第42記 それだけが真実
「馬鹿野郎、何で予知していなかったんだ!」
黒髪の男が、眉間に皺 を寄せて声を荒げた。
それに同意するかのように、純白の聖獣が溜息をつく。
「何のための能力だ……。予知していれば避けれた怪我だろう?」
「まぁまぁ。二人ともそんな怖い顔しないで~」
鋭利な二対[ の瞳に苦笑して、青年は長い金髪を掻き上げた。
「死ななきゃいいじゃん」
「いい訳無いだろう!?」
ぺろりと舌を出した時、異口同音に重なった怒鳴り声が耳朶[ を貫いた。
やれやれとばかりに肩を竦めて、青年は己の出で立ちを見下ろす。
白い服は所々破れ、赤黒く染まっていた。
相手の動きを予知していれば、確かに受けることのない傷ばかりだ。
「予知したら、スリルが無くなるじゃん」
「そんなもの戦闘に求めるな!」
「怪我をしないことを第一に考えろ!」
間髪入れず切り返してくる男と聖獣に、青年は能天気に言い放つのだった。
それにさぁ……
◇ ◇ ◇
耳鳴りがうるさい。
遠くで何かが木霊している。
でも、そんなのはどうでもいいことだ。
描かれた未来は、もう変わることはないのだから。
ぴくりとも動かなかったアズウェルの口元が、微かに緩む。
「何だ、まだ息あるんじゃん? 笑っているなんて余裕なんだねっ」
アズウェルの両肩を貫いていた両爪を勢いよく引き抜き、アレノスは滴る鮮血の味を堪能する。
ふらりふらりと揺れながらも、倒れることのないアズウェルを見据え、歪んだ笑みを浮かべた。
「今度は止め刺してあげるよ」
しかし、その宣言はアズウェルに届くことはなかった。
アズウェルの耳に聞こえている声は。
何で予知していなかったんだ!
懐かしいそれに笑みが溢れる。
突進してくる相手が、誰であろうと、何であろうと関係ない。
「スリルがないとつまらないだろ?」
一歩右足を前に出す。
「死に損ないが何言ってんの!? キャハハハ……っ!?」
アレノスとすれ違った刹那、赤い風が吹いた。
ぽたり、ぽたりと、雫が頬に降ちてくる。
それは雨のように冷たいものではなく。
僅かに残るその生暖かさが、現状をよく知らせてくれた。
「それにさ」
耳をつんざく断末魔の叫びが、樹海に響き渡る。
台詞は遠き過去に紡いだそれ。
誰に宛てたものなのか、今では思い出せないけれど。
空を仰ぎ、一人心地で呟いた。
「二度も返り血浴びた自分、見たくないからな」
◇ ◇ ◇
『ダメだ。ここでもねぇ』
頭に響いた悲しげな声音に、眼帯をした男は溜息をついた。
風の移動魔法を用いてはいるものの、無駄足ばかりで捜しものは見つからない。
渦巻いている焦燥の念を押さえ込み、再び宙に印を描く。
「次に行くぞ、クエン」
エメラルドの風が、広い草原を吹き抜けた。
◇ ◇ ◇
両翼を羽ばたかせ、血走った眼[ で獲物への照準を合わせる。
「ヒヒッ、吹き飛んじゃえ!」
長い爪で描いた印[ が、赤い光を帯びて回転した。
水華を握る力を強め、マツザワは天へ向かって一振りする。
「フレイム・アロウ!」
「雹[ の甲矢[ !」
炎を纏った矢と、冷気を帯びた矢が空中で衝突した。
炎は冷気を、冷気は炎を呑み込む。
「ボクの上位魔法が相殺!?」
「本体までは達しなかったか……」
だが、手応えはある。
上空でぎゃあぎゃあと喚いているアレノスを睨みつけ、再び刀を振った。
「当たるもんか、ヒヒヒ!」
放たれた斬撃の矢は、アレノスの翼を掠る。予想より速い攻撃に、アレノスは奇声を上げた。
「ヒヒヒッ!?」
「数打てば当たる」
休む暇など与えず、一振り、また一振りと空を斬る。
避けることが難しくなれば、敵は直接本人を叩くしか術[ はないのだ。宙で印を描くことなど、できるわけがない。
アレノスは舌打ちしつつも、厄介な斬撃を飛ばしてくるマツザワに向かって急降下する。
「ソレ、鬱陶しいんだよ!」
再び振り切ろうとした水華の白刃[ を、赤黒い爪が遮った。
ぎりぎりと金属が擦[ れる。
降りてきた化け物を見据え、マツザワは口端を吊り上げた。
「……かかったな」
呟くと同時に、水華を斜め下に振り下ろす。
「ヒヒッ!?」
「零距離刀技[ 」
右足を踏み込み、刃を天へ突き上げる。
「零[ の舞!」
甲高い悲鳴と共に、赤い羽根が弾け飛んだ。
◇ ◇ ◇
一瞬の出来事だった。
アズウェルとアレノスがすれ違った直後、赤い飛沫が舞い上がり、アレノスは金切り声を上げて消えていった。
姿形そのものが、視界から消えたのだ。
「今の、何……? アズウェル、どうしちゃったの……?」
何一つ視[ ることが叶わなかったラキィが、呆然と呟く。
其処に佇む青年は、先刻激昂していた彼のはずなのに。
寂しげに微笑んでいる様は、別人のようで。
陽の光を受けて輝いた瞳を認めて、リードは息を飲み込んだ。
「金髪に……ゴールド、アイ……」
美しく輝く金糸に、黄金の双眸。それは、ごく一部の聖霊の間に伝わる古[ の風貌。
もし彼が〝伝承〟だとしたら、あれは……。
聖霊の、神の血を引く者のみが視ることを許される神具。
何処までも白に彩られた長い杖を握り締め、青年は金髪を風に靡[ かせている。
「おい、金髪」
予想を確信に変えるために。
「その杖でアレノスを消したんだろ?」
静かに問う。
「おまえ、エルフだな。これが見えんのか」
青年はリードだけに見える得物を、陽の光に翳[ した。
張りつめた空気が辺りを包み込み、ラキィは二人のやりとりを見つめていることしかできない。
「見える。俺の親父は〝伝承〟を知ってる。お前、何者だ?」
今まで僅かな片鱗すら見せなかった魔力が、アレノスとすれ違った瞬間に爆発した。
だが、その魔力はリードが知るどの魔力とも異なる属性だ。
「普通、それだけの魔力が一度に跳ね上がれば、周囲に少なからず衝撃波を生む。お前の魔力が跳ね上がった時、強風一つ吹かなかった」
努めて平静を装った口調で尋ねてきたリードに、青年は首を傾げる。
「おまえ、名前は?」
「リード・クウィンツェル。木の聖霊、ラスの血を引いている」
「そっかー。木の聖霊かぁ」
頬に張り付いた返り血を拭いながら、いたずらっぽく微笑む。
「さっきの答えな? おれはおれ。リードはリード」
「どういう……意味だ?」
さわさわと木の葉が身体を揺らす。
青年は己の左胸に片手を当て、〝質問の答え〟を繰り返した。
