DISERD school story*怖いもの知らず
「アズウェル・クランスティ。教科書を見なサイと言っているのデス」
「あ、すんません」
春のうららかな日差しが差し込む中、学園一の問題児クラス、Z組は英語の授業を受けていた。
担当教師は、日本語が若干……いや、かなりよたよたしているピエールだ。
「……それでは、次の段落、カツナリ君読んでくだサイ」
「ちっ、俺かよ」
「返事はどこへ置いてきたのデスか?」
「う、うー……」
「Stop!」
半眼でめんどくさそうに返事をしようとしたカツナリの声は、しかしピエールの怒声で遮られた。
「アズウェル・クランスティ! 教科書をなサイと言っているのに、どこを見ているのデス!?」
「え、あ、いやぁ……」
最前列にいるアズウェルは、決まりの悪そうに苦笑いを浮かべた。
「アズウェル……上に何かあるのか?」
アズウェルの左隣。
そこは風紀委員長マツザワの席だ。
ピエールに聞き取られない程度の小声で囁いたマツザワは、ゆっくりと上がるアズウェルの視線を追う。
「えっと、その……」
教科書ではなく、ずっとアズウェルが見ていたもの。
「何デスか。言いたいことがあるのなら、ハッキリと言いなサイ」
それは、ピエールの無駄に長いシルクハット。
鋭い眼光に気圧されて、渋々と言葉を紡でいく。
「えーと、ディオウが……その、室内で帽子被ってると、禿げるっつってたんですけど……」
教室内が、一瞬無音に包まれた。
そして怒号一発。
「禿じゃねぇッス、坊主ッス!!」
前から四番目、窓際の椅子が大きな音を立て、勢いよく床に叩きつけられた。
本来なら、後ろの席の机にぶつかるのだが。
窓際の列最後尾。教卓から見て一番右端に位置する机は、椅子がギリギリ当たらないところまで下がっている。
『……』
突然立ち上がり、行儀の悪いことに片足を机に乗せ、大声を張り上げているカツナリ。
その背中を副ルーム長のソウエンは無言で睨みつけていた。
「デスから、何が言いたいのデス?」
「いやぁ、だから、ピエール先生、禿げてるんじゃねぇかなぁって……」
再び緊迫した空気が教室を呑み込む。
一拍間を置いて、またカツナリが吠えた。
「だから禿じゃなくて、坊主ッスーっ!!」
「Shut up!!」
両手で弄んでいたステッキを、切れたピエールが投げつける。
ステッキの照準は吠えている応援団長カツナリ。
「うお、あっぶねぇッス!」
持ち前の俊敏さで飛び上がったカツナリは、目玉を潰そうと突っ込んできたステッキを見事に回避する。
みしっという、不吉な音が教室内に響いた。
『いい加減にしろ』
地を這うようにソウエンが唸る。
三度 静まりかえった教室は、水を打ったように風の音一つしなかった。
生徒も、窓も、ノートも。
皆、鬼神の怒りに触れまいと、身を固くする。
『さっさと授業を進めろ、馬鹿教師!!』
学園一残虐と評される教官を馬鹿呼ばわりした挙げ句、ソウエンは右手で掴み取った〝手形に歪んだステッキ〟を投げ返す。
そのステッキは先程より数倍速度を上げ、反抗に目を丸くしているピエールのシルクハットに突き刺さる。
地響きを伴い、教室に緊張をもたらす轟音。
ステッキが刺したものは、シルクハットだけに留まらず、教官の背後に佇む黒板の中心を貫いた。
「っ!?」
予想もしていなかった襲撃に、ルーティングは抱えていた書類の山を投げ捨て、後方に飛び退いた。
咄嗟に対応していなかったら、突如現れた黒い凶器に串刺しにされるところだった。
「たっちゃ~ん、何ちらかしてるのー?」
「おい……ショウゴ。今Z組は何の科目を受けている?」
苛立ちを抑えたルーティングの問いに、ショウゴは呑気に答えた。
