第42記 それだけが真実
「馬鹿野郎、何で予知していなかったんだ!」
黒髪の男が、眉間に皺 を寄せて声を荒げた。
それに同意するかのように、純白の聖獣が溜息をつく。
「何のための能力だ……。予知していれば避けれた怪我だろう?」
「まぁまぁ。二人ともそんな怖い顔しないで~」
鋭利な二対[ の瞳に苦笑して、青年は長い金髪を掻き上げた。
「死ななきゃいいじゃん」
「いい訳無いだろう!?」
ぺろりと舌を出した時、異口同音に重なった怒鳴り声が耳朶[ を貫いた。
やれやれとばかりに肩を竦めて、青年は己の出で立ちを見下ろす。
白い服は所々破れ、赤黒く染まっていた。
相手の動きを予知していれば、確かに受けることのない傷ばかりだ。
「予知したら、スリルが無くなるじゃん」
「そんなもの戦闘に求めるな!」
「怪我をしないことを第一に考えろ!」
間髪入れず切り返してくる男と聖獣に、青年は能天気に言い放つのだった。
それにさぁ……
◇ ◇ ◇
耳鳴りがうるさい。
遠くで何かが木霊している。
でも、そんなのはどうでもいいことだ。
描かれた未来は、もう変わることはないのだから。
ぴくりとも動かなかったアズウェルの口元が、微かに緩む。
「何だ、まだ息あるんじゃん? 笑っているなんて余裕なんだねっ」
アズウェルの両肩を貫いていた両爪を勢いよく引き抜き、アレノスは滴る鮮血の味を堪能する。
ふらりふらりと揺れながらも、倒れることのないアズウェルを見据え、歪んだ笑みを浮かべた。
「今度は止め刺してあげるよ」
しかし、その宣言はアズウェルに届くことはなかった。
アズウェルの耳に聞こえている声は。
何で予知していなかったんだ!
懐かしいそれに笑みが溢れる。
突進してくる相手が、誰であろうと、何であろうと関係ない。
「スリルがないとつまらないだろ?」
一歩右足を前に出す。
「死に損ないが何言ってんの!? キャハハハ……っ!?」
アレノスとすれ違った刹那、赤い風が吹いた。
ぽたり、ぽたりと、雫が頬に降ちてくる。
それは雨のように冷たいものではなく。
僅かに残るその生暖かさが、現状をよく知らせてくれた。
「それにさ」
耳をつんざく断末魔の叫びが、樹海に響き渡る。
台詞は遠き過去に紡いだそれ。
誰に宛てたものなのか、今では思い出せないけれど。
空を仰ぎ、一人心地で呟いた。
「二度も返り血浴びた自分、見たくないからな」
◇ ◇ ◇
『ダメだ。ここでもねぇ』
頭に響いた悲しげな声音に、眼帯をした男は溜息をついた。
風の移動魔法を用いてはいるものの、無駄足ばかりで捜しものは見つからない。
渦巻いている焦燥の念を押さえ込み、再び宙に印を描く。
「次に行くぞ、クエン」
エメラルドの風が、広い草原を吹き抜けた。
◇ ◇ ◇
両翼を羽ばたかせ、血走った眼[ で獲物への照準を合わせる。
「ヒヒッ、吹き飛んじゃえ!」
長い爪で描いた印[ が、赤い光を帯びて回転した。
水華を握る力を強め、マツザワは天へ向かって一振りする。
「フレイム・アロウ!」
「雹[ の甲矢[ !」
炎を纏った矢と、冷気を帯びた矢が空中で衝突した。
炎は冷気を、冷気は炎を呑み込む。
「ボクの上位魔法が相殺!?」
「本体までは達しなかったか……」
だが、手応えはある。
上空でぎゃあぎゃあと喚いているアレノスを睨みつけ、再び刀を振った。
「当たるもんか、ヒヒヒ!」
放たれた斬撃の矢は、アレノスの翼を掠る。予想より速い攻撃に、アレノスは奇声を上げた。
「ヒヒヒッ!?」
「数打てば当たる」
休む暇など与えず、一振り、また一振りと空を斬る。
避けることが難しくなれば、敵は直接本人を叩くしか術[ はないのだ。宙で印を描くことなど、できるわけがない。
アレノスは舌打ちしつつも、厄介な斬撃を飛ばしてくるマツザワに向かって急降下する。
「ソレ、鬱陶しいんだよ!」
再び振り切ろうとした水華の白刃[ を、赤黒い爪が遮った。
ぎりぎりと金属が擦[ れる。
降りてきた化け物を見据え、マツザワは口端を吊り上げた。
「……かかったな」
呟くと同時に、水華を斜め下に振り下ろす。
「ヒヒッ!?」
「零距離刀技[ 」