「おれはおれ。それが答えで」
一度言葉を句切り、身を翻す。
降り注ぐ陽の光に瞳を細めて、彼は呟いた。
それだけが、真実[ なんだ
黒髪の男が、眉間に
それに同意するかのように、純白の聖獣が溜息をつく。
「何のための能力だ……。予知していれば避けれた怪我だろう?」
「まぁまぁ。二人ともそんな怖い顔しないで~」
鋭利な
「死ななきゃいいじゃん」
「いい訳無いだろう!?」
ぺろりと舌を出した時、異口同音に重なった怒鳴り声が
やれやれとばかりに肩を竦めて、青年は己の出で立ちを見下ろす。
白い服は所々破れ、赤黒く染まっていた。
相手の動きを予知していれば、確かに受けることのない傷ばかりだ。
「予知したら、スリルが無くなるじゃん」
「そんなもの戦闘に求めるな!」
「怪我をしないことを第一に考えろ!」
間髪入れず切り返してくる男と聖獣に、青年は能天気に言い放つのだった。
◇ ◇ ◇
耳鳴りがうるさい。
遠くで何かが木霊している。
でも、そんなのはどうでもいいことだ。
描かれた未来は、もう変わることはないのだから。
ぴくりとも動かなかったアズウェルの口元が、微かに緩む。
「何だ、まだ息あるんじゃん? 笑っているなんて余裕なんだねっ」
アズウェルの両肩を貫いていた両爪を勢いよく引き抜き、アレノスは滴る鮮血の味を堪能する。
ふらりふらりと揺れながらも、倒れることのないアズウェルを見据え、歪んだ笑みを浮かべた。
「今度は止め刺してあげるよ」
しかし、その宣言はアズウェルに届くことはなかった。
アズウェルの耳に聞こえている声は。
懐かしいそれに笑みが溢れる。
突進してくる相手が、誰であろうと、何であろうと関係ない。
「スリルがないとつまらないだろ?」
一歩右足を前に出す。
「死に損ないが何言ってんの!? キャハハハ……っ!?」
アレノスとすれ違った刹那、赤い風が吹いた。
ぽたり、ぽたりと、雫が頬に降ちてくる。
それは雨のように冷たいものではなく。
僅かに残るその生暖かさが、現状をよく知らせてくれた。
「それにさ」
耳をつんざく断末魔の叫びが、樹海に響き渡る。
台詞は遠き過去に紡いだそれ。
誰に宛てたものなのか、今では思い出せないけれど。
空を仰ぎ、一人心地で呟いた。
「二度も返り血浴びた自分、見たくないからな」
◇ ◇ ◇
『ダメだ。ここでもねぇ』
頭に響いた悲しげな声音に、眼帯をした男は溜息をついた。
風の移動魔法を用いてはいるものの、無駄足ばかりで捜しものは見つからない。
渦巻いている焦燥の念を押さえ込み、再び宙に印を描く。
「次に行くぞ、クエン」
エメラルドの風が、広い草原を吹き抜けた。
◇ ◇ ◇
両翼を羽ばたかせ、血走った
「ヒヒッ、吹き飛んじゃえ!」
長い爪で描いた
水華を握る力を強め、マツザワは天へ向かって一振りする。
「フレイム・アロウ!」
「
炎を纏った矢と、冷気を帯びた矢が空中で衝突した。
炎は冷気を、冷気は炎を呑み込む。
「ボクの上位魔法が相殺!?」
「本体までは達しなかったか……」
だが、手応えはある。
上空でぎゃあぎゃあと喚いているアレノスを睨みつけ、再び刀を振った。
「当たるもんか、ヒヒヒ!」
放たれた斬撃の矢は、アレノスの翼を掠る。予想より速い攻撃に、アレノスは奇声を上げた。
「ヒヒヒッ!?」
「数打てば当たる」
休む暇など与えず、一振り、また一振りと空を斬る。
避けることが難しくなれば、敵は直接本人を叩くしか
アレノスは舌打ちしつつも、厄介な斬撃を飛ばしてくるマツザワに向かって急降下する。
「ソレ、鬱陶しいんだよ!」
再び振り切ろうとした水華の
ぎりぎりと金属が
降りてきた化け物を見据え、マツザワは口端を吊り上げた。
「……かかったな」
呟くと同時に、水華を斜め下に振り下ろす。
「ヒヒッ!?」
「
右足を踏み込み、刃を天へ突き上げる。
「
甲高い悲鳴と共に、赤い羽根が弾け飛んだ。
◇ ◇ ◇
一瞬の出来事だった。
アズウェルとアレノスがすれ違った直後、赤い飛沫が舞い上がり、アレノスは金切り声を上げて消えていった。
姿形そのものが、視界から消えたのだ。
「今の、何……? アズウェル、どうしちゃったの……?」
何一つ
其処に佇む青年は、先刻激昂していた彼のはずなのに。
寂しげに微笑んでいる様は、別人のようで。
陽の光を受けて輝いた瞳を認めて、リードは息を飲み込んだ。
「金髪に……ゴールド、アイ……」
美しく輝く金糸に、黄金の双眸。それは、ごく一部の聖霊の間に伝わる
もし彼が〝伝承〟だとしたら、あれは……。
聖霊の、神の血を引く者のみが視ることを許される神具。
何処までも白に彩られた長い杖を握り締め、青年は金髪を風に
「おい、金髪」
予想を確信に変えるために。
「その杖でアレノスを消したんだろ?」
静かに問う。
「おまえ、エルフだな。これが見えんのか」
青年はリードだけに見える得物を、陽の光に
張りつめた空気が辺りを包み込み、ラキィは二人のやりとりを見つめていることしかできない。
「見える。俺の親父は〝伝承〟を知ってる。お前、何者だ?」
今まで僅かな片鱗すら見せなかった魔力が、アレノスとすれ違った瞬間に爆発した。
だが、その魔力はリードが知るどの魔力とも異なる属性だ。
「普通、それだけの魔力が一度に跳ね上がれば、周囲に少なからず衝撃波を生む。お前の魔力が跳ね上がった時、強風一つ吹かなかった」
努めて平静を装った口調で尋ねてきたリードに、青年は首を傾げる。
「おまえ、名前は?」
「リード・クウィンツェル。木の聖霊、ラスの血を引いている」
「そっかー。木の聖霊かぁ」
頬に張り付いた返り血を拭いながら、いたずらっぽく微笑む。
「さっきの答えな? おれはおれ。リードはリード」
「どういう……意味だ?」
さわさわと木の葉が身体を揺らす。
青年は己の左胸に片手を当て、〝質問の答え〟を繰り返した。
「おれはおれ。それが答えで」
一度言葉を句切り、身を翻す。
降り注ぐ陽の光に瞳を細めて、彼は呟いた。
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[ラクガキ]誕生日っていうのは前後半年プレゼントを受け付けるもんだw
っていう先輩の名言に従い、遅れようが気にせず描きました!
