第47記 目覚めと眠り
聖獣は、三つの目が全て黄金だ。
それが常識であり、人々はそれを真 だと信じている。
だが。
瞼が覆い隠す黄金の双眸。
その代わりに開いたものは、白銀の眼[ 。
「〝伝承〟……」
神話に等しい〝伝承〟は、ある古の民たちを語り継ぐものだ。
先刻、〝伝承〟の一つを視たばかりだというのに。一カ所に複数の伝承が集まるなんて。
言葉を失っているリードを余所に、ディオウは深紅の結晶を見上げた。
禍々しい魔力の結晶体に封じられている聖霊を見据え、嘲笑する。
「不甲斐ない姿だな」
仮にも神の末裔ともあろう聖霊が、いとも簡単に封じられているようでは、同位に席を置く聖獣まで見下されるではないか。
白銀の眼は真っ直ぐラスの額を見据え、一つ瞬きをする。
「レ・ディーレ」
唱えた直後、紅い閃光が迸った。
右手を目元に翳[ し、リードは目を凝らす。
徐々に光が霧散していき、長身の影が浮かび上がった。
影は伸びをすると、第一声を放つ。
「あー、よく寝た」
久方振りに間の抜けた声を聞いた途端、リードの中で何かが切れた。
「ふざけたことを言ってんじゃねぇ、馬鹿親父!」
「あ、リード。おはよー」
「おはよーじゃねぇ! 森が大変な時に何言って……」
感情のままに怒鳴り散らしていたリードは、言いかけて変化に気付く。
「解放と同時に、静まったぞ」
白銀から黄金に戻った眼差しを向け、ディオウが言った。
そう、ほんの数秒前までざわめいていた森が、今は静けさに包まれているのだ。
「声が、消えた……」
「今日は雨が降ってるなぁ」
呑気に呟いて空を仰ぐ父親を見上げ、リードは拳を握り締めた。
何故そんなに力があるのに、捕まったりしたのだ。
ラスが、押し黙ったリードの頭にぽんと手を置く。
「ピュアとチャイを迎えに行くか」
覗き込んで来るこの笑顔を見たのは、何年振りだろうか。
熱くなった目頭を右手で隠し、リードは父親の言葉に頷いた。
◇ ◇ ◇
「気がついたか」
一番初めに届いた声は、数日前に戻ってきた懐かしき兄のもの。
ぼんやりとした視界の中で、兄の姿を探す。
「兄さ、ま……?」
『ほら探してるぞ、相棒』
クエンに促され、ルーティングはミズナの右手を握った。
「ここに、いる」
手を通して伝わる温もりに安心した彼女は、再び瞼を閉じる。
寝息を立て始めた妹を横目に見ながら、ルーティングは眉根を寄せた。
彼の傍らに立つクエンもまた、険しい色を浮かべている。
『重症だな……』
「仕方ないだろう」
治療術で怪我は既に塞がっているが、所詮魔術でできることはその程度だ。
起きたことを訊くには、些か時間を要するかもしれない。
しかし彼らに、彼女の傷が癒えるまで待つ時間はなかった。
より彼女を傷つける結果になったとしても、問わなければならない。
二人を止めなければ、哀しみの波紋は広がるばかりなのだから。
『ソウエン……お前、どうしたいんだよ……』
力なく俯き、クエンは瞳を揺らす。
何故いつも一人で行ってしまうのか。
〝あの日〟までは、どんな時でも共に在ったのに。
『〝あの日〟も一緒にいたじゃねぇかよ……』
袂[ を連ねた双子の声が、聞こえない。
呼びかけても返ってこないという不安は、こんなにも大きいものなのだろうか。
『俺たち、双子なんだよな。ずっと一緒だったよな……?』
クエンは、色褪[ せていく記憶にそっと問いかけた。
◇ ◇ ◇
吹き荒れていた風が、突如として止んだ。
顔にかかる白髪を払い除[ け、スニィは倒れている人影へ足を運ぶ。
『タカトさん、しっかりしてください!』