「確かー、ピエールせんせーの英語だったかなぁ。どうかしたの~……って、たっちゃん?」
最後まで聞くことなく、ルーティングは職員室の扉を開ける。
職員室の右隣は問題児の巣窟Z組だ。
監視も兼ねて隣にしたのが仇になった。
こんな物騒なものが突き出してきたら、落ち着いて事務整理もできやしない。
「誰だ、ステッキを投げたのは!」
扉を開け放つと同時に、怒声を張り上げる。
席に着いているべき生徒たちは、皆あちらこちらに散らばっていた。
アズウェルの背後にぴたりと寄り添うスニィ。
嫌がるマツザワの手を引き、ユウと共に彼女を自分の背後に隠すアキラ。
窓枠によじ登り、ことの成り行きを見守るヒウガたち不良。
あ~あと言わんばかりに、頭の後ろで腕を組み溜息をつくルーム長クエン。
その他に生徒たちもそれぞれ壁や窓に沿って並び、教室中央で繰り広げられている無言の冷戦を見守っていた。
「どう、なってる……?」
状況を飲み込めないルーティングが呟くと、背後から「あっちゃ~」という情けない声がした。
「ソウが犯人なの~?」
まったく、ソウエンをそこまで怒らせないで欲しい。
と、がくりと両肩を落とすショウゴである。
そう、現在教室の中心で教官ピエールと睨み合ってるのは、成績優秀、運動抜群、学園一位を争う優等生……のはずのソウエン。
保護者的立場のショウゴにしてみれば、息子が問題を起こしたに等しい。
あとで学園長からじきじきに呼び出しがかかるだろう。
「ソウ、ソウー! もぉー、何やってるのー!」
誰もが固唾を呑んで見守る中、ショウゴは仁王立ちしているソウエンの元に足を運ぶ。
『この馬鹿が、授業を進めないから悪いんだ』
平然と言い放った優等生に対し、英語教師は冷たく返す。
「授業をまともに受けないクラスに入れられた、貴方自身の責任でショウ」
しかし、ソウエンも負けてはいない。
優等生対教官の弁戦が開幕する。
『俺は、好きでここに来たわけじゃない』
「義務教育なんデスから、仕方がありまセン」
『義務教育にしたのは誰だ』
「それは学園長にお尋ねになってくだサイ」
『学園長の部屋は何処だ』
「私がそれを答えると思いマスか? 今は授業中デスよ」
『力尽くで吐かせてやる』
宣戦布告の発言と共に、ソウエンの両手に蒼白い炎が揺らめく。
「困った、生徒サンデスね」
パチンと指を鳴らしたピエールの頭上には、五つの黒い玉が浮かんでいた。
「……なぁ、ちょっとやばくねぇ? アキラ」
小声で耳打ちするアズウェルに、アキラは頷く。
「せやなぁ……わいらも戦闘準備しとくで」
「真剣を持ってくればよかったな」
腕を組んで眉間にシワを寄せるマツザワに、アキラが半眼で返す。
「何言うとる、ミズナは後ろに下がっとれ」
「ふざけるな。風紀委員長として、放っておくわけにはいかない」
睨み合う二人の間に割って入って、ユウが落ち着いた口調で言った。
「皆さん、無理はなさらぬように……」
「うん、わかってる」
応じたアズウェルのワイシャツの裾を、スニィが引っ張り、首を振る。
『アズウェル、行かないで』
「あー、あー。めんどくせぇことになったッスなぁ」
コキコキと首をならしながら、カツナリは溜息混じりに天井を見上げた。
各々が戦闘態勢に入る中、乱入してきた教官二人が、不機嫌に声を上げる。
「そこまでだ」
異口同音に重なった制止は、アズウェルたちはもちろん、中央の二人にも効果があったようだ。
「ソウ、いい加減にしないと、オレも怒るよ?」
『……邪魔をするな』
「ソウエン!」
ぴしゃりと怒鳴りつけたショウゴは、小柄なソウエンを抱え上げる。
『放せ、ショウゴ』
「ソウ、少し頭冷やした方がいい。プールに投げ込んであげるから」
明るい口調で言われた台詞だが、ソウエンはショウゴの顔を見て硬直した。