いきさん、お誕生日おめでとうございますー!(26日の話ですが、気にしなーい!

↑いきさんのみクリックしてお持ち帰り可でっす。
いきさん宅で連載中のナジアハンター2で登場する、
主人公ユーリ、相棒リューフィン、ヒロインリカです!
リューフィンとユーリは一応原画のキユさんイラストを拝見しつつ描いたのですが……
桜木の脳内補正全開です。ユーリイギリス人だもん、西洋の子は鼻が高くて大人びてるんだもん(マテ
リューフィンはちっこすぎて、「きっとこんな感じだぁあああ!」と描きました。
……お前、どこのポケモンだ(爆
リカは一応描写通りに想像したはずなんですけど……
リカちゃんファンクラブ会員に殺されてしまうかもしれないっ!
というわけで、桜木は退散します!!
勝手に描いてすみませんでした!!
そんで、お粗末様でした><
追記は文字なし&NAJIAバージョン。

↑文字なし

↑NAJIAバージョン
字ぃきったなくてすみません……。
実はいきさんには旧ブログでキリリクをいただいていたんですが、ほっぽらかして隠居状態に……。
今更感がありますが、誕生日にかこつけて描きました><
そのうちきっと、キリリクの彼女も……?w
では最後に、いきさん、色々なんかごめんなさいでした!!(ダッシュ
いきさん、お誕生日おめでとうございますー!(26日の話ですが、気にしなーい!

↑いきさんのみクリックしてお持ち帰り可でっす。
いきさん宅で連載中のナジアハンター2で登場する、
主人公ユーリ、相棒リューフィン、ヒロインリカです!
リューフィンとユーリは一応原画のキユさんイラストを拝見しつつ描いたのですが……
桜木の脳内補正全開です。ユーリイギリス人だもん、西洋の子は鼻が高くて大人びてるんだもん(マテ
リューフィンはちっこすぎて、「きっとこんな感じだぁあああ!」と描きました。
……お前、どこのポケモンだ(爆
リカは一応描写通りに想像したはずなんですけど……
リカちゃんファンクラブ会員に殺されてしまうかもしれないっ!
というわけで、桜木は退散します!!
勝手に描いてすみませんでした!!
そんで、お粗末様でした><
追記は文字なし&NAJIAバージョン。

↑文字なし

↑NAJIAバージョン
字ぃきったなくてすみません……。
実はいきさんには旧ブログでキリリクをいただいていたんですが、ほっぽらかして隠居状態に……。
今更感がありますが、誕生日にかこつけて描きました><
そのうちきっと、キリリクの彼女も……?w
では最後に、いきさん、色々なんかごめんなさいでした!!(ダッシュ
-
2010/08/30 (Mon) 23:43 |
- ラクガキ |
- Comment: 5 |
- - | [Edit]
- ▲
第41記 守るために
一つ深呼吸をして、黒装束を身に纏った男は眼前に佇む襖[ を開ける。
畳の間に悠然と腰を下ろしているのは、一族の長。
「よく、来てくれた」
威厳のこもった声音に、思わず背筋が伸びる。
跪座[ をすると、男は両の拳を畳につけた。
「お久しぶりッス、族長」
腰から身体を折り、深々と頭を下げる。
頭に巻かれた太く黒い鉢巻きが、畳にひれ伏した。
◇ ◇ ◇
轟音が大地を揺るがす。
輝く氷の破片が、大気を漂っていた。
「聖霊って、イヒッ! なかなかしぶとい、ヒヒヒッ!」
「スニィ、しっかりしろ!」
アレノスが生み出した風に、氷の盾ごと吹き飛ばされたスニィを、ディオウが呼ぶ。
『わ……私は、平気です。ヴァルトさんは……?』
「スニィ殿のお陰で、私もタカト殿も無事だ」
タカトを抱きかかえたまま答え、マツザワは上空で赤い両翼を羽ばたかせている敵を見据えた。
長い爪は赤黒く、一本のみの足には鋭利な爪が五つ付いている。
彼女の記憶が正しければ、アレノスの正体は。
「ハーピーか……」
人面を持つという怪鳥。
だがハーピーならば、人を襲うことはしない。
マツザワの呟きを聞き取ったスニィが、首を横に振る。
『違います。ハーピーを土台にしているとは思いますが、あれはハーピーじゃない……!』
「土台だと? どういう意味だ」
上空を旋回するアレノスを警戒しながら、ディオウが問う。
『ホルマウンテンに出現したアレノスは、ホルベアが土台です。アレノスは、自然の生命ではないのです……!』
「聖霊、ボクラのコト、知りすぎだね。消去、消去、ヒヒヒッ!」
不愉快な笑い声が耳に届くと同時に、スニィの頬を冷たい風が撫でた。
「スニィ、避けろ!」
アレノスの異変に気づいたディオウが怒鳴るが、時既に遅し。
爆風を伴い、風の爪が大地を抉った。
マツザワの頬に生暖かい雫がかかる。驚いて頬をそっと触れた指先が、鮮やかな朱に染まった。
「スニィ殿!?」
振り返った先には、宙を舞うスニィの体躯。
にやりと嗤[ ったアレノスは、容赦なく次の攻撃を叩き込む。
「聖霊、消去! イヒヒ、ウィンド・クロウ!」
エメラルドグリーンの印と共に、鋭利な風刃が聖霊を切り裂こうと牙を剥く。
「くそ、あの化け物魔法詠唱ができるのか!」
舌打ちしたディオウが飛翔するが、聖獣といえども風に勝ることはできない。
無防備なスニィを、風刃が捉えんとした時。
キキキキィーン!
