第45記 錯交する想い
純白の毛並みを逆立て、聖獣は唸る。
鼻先に舞い降りてきた火の粉を睨みつける黄金の双眸には、抑えようのない怒気が満ちていた。
「たかが聖霊とヴァルトの分際で……」
ようやく自由を取り戻し始めた首を回しながら、文句を羅列する聖獣には、もはや威厳など欠片もない。
「ガキ共が。スニィめ……よくも氷漬けに……。おれ様の美貌がびしょ濡れだ」
大きな体躯を震わせ、毛にまとわりついている雫を払う。
憤懣 やる方ないといった体[ で尾を一振りしたディオウは、藍色の空を見上げた。
日没まで、そう時間はないだろう。
己の制止を聞かず、一族の若頭を助けに戻ったタカト。
彼の呪縛を抑制するために、その後を追ったスニィ。
無謀極まりない若者二人を思い浮かべ、忌々しげに舌打ちする。
「完全に溶けたか……」
聖霊か、それを凌ぐ力を持ってしなければ、スニィの足止めが溶けるはずはないのだ。
ディオウが自由になれたということは、即ち。
「誰だ、森に火を放った戯けは」
タカトに烙印されている呪縛が暴走するのは、明白だ。
聖霊であるスニィがどれだけ魔力が高いと言えど、抑制することは叶わないだろう。
元を絶たなければ、根本の解決にはならない。
「おれは何故いつも……くそっ!」
一体何度味わえば気が済む。この、無力だと突きつけられる現実を。
聖獣としてできることは何か。
一瞬の自問自答。
それがはじき出した答えを実現するために。
「中心は、向こうだな」
迫り来る夜を一瞥し、ディオウは飛翔した。
◇ ◇ ◇
揺らめく炎は全てを拒絶する。
立ちはだかる者は、善悪問わず焼き尽くす。
ただ、一重の想いをその手に。
『ショウゴ、構えろ』
脳裏で響いた静かな声音に、男は瞳を細めた。
さんばらな銀髪から覗く両眼は、何処か憂いを滲ませ、現れた敵を見据える。
「キミも来てたんだね」
『構えろ、ショウゴ!』
微かに、だが確かに焦りを帯びた声が耳朶に突き刺さった。
刹那、頬を何かが掠める。
直感で後退していなければ、掠り傷では済まなかっただろう。
金髪の青年は左手を腰に当て、不敵に微笑んだ。
「そんな驚いた顔しなくていいぜ。おれは、おれだから」
「キミは、一体……」
頬に流れた朱の糸を拭い、己を切り裂こうと振り下ろされたであろう得物を探す。
しかし、青年の両手にそれは見当たらない。
『引け、ショウゴ。奴はあいつじゃない』
「ソウ……?」
『じきにクエンも来る』
相方の刀から伝わる鼓動。
不規則に脈打つ音は、正確に敵を示していた。
「おれが一体何者かって? お互い様だろ。おまえこそ、何で同族を手にかけた?」
「キミが……彼じゃないなら、答える必要もないね」
今ここで、己の存在を他者に悟られるわけにはいかない。
蒼焔を正眼に据え直し、ショウゴは間合いへ飛び込む。
『馬鹿、引け!』
「逃がさねぇよ!」
突如爆発した魔力は周囲の炎を一瞬で呑み込み、白煙を生む。
白い蒸気が立ち込める中で、金属音が響き渡った。
「大丈夫、オレは逃げる気ないよ」
「上等だぜ」
敵の得物は視[ えない。
だが確かに、刀を受け止めている〝何か〟が在[ る。
再びショウゴが蒼焔を振り下ろした時。
『馬鹿野郎っ……!』
蒼い子鬼が顕現した。
白髪蒼肌[ の少年は、ショウゴには視えない得物を握り止め、青年ごと投げ飛ばす。
「ソウ、何で」
『引くぞ』
「ソウ!」
『早くしろ、リュウジが来る!』
鬼神の気迫に呑まれたショウゴは、肩越しに横たわる同族を振り返った。
この場で追っ手に捕まるわけにはいかない。