怒っている。
それも、切れたのを通り越している。
『……だから学校など面倒なだけなんだ』
しょんぼりと項垂れるソウエンと珍しく切れたショウゴを見送り、ルーティングはピエールを睨みつけた。
「首にされたくなかったら、大人しく黒板に突き刺さったステッキを抜いて、帰れ」
「まだ、授業は終わっていまセンよ?」
「今日はもう終わりだ。そのバーコード頭も何とかしてこい。傀儡のくせに無駄なところまで凝るから、生徒に馬鹿にされるんだ」
裏でクエンに事情を聞いていたルーティングは、問答無用だと言わんばかりのオーラを放ち、ピエールを見据える。
「リアリティに欠けることは、傀儡師のプライドに反しマスから。……終わりということならいいでショウ。せっかくの特注シルクハットも台無しにされてしまいマシタから、私はこれから帽子屋に行ってきマス。では失礼」
パチンという音が鳴ったと思った時には、ピエールの姿も、黒板に串刺しにされていたシルクハットも、問題の一因とも言えたステッキも、綺麗さっぱり無くなっていた。
「今日の講義はこれで全部終わりにする。お前たちは黒板の修理をしろ。……それと」
はぁ、と溜息を一つついて、ルーティングは額を右手で覆った。
「アズウェル・クランスティとカツナリは職員室に来い。今、すぐだ」
「うぇ~」
「俺もッスか……」
本当に、心底思う。
仕事をこれ以上増やさないでくれ、と。
早く休みが来ないだろうか。
「まだ……随分先だな」
学校が終わるのは梅雨の終わり。
それまでは、身を粉にして働かなければならないのだ。
未だに渋っている二人を睨み、苦労人ことルーティングは、厳かに言い放つ。
「問答は、無用だ」
校舎の外を舞う花弁たちも。
今日もまた、教室の修理を行うZ組の生徒たちも。
その彼らに頭を悩ませるルーティングも。
皆、春の日常そのものだった。
Fin.
「あ、すんません」
春のうららかな日差しが差し込む中、学園一の問題児クラス、Z組は英語の授業を受けていた。
担当教師は、日本語が若干……いや、かなりよたよたしているピエールだ。
「……それでは、次の段落、カツナリ君読んでくだサイ」
「ちっ、俺かよ」
「返事はどこへ置いてきたのデスか?」
「う、うー……」
「Stop!」
半眼でめんどくさそうに返事をしようとしたカツナリの声は、しかしピエールの怒声で遮られた。
「アズウェル・クランスティ! 教科書をなサイと言っているのに、どこを見ているのデス!?」
「え、あ、いやぁ……」
最前列にいるアズウェルは、決まりの悪そうに苦笑いを浮かべた。
「アズウェル……上に何かあるのか?」
アズウェルの左隣。
そこは風紀委員長マツザワの席だ。
ピエールに聞き取られない程度の小声で囁いたマツザワは、ゆっくりと上がるアズウェルの視線を追う。
「えっと、その……」
教科書ではなく、ずっとアズウェルが見ていたもの。
「何デスか。言いたいことがあるのなら、ハッキリと言いなサイ」
それは、ピエールの無駄に長いシルクハット。
鋭い眼光に気圧されて、渋々と言葉を紡でいく。
「えーと、ディオウが……その、室内で帽子被ってると、禿げるっつってたんですけど……」
教室内が、一瞬無音に包まれた。
そして怒号一発。
「禿じゃねぇッス、坊主ッス!!」
前から四番目、窓際の椅子が大きな音を立て、勢いよく床に叩きつけられた。
本来なら、後ろの席の机にぶつかるのだが。
窓際の列最後尾。教卓から見て一番右端に位置する机は、椅子がギリギリ当たらないところまで下がっている。
『……』
突然立ち上がり、行儀の悪いことに片足を机に乗せ、大声を張り上げているカツナリ。
その背中を副ルーム長のソウエンは無言で睨みつけていた。