右足を踏み込み、刃を天へ突き上げる。
「零[ の舞!」
甲高い悲鳴と共に、赤い羽根が弾け飛んだ。
◇ ◇ ◇
一瞬の出来事だった。
アズウェルとアレノスがすれ違った直後、赤い飛沫が舞い上がり、アレノスは金切り声を上げて消えていった。
姿形そのものが、視界から消えたのだ。
「今の、何……? アズウェル、どうしちゃったの……?」
何一つ視[ ることが叶わなかったラキィが、呆然と呟く。
其処に佇む青年は、先刻激昂していた彼のはずなのに。
寂しげに微笑んでいる様は、別人のようで。
陽の光を受けて輝いた瞳を認めて、リードは息を飲み込んだ。
「金髪に……ゴールド、アイ……」
美しく輝く金糸に、黄金の双眸。それは、ごく一部の聖霊の間に伝わる古[ の風貌。
もし彼が〝伝承〟だとしたら、あれは……。
聖霊の、神の血を引く者のみが視ることを許される神具。
何処までも白に彩られた長い杖を握り締め、青年は金髪を風に靡[ かせている。
「おい、金髪」
予想を確信に変えるために。
「その杖でアレノスを消したんだろ?」
静かに問う。
「おまえ、エルフだな。これが見えんのか」
青年はリードだけに見える得物を、陽の光に翳[ した。
張りつめた空気が辺りを包み込み、ラキィは二人のやりとりを見つめていることしかできない。
「見える。俺の親父は〝伝承〟を知ってる。お前、何者だ?」
今まで僅かな片鱗すら見せなかった魔力が、アレノスとすれ違った瞬間に爆発した。
だが、その魔力はリードが知るどの魔力とも異なる属性だ。
「普通、それだけの魔力が一度に跳ね上がれば、周囲に少なからず衝撃波を生む。お前の魔力が跳ね上がった時、強風一つ吹かなかった」
努めて平静を装った口調で尋ねてきたリードに、青年は首を傾げる。
「おまえ、名前は?」
「リード・クウィンツェル。木の聖霊、ラスの血を引いている」
「そっかー。木の聖霊かぁ」
頬に張り付いた返り血を拭いながら、いたずらっぽく微笑む。
「さっきの答えな? おれはおれ。リードはリード」
「どういう……意味だ?」
さわさわと木の葉が身体を揺らす。
青年は己の左胸に片手を当て、〝質問の答え〟を繰り返した。
「おれはおれ。それが答えで」
一度言葉を句切り、身を翻す。
降り注ぐ陽の光に瞳を細めて、彼は呟いた。
それだけが、真実[ なんだ
黒髪の男が、眉間に
それに同意するかのように、純白の聖獣が溜息をつく。
「何のための能力だ……。予知していれば避けれた怪我だろう?」
「まぁまぁ。二人ともそんな怖い顔しないで~」
鋭利な
「死ななきゃいいじゃん」
「いい訳無いだろう!?」
ぺろりと舌を出した時、異口同音に重なった怒鳴り声が
やれやれとばかりに肩を竦めて、青年は己の出で立ちを見下ろす。
白い服は所々破れ、赤黒く染まっていた。
相手の動きを予知していれば、確かに受けることのない傷ばかりだ。
「予知したら、スリルが無くなるじゃん」
「そんなもの戦闘に求めるな!」
「怪我をしないことを第一に考えろ!」
間髪入れず切り返してくる男と聖獣に、青年は能天気に言い放つのだった。
◇ ◇ ◇
耳鳴りがうるさい。
遠くで何かが木霊している。
でも、そんなのはどうでもいいことだ。
描かれた未来は、もう変わることはないのだから。
ぴくりとも動かなかったアズウェルの口元が、微かに緩む。
「何だ、まだ息あるんじゃん? 笑っているなんて余裕なんだねっ」
アズウェルの両肩を貫いていた両爪を勢いよく引き抜き、アレノスは滴る鮮血の味を堪能する。
ふらりふらりと揺れながらも、倒れることのないアズウェルを見据え、歪んだ笑みを浮かべた。
「今度は止め刺してあげるよ」
しかし、その宣言はアズウェルに届くことはなかった。
アズウェルの耳に聞こえている声は。
懐かしいそれに笑みが溢れる。
突進してくる相手が、誰であろうと、何であろうと関係ない。
「スリルがないとつまらないだろ?」
一歩右足を前に出す。
「死に損ないが何言ってんの!? キャハハハ……っ!?」
アレノスとすれ違った刹那、赤い風が吹いた。
ぽたり、ぽたりと、雫が頬に降ちてくる。
それは雨のように冷たいものではなく。