「……っ!」
身を翻したショウゴの背を見つめながら、青年は髪に食いつく蒼白の炎を払い落とした。
左手で目元を覆い、大きく息を吐き出す。
「あー、血ぃー、たりねぇー……」
『何故、逃がした』
落ち着いた女の声が、背後から投げかけられた。
また一つ、大袈裟に溜息をついた青年は、巨木に背を預け、のろのろと地べたに座り込む。
「おまえさー、ずっと隠れてたくせに文句言うなよ」
『文句なぞ私は言っていない。何故かと問うただけだ』
「……おまえだって逃がしたじゃねぇか」
不服そうに返ってきた返事に、女は沈黙する。
「火ぃ、消さねぇのかよ」
『……私が、か?』
「おれ、もう動けません」
『ふん、相変わらず脆い奴だ』
呆れ口調で言い放つと、女はその姿を現した。
巨木の影から現れた彼女は、白藍[ の髪を風に流し、大樹を蝕む炎に目を向ける。
『放っておけばいいだろう』
「火も、あっちもか?」
視線だけ隣に立つ女に向け、青年は顎[ で倒れている女を指した。
言葉は、返ってこない。
答える気がない相手を見上げたまま、青年は苦笑を滲ませる。
「おまえも、相変わらずいい性格してるぜ……」
『何のことだ』
「使い手、重症なんじゃねぇのかよ?」
何故力を貸してやらなかったのかと、青年の眼差しは言っていた。
助けてやれば、傷を負うこともなかったはずだ、と。
『あの程度の不意打ち防ぎきれぬようでは、まだ私を使う資格など無い。仮に助けたとて、あれは戦意喪失している。無駄な労力だ』
「ホント、いい性格してるな……」
呟かれた皮肉を黙殺し、女は静かに目を伏せる。
『心は、力では救えぬ』
凛とした彼女の声を掻き消すように、蒼い炎が木々を呑み込んでいった。
◇ ◇ ◇
日は陰り、木の葉が創り出す闇が浮かび上がる。
その闇を煌めく粉たちが切り裂いていく。
森の中心に立ち上った蒼き狼煙は、何処からでも確認できた。
「俺は何ができるんだ……」
故郷が、燃えている。
動く理由はあるのに、足が動かない。
大地に根を張ったとでもいうのか。
「違う……」
動けないのは、何をしていいかわからないからではなくて。
胸に過ぎる悪夢が、現実になるのが怖いから。
失うことが怖いから ……
「ラキィ!」
己の内から現実へ引き戻されたリードは、その引き金を引いた声を顧みた。
凄まじい勢いで向かってくる声の主は、白い獣。
「聖獣……」
「ディオウ! お姉さんたちはどうしたの!?」
リードの前で立ち止まったディオウに、ラキィが問いかける。
僅かに瞳を眇め、ディオウは低く唸った。
「その話は後だ。聖霊を解放しなければ、呪縛が暴走する。そうなればタカトだけでなく、スニィも危なくなる」
「お姉さんは一緒じゃないの?」
「マツザワは恐らく……」
言い淀んだディオウは、森を照らす蒼い火柱を見上げた。
突如狼煙のように立ち上った火柱が示す、位置は。
「おい、中心に誰か行ったのか?」
「行ったらどうだというんだ」
敵意を剥き出しに眼光を鋭くしたディオウに、リードは火柱を見つめながら答える。
「金髪が、誰も行かせるなと言ったんだ。中心にいるアレノスはいないから、火が消えるまで来るなってな」
「金髪? アズウェルが?」
「そうなのよ、ディオウ。アズウェル……なんか……アズウェルじゃないみたいで……」
言いながら俯くラキィを見て、ディオウは舌打ちしたい気分になった。
何故、自分がその場に居合わせなかったのかと。
「……そうか。ラキィ、お前はラートとここにいろ」
「え、ディオウはどこに行くのよ?」