「デスから、何が言いたいのデス?」
「いやぁ、だから、ピエール先生、禿げてるんじゃねぇかなぁって……」
再び緊迫した空気が教室を呑み込む。
一拍間を置いて、またカツナリが吠えた。
「だから禿じゃなくて、坊主ッスーっ!!」
「Shut up!!」
両手で弄んでいたステッキを、切れたピエールが投げつける。
ステッキの照準は吠えている応援団長カツナリ。
「うお、あっぶねぇッス!」
持ち前の俊敏さで飛び上がったカツナリは、目玉を潰そうと突っ込んできたステッキを見事に回避する。
みしっという、不吉な音が教室内に響いた。
『いい加減にしろ』
地を這うようにソウエンが唸る。
生徒も、窓も、ノートも。
皆、鬼神の怒りに触れまいと、身を固くする。
『さっさと授業を進めろ、馬鹿教師!!』
学園一残虐と評される教官を馬鹿呼ばわりした挙げ句、ソウエンは右手で掴み取った〝手形に歪んだステッキ〟を投げ返す。
そのステッキは先程より数倍速度を上げ、反抗に目を丸くしているピエールのシルクハットに突き刺さる。
地響きを伴い、教室に緊張をもたらす轟音。
ステッキが刺したものは、シルクハットだけに留まらず、教官の背後に佇む黒板の中心を貫いた。
「っ!?」
予想もしていなかった襲撃に、ルーティングは抱えていた書類の山を投げ捨て、後方に飛び退いた。
咄嗟に対応していなかったら、突如現れた黒い凶器に串刺しにされるところだった。
「たっちゃ~ん、何ちらかしてるのー?」
「おい……ショウゴ。今Z組は何の科目を受けている?」
苛立ちを抑えたルーティングの問いに、ショウゴは呑気に答えた。
「確かー、ピエールせんせーの英語だったかなぁ。どうかしたの~……って、たっちゃん?」
最後まで聞くことなく、ルーティングは職員室の扉を開ける。
職員室の右隣は問題児の巣窟Z組だ。
監視も兼ねて隣にしたのが仇になった。
こんな物騒なものが突き出してきたら、落ち着いて事務整理もできやしない。
「誰だ、ステッキを投げたのは!」
扉を開け放つと同時に、怒声を張り上げる。
席に着いているべき生徒たちは、皆あちらこちらに散らばっていた。
アズウェルの背後にぴたりと寄り添うスニィ。
嫌がるマツザワの手を引き、ユウと共に彼女を自分の背後に隠すアキラ。
窓枠によじ登り、ことの成り行きを見守るヒウガたち不良。
あ~あと言わんばかりに、頭の後ろで腕を組み溜息をつくルーム長クエン。
その他に生徒たちもそれぞれ壁や窓に沿って並び、教室中央で繰り広げられている無言の冷戦を見守っていた。
「どう、なってる……?」
状況を飲み込めないルーティングが呟くと、背後から「あっちゃ~」という情けない声がした。
「ソウが犯人なの~?」
まったく、ソウエンをそこまで怒らせないで欲しい。
と、がくりと両肩を落とすショウゴである。
そう、現在教室の中心で教官ピエールと睨み合ってるのは、成績優秀、運動抜群、学園一位を争う優等生……のはずのソウエン。
保護者的立場のショウゴにしてみれば、息子が問題を起こしたに等しい。
あとで学園長からじきじきに呼び出しがかかるだろう。
「ソウ、ソウー! もぉー、何やってるのー!」
誰もが固唾を呑んで見守る中、ショウゴは仁王立ちしているソウエンの元に足を運ぶ。
『この馬鹿が、授業を進めないから悪いんだ』
平然と言い放った優等生に対し、英語教師は冷たく返す。
「授業をまともに受けないクラスに入れられた、貴方自身の責任でショウ」
しかし、ソウエンも負けてはいない。
優等生対教官の弁戦が開幕する。
『俺は、好きでここに来たわけじゃない』
「義務教育なんデスから、仕方がありまセン」
『義務教育にしたのは誰だ』