鳴り響いたのは、高い金属音。
風が止み、徐々に視界が晴れていく。
「これ以上、貴様の好きにはさせん!」
スニィとタカトを背にし、マツザワは水華の鋒[ を敵に定める。
「ディオウ殿、二人を安全圏へ!」
「お前一人では苦戦するぞ!」
聖霊であるスニィすら、赤子同然に蹴散らしたのだ。近接を得意とする刀技のみで、太刀打ちできるとは思えない。
「このまま二人を守りながらの戦闘は危険です。ディオウ殿、二人を頼みます」
彼女の言う通り、この状況が続けば、全滅もあり得る。
今は、動けない二人を逃がすことが先決だ。
「無理は、するな」
眉間に皺[ を刻み、ディオウは低く唸った。
二人をディオウの背に乗せながら、マツザワが頷く。
「敵が一体とは限らない。ディオウ殿もお気をつけて」
「ああ」
ぴしりと尾を一振りすると、ディオウは大地を蹴った。
白目まで深紅に染まった眼[ が、獲物を見定めるようにぎょろぎょろと蠢[ く。
「イヒヒッ、逃がすと思ってるの?」
飛び立ったディオウを追おうとしたアレノスに、細かい斬撃が突き刺さった。
突如両翼を駆け抜けた痛みに、瞳を見開く。
「ヒヒ!?」
「……雹[ の舞。貴様の相手は、私だ」
正眼に据えられた水華は、陽の光を受け白い煌めきを放っていた。
◇ ◇ ◇
「調べごとッスか……」
族長の家を後にしたカツナリは、一人心地で呟いた。
本家に召還されるのは久方振りだ。
いつもの如く、相方を連れてワツキに訪れたわけだが。
「せんぱーい、遊んでないで行くッスよー」
青年と蹴鞠[ で遊んでいた少女に呼びかけると、返事の代わりに痛みが返ってきた。
「いっ!? だから先輩、俺の頭は蹴鞠じゃねーッス!」
「はげぴょん、こーちゃんからちゃんと聞いてきたの?」
「禿じゃねぇッス、坊主ッス!!」
蹴られた頭をさすりながら、カツナリは反論する。
しかし、彼女はそんな叫びを黙殺し、蹴鞠相手をしてくれていた青年、アキラに微笑みかけた。
「まちちゃんなら大丈夫、なの。あきちゃんは休むのが大事、なの!」
「せやけど、村全体で何や動いとりまっせ? そないにでかい任務なんやろか……」
誰に聞こうとも、返ってくる答えは休めの二文字。
己だけ取り残されているような気がして、アキラは落ち着かなかった。
彼にとって、起きていられる時間は日中の三時間足らず。だが、その僅かな時間でさえ、村の緊迫感を感じ取るには充分過ぎる長さだった。
「やぁな予感がするんや……ミズナはホンマに三番任務なんやろか……」
「あきちゃん」
直感的に危機を感じているアキラに、一族ぐるみで零番任務を隠していることがばれるのは、もはや時間の問題だ。
もし零番任務と知れば、無理にでも彼女らの後を追うだろう。
「あのね、信じてあげるのも大切なの。あきちゃんはまちちゃんのこと信じてないの?」
「そないなわけあらへん。ミズナの強さは、わい自身よう知っとります」
「だったら」
「せやけど」
ヤヨイの台詞を遮って、アキラは足元に視線を落とす。
「わいは、わいだけ何もできへん。何度呼びかけても、ゲンチョウの声も聞こえへんのや。ホンマに寝てばっかでええんやろか」
好きで寝ているわけではない。
目覚めた時に、己の無力さを嫌でも味わうのだ。
もっと己が強かったなら、こんな歯がゆい思いはしなかったのに。
「アキラ、ゲンチョウから声が聞こえねぇってことは、休めってことッスよ」
「それは……」
「昔リュウジもクエンの声が聞こえなくなった時があったんス。任務先で大怪我して、入院してろって医者に言われてるのに、なーんども病院抜け出してたんスよ。したらクエンの声が聞こえなくなって」
肩を竦めたカツナリは、やれやれと言わんばかりに苦笑する。
「クエンがいなくても、アキラの初任務ついてく言って」
「それで、くーちゃんがいきなり出てきて、りゅーちゃん殴ったの。『いい加減休みやがれ、馬鹿!』って」
最後のオチを相方に取られたカツナリは、些か不服そうに顔を顰[ めた。
しかし、そんなことを彼女が気にするはずもなく。
ヤヨイは驚きで絶句しているアキラに告げる。
「ゲンチョウもあきちゃんにちゃんと身体治してほしいの。まちちゃんも、ヤヨイも、こーちゃんも、みーんなそう思ってるの」
「あのー、先輩、俺もッスよ」
再びカツナリの言葉を黙殺し、ヤヨイは蹴鞠をアキラに渡した。
「約束、なの。まちちゃんと、ヤヨイが帰ってきたら、一緒に蹴鞠やるの」
「わいが……ミズナと……?」
「まちちゃんにはヤヨイが言っておくの。約束、いい?」
約束。
その言霊は、何よりも守り抜くべきもの。
一緒に……成人式挙げるって約束したじゃんか……
窮地で呟かれた切なる想い。
それに応えるためには。
「……約束、もろときますわ。わいはヤヨイはんとミズナが戻ってくる前に」
「うん、元気になってて、なの」
「おおきに」
一番大切な約束。アキラにとっての生きる意味。
それを守り抜くためにも、今は我慢して。
微笑みを浮かべ、アキラはヤヨイと指切りをする。
「絶対、約束なの!」
「わかっとりまっせ」
和やかな雰囲気の中で、一人だけ除外されているカツナリが、地を這うような声を上げた。
「先輩、俺は……」
「はげぴょん、任務行くの!」
「……う、ウーッス」
予想通りの反応にがくりと両肩を落とし、溜息をつく。
「カツナリはんも、帰還待っとりまっせ」
「お心遣いどーもッス」
背中によじ登ってきたヤヨイを片手で支えながら、苦笑をアキラに向け、カツナリは身を翻す。
アキラは〝待つ意味〟を与えてくれた二人の背が見えなくなるまで、その場を動かなかった。
畳の間に悠然と腰を下ろしているのは、一族の長。
「よく、来てくれた」
威厳のこもった声音に、思わず背筋が伸びる。
「お久しぶりッス、族長」
腰から身体を折り、深々と頭を下げる。
頭に巻かれた太く黒い鉢巻きが、畳にひれ伏した。
◇ ◇ ◇
轟音が大地を揺るがす。
輝く氷の破片が、大気を漂っていた。
「聖霊って、イヒッ! なかなかしぶとい、ヒヒヒッ!」
「スニィ、しっかりしろ!」
アレノスが生み出した風に、氷の盾ごと吹き飛ばされたスニィを、ディオウが呼ぶ。
『わ……私は、平気です。ヴァルトさんは……?』
「スニィ殿のお陰で、私もタカト殿も無事だ」
タカトを抱きかかえたまま答え、マツザワは上空で赤い両翼を羽ばたかせている敵を見据えた。
長い爪は赤黒く、一本のみの足には鋭利な爪が五つ付いている。
彼女の記憶が正しければ、アレノスの正体は。
「ハーピーか……」
人面を持つという怪鳥。
だがハーピーならば、人を襲うことはしない。
マツザワの呟きを聞き取ったスニィが、首を横に振る。
『違います。ハーピーを土台にしているとは思いますが、あれはハーピーじゃない……!』
「土台だと? どういう意味だ」