「おれはアズウェルとマツザワのところに行く」
悠然と言い切ったディオウを、リードが一瞥する。
「俺の話を聞いていなかったのか?」
「アズウェルが何を考えていたのか知らんが、これ以上リスクを上げるわけにはいかん。貴様も来い」
「俺は」
「貴様の父親を解放できなければ意味がない。案内しろ」
反論しようとしたリードの言葉を遮り、ディオウは身を翻す。
「俺は……」
何を反論しようとしたのか。
金髪の青年に動くなと言われたから、此処に留まっていたのか。
行ったところで、おまえが言ってた敵ももういねぇ
そう聞いてから、棒のように動きを止めた両足。
抱く悪夢が現[ にならぬよう、止まってしまった自分自身。
「早くしろ!」
聖獣の怒声が四肢を奮い立たせる。
まだ、見てないのだから。
現実は逃げない。自身の目で見て初めて、それは己の現実になる。
震える膝を叱咤し、リードは駆け出した。
◇ ◇ ◇
ぽたりと。
心地良い雫が頬を伝った。
「降ってきたな」
一人心地でぼんやりと呟く。
意識を保つのも、そろそろ限界だ。
『知っていたな……』
「まぁ、な」
微笑みを浮かべ、青年はそっと瞼を閉じた。
隣に佇む女からは批難の言葉が降ってくる。
だが彼の耳に届いているのは、空から降り注ぐ雨滴の音のみ。
「来るの遅いんだよ……」
もっと早くに来てくれたなら、壊れることのないものもあったのに。
けれども。
早かったら、おれが困るんだけどな……
『力尽きたか』
隣にあった魔力の消失を感じ、女は呟いた。
青年が抱えていた白き杖が、瞬[ く間に霧散する。
その様を横目で見取った彼女は、片膝を付くと青年の金髪を静かに撫でた。
髪の隙間から覗く流血の痕。髪を伝って落ちる水滴。
満身創痍の青年を見つめ、瞳を細める。
『濡れるのは嫌いだろう』
問いかけた彼女の髪が、吹き抜けた風に流された。
視線を青年から離すことなく、現れた二つの影に言伝を告げる。
『遅いと、言っていたぞ』
それは全てを、物語っていた。
鼻先に舞い降りてきた火の粉を睨みつける黄金の双眸には、抑えようのない怒気が満ちていた。
「たかが聖霊とヴァルトの分際で……」
ようやく自由を取り戻し始めた首を回しながら、文句を羅列する聖獣には、もはや威厳など欠片もない。
「ガキ共が。スニィめ……よくも氷漬けに……。おれ様の美貌がびしょ濡れだ」
大きな体躯を震わせ、毛にまとわりついている雫を払う。
日没まで、そう時間はないだろう。
己の制止を聞かず、一族の若頭を助けに戻ったタカト。
彼の呪縛を抑制するために、その後を追ったスニィ。
無謀極まりない若者二人を思い浮かべ、忌々しげに舌打ちする。
「完全に溶けたか……」
聖霊か、それを凌ぐ力を持ってしなければ、スニィの足止めが溶けるはずはないのだ。
ディオウが自由になれたということは、即ち。
「誰だ、森に火を放った戯けは」
タカトに烙印されている呪縛が暴走するのは、明白だ。
聖霊であるスニィがどれだけ魔力が高いと言えど、抑制することは叶わないだろう。
元を絶たなければ、根本の解決にはならない。
「おれは何故いつも……くそっ!」
一体何度味わえば気が済む。この、無力だと突きつけられる現実を。
聖獣としてできることは何か。
一瞬の自問自答。
それがはじき出した答えを実現するために。
「中心は、向こうだな」
迫り来る夜を一瞥し、ディオウは飛翔した。
◇ ◇ ◇
揺らめく炎は全てを拒絶する。
立ちはだかる者は、善悪問わず焼き尽くす。
ただ、一重の想いをその手に。
『ショウゴ、構えろ』
