底にでも穴空いてんのか?」
「そうだ」
 低い声が答える。
 びくりとしてアズウェルは背後を振り向いた。
「何故お前がここにいる……」
「え、いや……おまえを見かけたから……てか、おまえこそ何でいるんだよ、ルーティング」
 アズウェルが追いかけていた男。それはエンプロイで別れたルーティングだった。
「用事がある。それだけだ」
 そう言うと、ルーティングは歩き出した。
「あ、おい、待てよ」
 アズウェルがそれを追う。
「なぁ、おまえさっき桜見なかった?」
「桜の木ならずっとそこにあるだろう」
 ルーティングが怪訝そうな顔をして、池とは反対側を向く。
 大きな木が一本立っていた。美しい深緑の葉を風に預けて揺らしている。
「あれ桜なの? おれが見たのはピンク色したヤツだぜ?」
「それは春のものだろう。今は夏だ。桜の花が咲いているわけがない」
「でも見たんだよ、さっき。それと子供二人と男一人。その池で水切りしてたんだ」
 アズウェルが池の方を向く。
 その背中を、ルーティングは愕然と見つめていた。
 何故、彼が〝あの時〟を見たと言うのか。神木が、彼に幻影を見せたのだろうか。
「その子供アキラって言ってたなぁ。同じ名前のヤツがいるのかな」
 返す言葉は、ない。
「あと、ミズナって子と、そいつの兄ちゃんっぽい男がいたぜ? おまえホントに見てない?」
「……見ていない」
 ルーティングの右目が僅かに揺れた。
 アズウェルはルーティングの動揺に気がつかない。些細な表情の変化を、夜の暗さが覆い隠していた。
「……ついてこい」
 再び歩き出したルーティングが、滝の前で足を止めた。
「少し濡れるぞ」
「へ?」
 アズウェルが聞き返すが、それには答えずルーティングは滝の中へと姿を消す。
「え……? この向こう行けんのか?」
 濡れるのは嫌だ。だが、ついてこいとも言われた。
 一瞬躊躇[ちゅうちょ]したが、アズウェルは思い切って滝に突っ込む。
 その先には、ルーティングが不服そうに仁王立ちしていた。
「……遅い」
 そんなに待たせてはいないというのに。
「濡れるの、嫌いなんだよ……」
 溜息混じりに言い返し、ぐるりと首を[めぐ]らせた。
 水音が反響している此処は、小さな洞窟のようだった。振り返ると、入り口には水のカーテンが掛かっている。
「おまえ……何でここにこれがあるって知ってたんだ?」
「じきにわかる」
 身を翻し、ルーティングは真っ直ぐ進んでいく。
「あ、待てってば!」
 慌てて駆け出すと、ぱしゃ、と飛沫が跳ね、アズウェルの足を濡らした。そのことにやや顔を[しか]めて、できるだけ跳ねないよう徒歩に切り替える。
 [しばら]く足を進めていくと、奥に淡い光が見えた。
「お? 出口……?」
 一本道の通路ではあったものの、やけに長く感じた。
「ここは、スワロウ族が修行をする道場だ」
 ルーティングの視線の先には、大きな建物がある。族長の屋敷より大きかった。
「ここでマツザワ修行してたのか……」
 アズウェルは道場の方へ走り出す。何故か自然と足が動いたのだ。
 道場の中はがらんとしていた。
 奥に掛け軸が三本あり、それぞれ〝仁〟、〝義〟、〝体〟と達筆な文字が記されている。
 スワロウ族固有の文字が読めないアズウェルは、ただぼんやりと眺めていた。
「アズウェル……か?」
「へ?」
 突然背後から投げられた威厳のある声に、アズウェルは驚いて振り返る。
 困惑した表情の族長が立っていた。
「何故……そなたが此処に……」
「俺が連れてきたんだ」
 族長の問いに答えたのはルーティングだった。
「その声は……まさか……!」
 顧みた族長の目が、哀しみを帯びて見開かれた。
「久しぶりだな。父上」
「え、な……どういうことだよ、ルーティング!?
 アズウェルがルーティングを凝視する。
 ルーティングの言葉を裏付けるように、族長が震える声で呟いた。
「……リュウジ」
 風が、鳴いた。
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