上空を旋回するアレノスを警戒しながら、ディオウが問う。
『ホルマウンテンに出現したアレノスは、ホルベアが土台です。アレノスは、自然の生命ではないのです……!』
「聖霊、ボクラのコト、知りすぎだね。消去、消去、ヒヒヒッ!」
不愉快な笑い声が耳に届くと同時に、スニィの頬を冷たい風が撫でた。
「スニィ、避けろ!」
アレノスの異変に気づいたディオウが怒鳴るが、時既に遅し。
爆風を伴い、風の爪が大地を抉った。
マツザワの頬に生暖かい雫がかかる。驚いて頬をそっと触れた指先が、鮮やかな朱に染まった。
「スニィ殿!?」
振り返った先には、宙を舞うスニィの体躯。
にやりと
「聖霊、消去! イヒヒ、ウィンド・クロウ!」
エメラルドグリーンの印と共に、鋭利な風刃が聖霊を切り裂こうと牙を剥く。
「くそ、あの化け物魔法詠唱ができるのか!」
舌打ちしたディオウが飛翔するが、聖獣といえども風に勝ることはできない。
無防備なスニィを、風刃が捉えんとした時。
鳴り響いたのは、高い金属音。
風が止み、徐々に視界が晴れていく。
「これ以上、貴様の好きにはさせん!」
スニィとタカトを背にし、マツザワは水華の
「ディオウ殿、二人を安全圏へ!」
「お前一人では苦戦するぞ!」
聖霊であるスニィすら、赤子同然に蹴散らしたのだ。近接を得意とする刀技のみで、太刀打ちできるとは思えない。
「このまま二人を守りながらの戦闘は危険です。ディオウ殿、二人を頼みます」
彼女の言う通り、この状況が続けば、全滅もあり得る。
今は、動けない二人を逃がすことが先決だ。
「無理は、するな」
眉間に
二人をディオウの背に乗せながら、マツザワが頷く。
「敵が一体とは限らない。ディオウ殿もお気をつけて」
「ああ」
ぴしりと尾を一振りすると、ディオウは大地を蹴った。
白目まで深紅に染まった
「イヒヒッ、逃がすと思ってるの?」
飛び立ったディオウを追おうとしたアレノスに、細かい斬撃が突き刺さった。
突如両翼を駆け抜けた痛みに、瞳を見開く。
「ヒヒ!?」
「……
正眼に据えられた水華は、陽の光を受け白い煌めきを放っていた。
◇ ◇ ◇
「調べごとッスか……」
族長の家を後にしたカツナリは、一人心地で呟いた。
本家に召還されるのは久方振りだ。
いつもの如く、相方を連れてワツキに訪れたわけだが。
「せんぱーい、遊んでないで行くッスよー」
青年と
「いっ!? だから先輩、俺の頭は蹴鞠じゃねーッス!」
「はげぴょん、こーちゃんからちゃんと聞いてきたの?」
「禿じゃねぇッス、坊主ッス!!」
蹴られた頭をさすりながら、カツナリは反論する。
しかし、彼女はそんな叫びを黙殺し、蹴鞠相手をしてくれていた青年、アキラに微笑みかけた。
「まちちゃんなら大丈夫、なの。あきちゃんは休むのが大事、なの!」
「せやけど、村全体で何や動いとりまっせ? そないにでかい任務なんやろか……」
誰に聞こうとも、返ってくる答えは休めの二文字。
己だけ取り残されているような気がして、アキラは落ち着かなかった。
彼にとって、起きていられる時間は日中の三時間足らず。だが、その僅かな時間でさえ、村の緊迫感を感じ取るには充分過ぎる長さだった。
「やぁな予感がするんや……ミズナはホンマに三番任務なんやろか……」
「あきちゃん」
直感的に危機を感じているアキラに、一族ぐるみで零番任務を隠していることがばれるのは、もはや時間の問題だ。
もし零番任務と知れば、無理にでも彼女らの後を追うだろう。
「あのね、信じてあげるのも大切なの。あきちゃんはまちちゃんのこと信じてないの?」
「そないなわけあらへん。ミズナの強さは、わい自身よう知っとります」
「だったら」
「せやけど」
ヤヨイの台詞を遮って、アキラは足元に視線を落とす。
「わいは、わいだけ何もできへん。何度呼びかけても、ゲンチョウの声も聞こえへんのや。ホンマに寝てばっかでええんやろか」
好きで寝ているわけではない。
目覚めた時に、己の無力さを嫌でも味わうのだ。
もっと己が強かったなら、こんな歯がゆい思いはしなかったのに。
「アキラ、ゲンチョウから声が聞こえねぇってことは、休めってことッスよ」
「それは……」
「昔リュウジもクエンの声が聞こえなくなった時があったんス。任務先で大怪我して、入院してろって医者に言われてるのに、なーんども病院抜け出してたんスよ。したらクエンの声が聞こえなくなって」
肩を竦めたカツナリは、やれやれと言わんばかりに苦笑する。
「クエンがいなくても、アキラの初任務ついてく言って」
「それで、くーちゃんがいきなり出てきて、りゅーちゃん殴ったの。『いい加減休みやがれ、馬鹿!』って」
最後のオチを相方に取られたカツナリは、些か不服そうに顔を
しかし、そんなことを彼女が気にするはずもなく。
ヤヨイは驚きで絶句しているアキラに告げる。
「ゲンチョウもあきちゃんにちゃんと身体治してほしいの。まちちゃんも、ヤヨイも、こーちゃんも、みーんなそう思ってるの」
「あのー、先輩、俺もッスよ」
再びカツナリの言葉を黙殺し、ヤヨイは蹴鞠をアキラに渡した。
「約束、なの。まちちゃんと、ヤヨイが帰ってきたら、一緒に蹴鞠やるの」
「わいが……ミズナと……?」
「まちちゃんにはヤヨイが言っておくの。約束、いい?」
約束。
その言霊は、何よりも守り抜くべきもの。
窮地で呟かれた切なる想い。
それに応えるためには。
「……約束、もろときますわ。わいはヤヨイはんとミズナが戻ってくる前に」
「うん、元気になってて、なの」
「おおきに」
一番大切な約束。アキラにとっての生きる意味。
それを守り抜くためにも、今は我慢して。
微笑みを浮かべ、アキラはヤヨイと指切りをする。
「絶対、約束なの!」
「わかっとりまっせ」
和やかな雰囲気の中で、一人だけ除外されているカツナリが、地を這うような声を上げた。
「先輩、俺は……」
「はげぴょん、任務行くの!」
「……う、ウーッス」
予想通りの反応にがくりと両肩を落とし、溜息をつく。
「カツナリはんも、帰還待っとりまっせ」
「お心遣いどーもッス」
背中によじ登ってきたヤヨイを片手で支えながら、苦笑をアキラに向け、カツナリは身を翻す。
アキラは〝待つ意味〟を与えてくれた二人の背が見えなくなるまで、その場を動かなかった。
[更新]本編改稿完了
多忙故ほっぽってた40記を上げました。(14時間も寝ていたから眠くないっていうorz)
ついでに残りの分、過去ブログで掲載していた48記までチェック済み。
適当な時間に毎日1話ずつアップされると思います。
全盛期?というか、ノリノリで書いていた〝第二部開始から考えていたシナリオ通り〟の場面になるので、
大した修正もなく、誤字脱字チェックや一部文体統一程度で済みました。
長かったぁああああー!