脳裏で響いた静かな声音に、男は瞳を細めた。
さんばらな銀髪から覗く両眼は、何処か憂いを滲ませ、現れた敵を見据える。
「キミも来てたんだね」
『構えろ、ショウゴ!』
微かに、だが確かに焦りを帯びた声が耳朶に突き刺さった。
刹那、頬を何かが掠める。
直感で後退していなければ、掠り傷では済まなかっただろう。
金髪の青年は左手を腰に当て、不敵に微笑んだ。
「そんな驚いた顔しなくていいぜ。おれは、おれだから」
「キミは、一体……」
頬に流れた朱の糸を拭い、己を切り裂こうと振り下ろされたであろう得物を探す。
しかし、青年の両手にそれは見当たらない。
『引け、ショウゴ。奴はあいつじゃない』
「ソウ……?」
『じきにクエンも来る』
相方の刀から伝わる鼓動。
不規則に脈打つ音は、正確に敵を示していた。
「おれが一体何者かって? お互い様だろ。おまえこそ、何で同族を手にかけた?」
「キミが……彼じゃないなら、答える必要もないね」
今ここで、己の存在を他者に悟られるわけにはいかない。
蒼焔を正眼に据え直し、ショウゴは間合いへ飛び込む。
『馬鹿、引け!』
「逃がさねぇよ!」
突如爆発した魔力は周囲の炎を一瞬で呑み込み、白煙を生む。
白い蒸気が立ち込める中で、金属音が響き渡った。
「大丈夫、オレは逃げる気ないよ」
「上等だぜ」
敵の得物は
だが確かに、刀を受け止めている〝何か〟が
再びショウゴが蒼焔を振り下ろした時。
『馬鹿野郎っ……!』
蒼い子鬼が顕現した。
白髪
「ソウ、何で」
『引くぞ』
「ソウ!」
『早くしろ、リュウジが来る!』
鬼神の気迫に呑まれたショウゴは、肩越しに横たわる同族を振り返った。
この場で追っ手に捕まるわけにはいかない。
「……っ!」
身を翻したショウゴの背を見つめながら、青年は髪に食いつく蒼白の炎を払い落とした。
左手で目元を覆い、大きく息を吐き出す。
「あー、血ぃー、たりねぇー……」
『何故、逃がした』
落ち着いた女の声が、背後から投げかけられた。
また一つ、大袈裟に溜息をついた青年は、巨木に背を預け、のろのろと地べたに座り込む。
「おまえさー、ずっと隠れてたくせに文句言うなよ」
『文句なぞ私は言っていない。何故かと問うただけだ』
「……おまえだって逃がしたじゃねぇか」
不服そうに返ってきた返事に、女は沈黙する。
「火ぃ、消さねぇのかよ」
『……私が、か?』
「おれ、もう動けません」
『ふん、相変わらず脆い奴だ』
呆れ口調で言い放つと、女はその姿を現した。
巨木の影から現れた彼女は、
『放っておけばいいだろう』
「火も、あっちもか?」
視線だけ隣に立つ女に向け、青年は
言葉は、返ってこない。
答える気がない相手を見上げたまま、青年は苦笑を滲ませる。
「おまえも、相変わらずいい性格してるぜ……」
『何のことだ』
「使い手、重症なんじゃねぇのかよ?」
何故力を貸してやらなかったのかと、青年の眼差しは言っていた。
助けてやれば、傷を負うこともなかったはずだ、と。
『あの程度の不意打ち防ぎきれぬようでは、まだ私を使う資格など無い。仮に助けたとて、あれは戦意喪失している。無駄な労力だ』
「ホント、いい性格してるな……」
呟かれた皮肉を黙殺し、女は静かに目を伏せる。
『心は、力では救えぬ』
凛とした彼女の声を掻き消すように、蒼い炎が木々を呑み込んでいった。
◇ ◇ ◇
日は陰り、木の葉が創り出す闇が浮かび上がる。
その闇を煌めく粉たちが切り裂いていく。
森の中心に立ち上った蒼き狼煙は、何処からでも確認できた。
「俺は何ができるんだ……」