「それは学園長にお尋ねになってくだサイ」
『学園長の部屋は何処だ』
「私がそれを答えると思いマスか? 今は授業中デスよ」
『力尽くで吐かせてやる』
宣戦布告の発言と共に、ソウエンの両手に蒼白い炎が揺らめく。
「困った、生徒サンデスね」
パチンと指を鳴らしたピエールの頭上には、五つの黒い玉が浮かんでいた。
「……なぁ、ちょっとやばくねぇ? アキラ」
小声で耳打ちするアズウェルに、アキラは頷く。
「せやなぁ……わいらも戦闘準備しとくで」
「真剣を持ってくればよかったな」
腕を組んで眉間にシワを寄せるマツザワに、アキラが半眼で返す。
「何言うとる、ミズナは後ろに下がっとれ」
「ふざけるな。風紀委員長として、放っておくわけにはいかない」
睨み合う二人の間に割って入って、ユウが落ち着いた口調で言った。
「皆さん、無理はなさらぬように……」
「うん、わかってる」
応じたアズウェルのワイシャツの裾を、スニィが引っ張り、首を振る。
『アズウェル、行かないで』
「あー、あー。めんどくせぇことになったッスなぁ」
コキコキと首をならしながら、カツナリは溜息混じりに天井を見上げた。
各々が戦闘態勢に入る中、乱入してきた教官二人が、不機嫌に声を上げる。
「そこまでだ」
異口同音に重なった制止は、アズウェルたちはもちろん、中央の二人にも効果があったようだ。
「ソウ、いい加減にしないと、オレも怒るよ?」
『……邪魔をするな』
「ソウエン!」
ぴしゃりと怒鳴りつけたショウゴは、小柄なソウエンを抱え上げる。
『放せ、ショウゴ』
「ソウ、少し頭冷やした方がいい。プールに投げ込んであげるから」
明るい口調で言われた台詞だが、ソウエンはショウゴの顔を見て硬直した。
怒っている。
それも、切れたのを通り越している。
『……だから学校など面倒なだけなんだ』
しょんぼりと項垂れるソウエンと珍しく切れたショウゴを見送り、ルーティングはピエールを睨みつけた。
「首にされたくなかったら、大人しく黒板に突き刺さったステッキを抜いて、帰れ」
「まだ、授業は終わっていまセンよ?」
「今日はもう終わりだ。そのバーコード頭も何とかしてこい。傀儡のくせに無駄なところまで凝るから、生徒に馬鹿にされるんだ」
裏でクエンに事情を聞いていたルーティングは、問答無用だと言わんばかりのオーラを放ち、ピエールを見据える。
「リアリティに欠けることは、傀儡師のプライドに反しマスから。……終わりということならいいでショウ。せっかくの特注シルクハットも台無しにされてしまいマシタから、私はこれから帽子屋に行ってきマス。では失礼」
パチンという音が鳴ったと思った時には、ピエールの姿も、黒板に串刺しにされていたシルクハットも、問題の一因とも言えたステッキも、綺麗さっぱり無くなっていた。
「今日の講義はこれで全部終わりにする。お前たちは黒板の修理をしろ。……それと」
はぁ、と溜息を一つついて、ルーティングは額を右手で覆った。
「アズウェル・クランスティとカツナリは職員室に来い。今、すぐだ」
「うぇ~」
「俺もッスか……」
本当に、心底思う。
仕事をこれ以上増やさないでくれ、と。
早く休みが来ないだろうか。
「まだ……随分先だな」
学校が終わるのは梅雨の終わり。
それまでは、身を粉にして働かなければならないのだ。
未だに渋っている二人を睨み、苦労人ことルーティングは、厳かに言い放つ。
「問答は、無用だ」
校舎の外を舞う花弁たちも。
今日もまた、教室の修理を行うZ組の生徒たちも。
その彼らに頭を悩ませるルーティングも。
皆、春の日常そのものだった。
Fin.
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