ま、まだ番外がいくつか残っているんですけどね……。
2年間お待たせした以前の読者様は、本編の続きを楽しみにしてくださってるみたいなので、
予約投稿期間が終わるまでに最低でも50記まで書き上げておきたいです。
仕事にもよりますが……。
何はともあれ、本編改稿お疲れさま、自分!(苦笑
ついでに残りの分、過去ブログで掲載していた48記までチェック済み。
適当な時間に毎日1話ずつアップされると思います。
全盛期?というか、ノリノリで書いていた〝第二部開始から考えていたシナリオ通り〟の場面になるので、
大した修正もなく、誤字脱字チェックや一部文体統一程度で済みました。
長かったぁああああー!
ま、まだ番外がいくつか残っているんですけどね……。
2年間お待たせした以前の読者様は、本編の続きを楽しみにしてくださってるみたいなので、
予約投稿期間が終わるまでに最低でも50記まで書き上げておきたいです。
仕事にもよりますが……。
何はともあれ、本編改稿お疲れさま、自分!(苦笑
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2010/08/30 (Mon) 01:30 |
- 更新履歴 |
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第40記 微笑みは思い出に
青々とした葉の髪飾りで、柳色の毛を結い上げる。
「下の毛は少し残して~……はい、でっきあがり~! これでリードもボクとお揃いの髪型だよっ!」
にっこりと微笑みを浮かべた小さな妖精は、エルフの青年を覗き込んだ。
淡い緑のトゥルーメンズも、彼の顔を見つめる。
「あら、可愛いじゃない」
「ホントだ、リード女の子みた……ふげぇっ!」
中世的な顔つきのエルフは、何もしなくても性別の区別が難しい。髪を結っていれば尚更、彼の性別は曖昧なものになる。
自然と溢れた感想に、エルフの青年、リードは不機嫌そうに顔を顰[ めた。
「チャイ、もう一回言ってみろ」
「ぐぇ……踏まれてちゃ、おいら何も言えないよー」
リードに足蹴にされたクルースは、ハート型の尾を揺らし、しょんぼりと呟く。
「髪を結ったのはピュアだし、ラキィだって可愛いって言ったのに、何でおいらだけ……」
「何か文句でもあるのか、チャイ?」
反論を許さないという気迫を醸し出し、リードはクルースの子供、チャイを睨みつけた。
額に青筋を浮かべているリードに、チャイはごくりと息を飲み込む。
「な、何でもないよー……」
リードの足に踏まれたまま、「怖いなぁ」と小さく溜息を一つ落とした時。
「お、楽しそうじゃん。俺も混ぜて、混ぜてーっ!」
陽気な声を上げ駆けてきたのは、この森の主人であるラスだった。
父親の登場に、一瞬リードの力が弱まる。
チャイはチャンスとばかりに、その束縛から逃げ出すと、ラスの肩に飛び乗った。
「ラスーっ!」
「おうおう、チャイ、どーした?」
小麦色の肌に、若葉色の髪。
木の聖霊であるラスは、動物たちにとって癒しの象徴。動物たちは、彼に触れると心が温かくなるのだ。
「やっぱり、おいらラスの髪が好きだ」
よいしょ、とラスの頭によじ登る。
半眼で見据えてくるリードに、チャイは頬を膨らませた。
「だって、リードはおいらだけ頭に乗せてくんないんだもん。ピュアやラキィが乗っても怒らないのにさっ」
「ん、そーなのかー、リード?」
目を瞬かせ、ラスが首を傾げる。
相変わらずゆるい父親を睨みながら、リードは低い声で呟いた。
「チャイは重いんだよ……」
その発言を聞き、チャイが奇声を発する。
「ひぅげぇ!? おいら、太ったぁ!?」
あまりのショックに、これでもかというほど瞳を見開くと、ふらりとラスの頭から転げ落ちた。
「おっと。いや、そうでもねぇと思うけどー?」
ラスの両手に受け止められたチャイは、耳を垂れたまま俯く。
「おいら……おいら、フルーツ食べるの、我慢する」
すっかり本気にしているチャイを見て、リードが嘆息した。
「馬鹿……冗談だ」
「リードもチャイをからかうの、ほどほどにしたら?」
「チャイは素直だから、みーんな信じちゃうよっ」
右肩に乗っているラキィに、左肩に座っているピュアに言われ、リードは眉根を寄せて唸る。
チャイは紫の瞳いっぱいに涙を浮かべて、彼を見つめている。
ちょっと言い過ぎたのかもしれない。
仕方なく謝ろうとした時、間の抜けた笑い声が響いた。
「あはは。あーぁ、なんだ。リード、チャイをからかってたのかー。ほら、チャイ泣くなって。まったく、チャイは純粋だよなぁ~。そりゃ、からかいたくもなるってか、リード?」
「……馬鹿親父」
謝罪の機会を父親に奪われたリードは、木に登り、リンゴを一つもぎ取る。
それをチャイに放り投げ、ぶっきらぼうに言った。
「ったく、真に受けてるんじゃねぇよ」
「り、リード……これ食べていいの?」
恐る恐る尋ねてくるチャイに、リードは頬を緩ませる。
「それくらい食っても、太らねぇよ」
木漏れ日が、大樹の森を温かく照らしていた。
◇ ◇ ◇
高い音が、響いた。その音が、駆け抜けた思い出にしがみついていたリードを、現実へと引き戻す。
音源は、目の前。
のろのろと首を上げると、黒いシャツを着た青年が、化け物の爪を受け止めていた。
金髪を靡[ かせ、彼は問う。
「リード、こいつがアレノス?」
「お前は……」
平穏が消えた森に、旧友を連れてやって来た侵入者。
冷たくなったチャイは美しき氷に包まれて、穏やかな表情をしていた。
リードの傍らでチャイを覗き込んでいるのは、侵入者が召喚した水の精霊。
「凍らせておけば、まだ助かる見込みはあるはずよっ……!」
震えながら、氷の中で眠るチャイを撫でているのは、かつて時を共にした旧[ き友。
いや、きっと今も。
「ラキィ……」
「ごめんなさいっ、あたしがちゃんと連れて来てれば……! そしたら、チャイはこんなことにはっ……!」
通わした心は変わらない。
紅い瞳から輝く雫を溢すラキィを見つめ、リードは首を横に振った。
「お前のせいじゃない。俺の」
「違う」
俺のせいだから。
そう言おうとしたリードの声を、青年が遮る。
「悪いのは、こいつだ! リード、こいつがアレノスなんだろ!?」
先ほどより強い声音で、同じ問いを投げかけた。
「そうだ。……それが、アレノスだ」
傷ついたリードとチャイを背に、己のことのように彼は激昂する。