僅かに残るその生暖かさが、現状をよく知らせてくれた。
「それにさ」
耳をつんざく断末魔の叫びが、樹海に響き渡る。
台詞は遠き過去に紡いだそれ。
誰に宛てたものなのか、今では思い出せないけれど。
空を仰ぎ、一人心地で呟いた。
「二度も返り血浴びた自分、見たくないからな」
◇ ◇ ◇
『ダメだ。ここでもねぇ』
頭に響いた悲しげな声音に、眼帯をした男は溜息をついた。
風の移動魔法を用いてはいるものの、無駄足ばかりで捜しものは見つからない。
渦巻いている焦燥の念を押さえ込み、再び宙に印を描く。
「次に行くぞ、クエン」
エメラルドの風が、広い草原を吹き抜けた。
◇ ◇ ◇
両翼を羽ばたかせ、血走った
「ヒヒッ、吹き飛んじゃえ!」
長い爪で描いた
水華を握る力を強め、マツザワは天へ向かって一振りする。
「フレイム・アロウ!」
「
炎を纏った矢と、冷気を帯びた矢が空中で衝突した。
炎は冷気を、冷気は炎を呑み込む。
「ボクの上位魔法が相殺!?」
「本体までは達しなかったか……」
だが、手応えはある。
上空でぎゃあぎゃあと喚いているアレノスを睨みつけ、再び刀を振った。
「当たるもんか、ヒヒヒ!」
放たれた斬撃の矢は、アレノスの翼を掠る。予想より速い攻撃に、アレノスは奇声を上げた。
「ヒヒヒッ!?」
「数打てば当たる」
休む暇など与えず、一振り、また一振りと空を斬る。
避けることが難しくなれば、敵は直接本人を叩くしか
アレノスは舌打ちしつつも、厄介な斬撃を飛ばしてくるマツザワに向かって急降下する。
「ソレ、鬱陶しいんだよ!」
再び振り切ろうとした水華の
ぎりぎりと金属が
降りてきた化け物を見据え、マツザワは口端を吊り上げた。
「……かかったな」
呟くと同時に、水華を斜め下に振り下ろす。
「ヒヒッ!?」
「
右足を踏み込み、刃を天へ突き上げる。
「
甲高い悲鳴と共に、赤い羽根が弾け飛んだ。
◇ ◇ ◇
一瞬の出来事だった。
アズウェルとアレノスがすれ違った直後、赤い飛沫が舞い上がり、アレノスは金切り声を上げて消えていった。
姿形そのものが、視界から消えたのだ。
「今の、何……? アズウェル、どうしちゃったの……?」
何一つ
其処に佇む青年は、先刻激昂していた彼のはずなのに。
寂しげに微笑んでいる様は、別人のようで。
陽の光を受けて輝いた瞳を認めて、リードは息を飲み込んだ。
「金髪に……ゴールド、アイ……」
美しく輝く金糸に、黄金の双眸。それは、ごく一部の聖霊の間に伝わる
もし彼が〝伝承〟だとしたら、あれは……。
聖霊の、神の血を引く者のみが視ることを許される神具。
何処までも白に彩られた長い杖を握り締め、青年は金髪を風に
「おい、金髪」
予想を確信に変えるために。
「その杖でアレノスを消したんだろ?」
静かに問う。
「おまえ、エルフだな。これが見えんのか」
青年はリードだけに見える得物を、陽の光に
張りつめた空気が辺りを包み込み、ラキィは二人のやりとりを見つめていることしかできない。
「見える。俺の親父は〝伝承〟を知ってる。お前、何者だ?」
今まで僅かな片鱗すら見せなかった魔力が、アレノスとすれ違った瞬間に爆発した。
だが、その魔力はリードが知るどの魔力とも異なる属性だ。
「普通、それだけの魔力が一度に跳ね上がれば、周囲に少なからず衝撃波を生む。お前の魔力が跳ね上がった時、強風一つ吹かなかった」
努めて平静を装った口調で尋ねてきたリードに、青年は首を傾げる。
「おまえ、名前は?」
「リード・クウィンツェル。木の聖霊、ラスの血を引いている」
「そっかー。木の聖霊かぁ」
頬に張り付いた返り血を拭いながら、いたずらっぽく微笑む。
「さっきの答えな? おれはおれ。リードはリード」
「どういう……意味だ?」
さわさわと木の葉が身体を揺らす。
青年は己の左胸に片手を当て、〝質問の答え〟を繰り返した。
「おれはおれ。それが答えで」
一度言葉を句切り、身を翻す。
降り注ぐ陽の光に瞳を細めて、彼は呟いた。
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