故郷が、燃えている。
動く理由はあるのに、足が動かない。
大地に根を張ったとでもいうのか。
「違う……」
動けないのは、何をしていいかわからないからではなくて。
胸に過ぎる悪夢が、現実になるのが怖いから。
失うことが怖いから
「ラキィ!」
己の内から現実へ引き戻されたリードは、その引き金を引いた声を顧みた。
凄まじい勢いで向かってくる声の主は、白い獣。
「聖獣……」
「ディオウ! お姉さんたちはどうしたの!?」
リードの前で立ち止まったディオウに、ラキィが問いかける。
僅かに瞳を眇め、ディオウは低く唸った。
「その話は後だ。聖霊を解放しなければ、呪縛が暴走する。そうなればタカトだけでなく、スニィも危なくなる」
「お姉さんは一緒じゃないの?」
「マツザワは恐らく……」
言い淀んだディオウは、森を照らす蒼い火柱を見上げた。
突如狼煙のように立ち上った火柱が示す、位置は。
「おい、中心に誰か行ったのか?」
「行ったらどうだというんだ」
敵意を剥き出しに眼光を鋭くしたディオウに、リードは火柱を見つめながら答える。
「金髪が、誰も行かせるなと言ったんだ。中心にいるアレノスはいないから、火が消えるまで来るなってな」
「金髪? アズウェルが?」
「そうなのよ、ディオウ。アズウェル……なんか……アズウェルじゃないみたいで……」
言いながら俯くラキィを見て、ディオウは舌打ちしたい気分になった。
何故、自分がその場に居合わせなかったのかと。
「……そうか。ラキィ、お前はラートとここにいろ」
「え、ディオウはどこに行くのよ?」
「おれはアズウェルとマツザワのところに行く」
悠然と言い切ったディオウを、リードが一瞥する。
「俺の話を聞いていなかったのか?」
「アズウェルが何を考えていたのか知らんが、これ以上リスクを上げるわけにはいかん。貴様も来い」
「俺は」
「貴様の父親を解放できなければ意味がない。案内しろ」
反論しようとしたリードの言葉を遮り、ディオウは身を翻す。
「俺は……」
何を反論しようとしたのか。
金髪の青年に動くなと言われたから、此処に留まっていたのか。
そう聞いてから、棒のように動きを止めた両足。
抱く悪夢が
「早くしろ!」
聖獣の怒声が四肢を奮い立たせる。
まだ、見てないのだから。
現実は逃げない。自身の目で見て初めて、それは己の現実になる。
震える膝を叱咤し、リードは駆け出した。
◇ ◇ ◇
ぽたりと。
心地良い雫が頬を伝った。
「降ってきたな」
一人心地でぼんやりと呟く。
意識を保つのも、そろそろ限界だ。
『知っていたな……』
「まぁ、な」
微笑みを浮かべ、青年はそっと瞼を閉じた。
隣に佇む女からは批難の言葉が降ってくる。
だが彼の耳に届いているのは、空から降り注ぐ雨滴の音のみ。
「来るの遅いんだよ……」
もっと早くに来てくれたなら、壊れることのないものもあったのに。
けれども。
『力尽きたか』
隣にあった魔力の消失を感じ、女は呟いた。
青年が抱えていた白き杖が、
その様を横目で見取った彼女は、片膝を付くと青年の金髪を静かに撫でた。
髪の隙間から覗く流血の痕。髪を伝って落ちる水滴。
満身創痍の青年を見つめ、瞳を細める。
『濡れるのは嫌いだろう』
問いかけた彼女の髪が、吹き抜けた風に流された。
視線を青年から離すことなく、現れた二つの影に言伝を告げる。
『遅いと、言っていたぞ』
それは全てを、物語っていた。
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