「許さねぇ。ラキィを泣かせて、リードたちを傷つけて……!」
「なぁんだ、アタシの突きを止めたから、どぉんなヤツかと思えば。リードに苦戦してた侵入者じゃん?」
さして興味もなさそうに目を眇めたアレノスは、突き出していた右手を引き、左の爪を振り下ろす。
再び高い音が、森に響き渡った。
白刃と交わった爪は、濁った赤。血を吸った色だ。
「せっかく裏切り者の処分してたのに、邪魔しないでよねっ!」
「リード、ラキィとチャイを連れて下がって!」
小刀で受け止めていた左の爪を流し、アズウェルは前方に駆け抜ける。
右の爪が、直前までアズウェルがいた場所を抉った。
「ちっ、すばしっこいじゃん、アンタ!」
素早くアレノスの背後を取ったアズウェルは、横一線に小刀を振り払う。
だが、斬り裂いた其処に、アレノスの姿はない。
アズウェルを嘲笑する不気味な声が、上空から降ってきた。
「あははははっ! 無理無理っ! アンタにはアタシを斬りつけることなんてできないってーのっ!」
「無理かどうかなんて、やってみなけりゃわからねぇだろっ!」
アズウェルの双眸が、澄んだ蒼から輝く金へ変貌を遂げる。
「ラート!」
名という呪文が与えられた精霊は、アレノスを目指し飛翔した。
「はん、精霊なんてアタシの敵じゃないね。叩き落としてあげるよっ!」
腕の下に生える赤き翼を羽ばたかせ、アレノスは長い左右の爪でラートを追う。
大振りな斬撃の合間を縫い、ラートが空を舞った。
精霊の軌跡は白きベールとなり、アレノスに降り注ぐ。
「何だよ、これっ!」
両爪を振り回し、ベールを払おうとするが、叶わない。
「落ちてこい」
冷たい声音が耳朶に突き刺さると同時に、アレノスの片翼に衝撃が走った。
背筋に悪寒が駆け上がる。
「ちょ、やだ、落ちるっ……!」
ラートのベールに捕らわれた片翼は氷に呑まれ、全身がぐらりと傾[ いだ。
バランスを崩し落下してきたアレノスに、アズウェルは容赦なく小刀を振り下ろす。
「おれが、おまえを斬れないだって……?」
刃は凍り付いた片翼を砕き、輝く氷の粒が宙を舞った。
「アタシの、アタシの翼がっ……!」
「やってみなけりゃわからねぇっつただろ?」
抑揚の乏しい声で、アズウェルは呟いた。
背後に立つ侵入者を肩越しに見据え、アレノスが口端を吊り上げる。
「アンタ、なかなかやるじゃん。こりゃ、本気を出しても良さそうだねぇ?」
「まずい! 金髪、そいつから離れろ!」
リードが叫ぶ。
その声が届くか否かという時、禍々しい魔力が風を伴い、爆発した。
アレノスの魔力に吹き飛ばされたアズウェルは、静かに佇む大樹に背を強打する。
「っ……!」
「アズウェル!」
飼い主の元へ向かおうとするラキィを、リードが抑える。
「だめだ。行けば足手まといになるぞ!」
「でも、アズウェルがっ!」
「あぁ~、ごめ~ん。アタシの魔力に当てられちゃったぁ?」
小刀を支えに立ち上がったアズウェルの頭を、アレノスは上から蹴りつけた。
ただの蹴りではない。アレノスを支えるその一本足には、カギ針のような爪が五本付いていた。
「ぐ……っ……!」
アズウェルの頬を、紅い雫が流れ落ちる。
「アタシのお気に入りの翼。壊してくれたお礼はでかいよ?」
目が霞んで、敵が見えない。
揺らぐ焦点を気力で合わせた時、声も出ない痛みが全身を駆け抜けた。
ぽたりと、鮮血が大地に染みていく。
「何だ、もう終わりぃ~?」
両肩を赤き爪に貫かれたアズウェルは、朱色の息を吐き、がくりと頭[ を垂れる。
「ねぇー、死んじゃったのー? もっと遊べると思ったのにぃ」
残酷な笑みを浮かべて、アレノスはアズウェルの頬を舐めた。
「やっぱ、血の味って最高だねぇ」
ぴくりとも動かないアズウェルを見て、ラキィが叫ぶ。
「アズウェル、アズウェル!」
「ラキィ、だめだ! 行ったら殺されるぞ!」
どれだけ名を呼ぼうとも、アズウェルが顔を上げることはなかった。
「やだ、アズウェル、返事して !!」
叫びは、哀しく森に木霊した。
「下の毛は少し残して~……はい、でっきあがり~! これでリードもボクとお揃いの髪型だよっ!」
にっこりと微笑みを浮かべた小さな妖精は、エルフの青年を覗き込んだ。
淡い緑のトゥルーメンズも、彼の顔を見つめる。
「あら、可愛いじゃない」
「ホントだ、リード女の子みた……ふげぇっ!」
中世的な顔つきのエルフは、何もしなくても性別の区別が難しい。髪を結っていれば尚更、彼の性別は曖昧なものになる。
自然と溢れた感想に、エルフの青年、リードは不機嫌そうに顔を
「チャイ、もう一回言ってみろ」
「ぐぇ……踏まれてちゃ、おいら何も言えないよー」
リードに足蹴にされたクルースは、ハート型の尾を揺らし、しょんぼりと呟く。
「髪を結ったのはピュアだし、ラキィだって可愛いって言ったのに、何でおいらだけ……」
「何か文句でもあるのか、チャイ?」
反論を許さないという気迫を醸し出し、リードはクルースの子供、チャイを睨みつけた。
額に青筋を浮かべているリードに、チャイはごくりと息を飲み込む。
「な、何でもないよー……」
リードの足に踏まれたまま、「怖いなぁ」と小さく溜息を一つ落とした時。
「お、楽しそうじゃん。俺も混ぜて、混ぜてーっ!」
陽気な声を上げ駆けてきたのは、この森の主人であるラスだった。
父親の登場に、一瞬リードの力が弱まる。
チャイはチャンスとばかりに、その束縛から逃げ出すと、ラスの肩に飛び乗った。
「ラスーっ!」
「おうおう、チャイ、どーした?」
小麦色の肌に、若葉色の髪。
木の聖霊であるラスは、動物たちにとって癒しの象徴。動物たちは、彼に触れると心が温かくなるのだ。
「やっぱり、おいらラスの髪が好きだ」
よいしょ、とラスの頭によじ登る。
半眼で見据えてくるリードに、チャイは頬を膨らませた。
「だって、リードはおいらだけ頭に乗せてくんないんだもん。ピュアやラキィが乗っても怒らないのにさっ」
「ん、そーなのかー、リード?」
目を瞬かせ、ラスが首を傾げる。
相変わらずゆるい父親を睨みながら、リードは低い声で呟いた。
「チャイは重いんだよ……」
その発言を聞き、チャイが奇声を発する。
「ひぅげぇ!? おいら、太ったぁ!?」
あまりのショックに、これでもかというほど瞳を見開くと、ふらりとラスの頭から転げ落ちた。
「おっと。いや、そうでもねぇと思うけどー?」
ラスの両手に受け止められたチャイは、耳を垂れたまま俯く。
「おいら……おいら、フルーツ食べるの、我慢する」
すっかり本気にしているチャイを見て、リードが嘆息した。
「馬鹿……冗談だ」
「リードもチャイをからかうの、ほどほどにしたら?」
「チャイは素直だから、みーんな信じちゃうよっ」
右肩に乗っているラキィに、左肩に座っているピュアに言われ、リードは眉根を寄せて唸る。
チャイは紫の瞳いっぱいに涙を浮かべて、彼を見つめている。
ちょっと言い過ぎたのかもしれない。
仕方なく謝ろうとした時、間の抜けた笑い声が響いた。
「あはは。あーぁ、なんだ。リード、チャイをからかってたのかー。ほら、チャイ泣くなって。まったく、チャイは純粋だよなぁ~。そりゃ、からかいたくもなるってか、リード?」
「……馬鹿親父」
謝罪の機会を父親に奪われたリードは、木に登り、リンゴを一つもぎ取る。
それをチャイに放り投げ、ぶっきらぼうに言った。
「ったく、真に受けてるんじゃねぇよ」
「り、リード……これ食べていいの?」
恐る恐る尋ねてくるチャイに、リードは頬を緩ませる。
「それくらい食っても、太らねぇよ」
木漏れ日が、大樹の森を温かく照らしていた。
◇ ◇ ◇
高い音が、響いた。その音が、駆け抜けた思い出にしがみついていたリードを、現実へと引き戻す。
音源は、目の前。
のろのろと首を上げると、黒いシャツを着た青年が、化け物の爪を受け止めていた。
金髪を
「リード、こいつがアレノス?」
「お前は……」
平穏が消えた森に、旧友を連れてやって来た侵入者。
冷たくなったチャイは美しき氷に包まれて、穏やかな表情をしていた。
リードの傍らでチャイを覗き込んでいるのは、侵入者が召喚した水の精霊。
「凍らせておけば、まだ助かる見込みはあるはずよっ……!」
震えながら、氷の中で眠るチャイを撫でているのは、かつて時を共にした
いや、きっと今も。
「ラキィ……」
「ごめんなさいっ、あたしがちゃんと連れて来てれば……! そしたら、チャイはこんなことにはっ……!」
通わした心は変わらない。
紅い瞳から輝く雫を溢すラキィを見つめ、リードは首を横に振った。
「お前のせいじゃない。俺の」
「違う」
そう言おうとしたリードの声を、青年が遮る。
「悪いのは、こいつだ! リード、こいつがアレノスなんだろ!?」
先ほどより強い声音で、同じ問いを投げかけた。
「そうだ。……それが、アレノスだ」
傷ついたリードとチャイを背に、己のことのように彼は激昂する。
「許さねぇ。ラキィを泣かせて、リードたちを傷つけて……!」
「なぁんだ、アタシの突きを止めたから、どぉんなヤツかと思えば。リードに苦戦してた侵入者じゃん?」
さして興味もなさそうに目を眇めたアレノスは、突き出していた右手を引き、左の爪を振り下ろす。
再び高い音が、森に響き渡った。
白刃と交わった爪は、濁った赤。血を吸った色だ。
「せっかく裏切り者の処分してたのに、邪魔しないでよねっ!」
「リード、ラキィとチャイを連れて下がって!」
小刀で受け止めていた左の爪を流し、アズウェルは前方に駆け抜ける。
右の爪が、直前までアズウェルがいた場所を抉った。
「ちっ、すばしっこいじゃん、アンタ!」
素早くアレノスの背後を取ったアズウェルは、横一線に小刀を振り払う。
だが、斬り裂いた其処に、アレノスの姿はない。
アズウェルを嘲笑する不気味な声が、上空から降ってきた。
「あははははっ! 無理無理っ! アンタにはアタシを斬りつけることなんてできないってーのっ!」
「無理かどうかなんて、やってみなけりゃわからねぇだろっ!」
アズウェルの双眸が、澄んだ蒼から輝く金へ変貌を遂げる。
「ラート!」
名という呪文が与えられた精霊は、アレノスを目指し飛翔した。
「はん、精霊なんてアタシの敵じゃないね。叩き落としてあげるよっ!」
腕の下に生える赤き翼を羽ばたかせ、アレノスは長い左右の爪でラートを追う。
大振りな斬撃の合間を縫い、ラートが空を舞った。
精霊の軌跡は白きベールとなり、アレノスに降り注ぐ。
「何だよ、これっ!」
両爪を振り回し、ベールを払おうとするが、叶わない。
「落ちてこい」
冷たい声音が耳朶に突き刺さると同時に、アレノスの片翼に衝撃が走った。
背筋に悪寒が駆け上がる。
「ちょ、やだ、落ちるっ……!」
ラートのベールに捕らわれた片翼は氷に呑まれ、全身がぐらりと
バランスを崩し落下してきたアレノスに、アズウェルは容赦なく小刀を振り下ろす。
「おれが、おまえを斬れないだって……?」
刃は凍り付いた片翼を砕き、輝く氷の粒が宙を舞った。
「アタシの、アタシの翼がっ……!」
「やってみなけりゃわからねぇっつただろ?」
抑揚の乏しい声で、アズウェルは呟いた。
背後に立つ侵入者を肩越しに見据え、アレノスが口端を吊り上げる。
「アンタ、なかなかやるじゃん。こりゃ、本気を出しても良さそうだねぇ?」
「まずい! 金髪、そいつから離れろ!」
リードが叫ぶ。
その声が届くか否かという時、禍々しい魔力が風を伴い、爆発した。
アレノスの魔力に吹き飛ばされたアズウェルは、静かに佇む大樹に背を強打する。
「っ……!」
「アズウェル!」
飼い主の元へ向かおうとするラキィを、リードが抑える。
「だめだ。行けば足手まといになるぞ!」
「でも、アズウェルがっ!」
「あぁ~、ごめ~ん。アタシの魔力に当てられちゃったぁ?」
小刀を支えに立ち上がったアズウェルの頭を、アレノスは上から蹴りつけた。
ただの蹴りではない。アレノスを支えるその一本足には、カギ針のような爪が五本付いていた。
「ぐ……っ……!」
アズウェルの頬を、紅い雫が流れ落ちる。
「アタシのお気に入りの翼。壊してくれたお礼はでかいよ?」
目が霞んで、敵が見えない。
揺らぐ焦点を気力で合わせた時、声も出ない痛みが全身を駆け抜けた。
ぽたりと、鮮血が大地に染みていく。
「何だ、もう終わりぃ~?」
両肩を赤き爪に貫かれたアズウェルは、朱色の息を吐き、がくりと
「ねぇー、死んじゃったのー? もっと遊べると思ったのにぃ」
残酷な笑みを浮かべて、アレノスはアズウェルの頬を舐めた。
「やっぱ、血の味って最高だねぇ」
ぴくりとも動かないアズウェルを見て、ラキィが叫ぶ。
「アズウェル、アズウェル!」
「ラキィ、だめだ! 行ったら殺されるぞ!」
どれだけ名を呼ぼうとも、アズウェルが顔を上げることはなかった。
「やだ、アズウェル、返事して
叫びは、哀しく森に木霊した。