荒い呼吸を繰り返すタカトから、少しずつ生気が薄れていく。
見つめていることしかできないスニィは、悔しそうに唇を噛み締めた。
ふいに消えた森の声。
魔力を暴発させ、昏倒したタカト。
声が消えたというのに、森の呪縛は不規則に脈を打っていた。
『私は、どうしたらいいのですか……セイラン……』
故郷にいる友人を思い浮かべ、スニィは涙を堪える。
無事だろうか。
彼女の心に不安が過[ ぎった時。
「スニィ!」
聖獣の声が名を呼んだ。
振り返ると、足止めをしたはずのディオウと、リードがいた。
そして、もう一人。
「おー、可愛い子がいるじゃん」
小麦色の肌をした男が、スニィの元へ歩み寄る。
「親父、問題はヴァルトの方だ。水の聖霊じゃない」
あからさまに顔を顰[ め、リードは父親の背中を叩いた。
ひらひらと手を振りながら、ラスが苦笑する。
「わかってるって。この子だろ?」
『あ、あの……』
タカトを指差す男に、スニィが怪訝そうな眼差しを向けた。
戸惑いを隠せないスニィを見て、ラスは陽気に言い放つ。
「俺、ラス。木の聖霊なんだ、一応っ!」
「一応じゃねぇ! さっさと呪縛を消せ、馬鹿親父!」
「……懲りないな」
ラスを解放してからずっと怒鳴っているリードを、ディオウが半眼で見つめた。
聖霊には癖がある。
それをよく知っているディオウは、能天気なラスへ逐一怒鳴り返しているリードに呆れていた。
己の父親だからこそ、無視できないのかもしれないが。
リードに怒鳴られながら、ラスはタカトの呪縛を指でなぞっていく。
「……これ、俺じゃ消せない」
急に真剣な面持ちになったラスが放った言葉は、その場を凍り付かせた。
鋭くディオウが切り返す。
「面白くない冗談だな」
「悪いけど、今のは冗談じゃない。暴走している力を封じることはできたけど、俺では消せないな」
ラスは首を振ると、その場に胡座[ をかいた。
驚き硬直しているリードとスニィに頭を下げ、彼は辛そうな笑みを浮かべる。
「俺は、純聖霊じゃないんでね。できないんだ」
「親父、それも冗談じゃねぇのか?」
「そんな冗談言えるわけねぇだろー……」
息子であるリードですら知らなかった事実は、予想を大きく外れたものだった。
『それじゃ……タカトさんは……』
「早急に森を出るべきだな。今はラスに統括されて大人しくなっているが、いつまた騒ぎ出すかわかったもんじゃない」
「聖獣さーん、言葉にトゲがあるよ、トゲがー」
参ったと言わんばかりに頭を掻いて、ラスは立ち上がる。
「……さて、いい加減出てきたらどうだ、侵入者くん」
「いきなりどうしたんだ…… !?」
問いながら、ラスの視線を追ったリードは、驚愕のあまり瞳を見開いた。
巨木の影から現れたのは、三角のとんがり帽子を被った少女。
彼女が持つ瓶の中にいる少女は。
「ピュア!?」
ガラスの壁に両手を当て、ピュアはラスたちに叫ぶ。
「リード、ラス、助けてー!」
その様を面白そうに見つめながら、少女はにやりと嗤[ った。
「やっぱばれてましたぁー?」
「えぇ、ばれてましたぁー。……うちの子返せよ」
笑顔で応えたラスの声が、突然低くなる。
少女の足を、大地から現れた木の根が拘束した。
「やーだぁー、この子は次の実験材料ですよぉー。返すわけ、ないじゃん」
しかし少女は、気にする素振りも見せずに舌を出す。
四対[ の目が、敵意を帯びた。
◇ ◇ ◇
丸刈りの頭に黒い布を巻いた青年は、屈んで蒼い飛礫[ を拾い上げる。
「あったッスよ、先輩」
「見つけちゃったの……?」
先輩と言われた少女が、哀しそうに瞳を揺らした。
見つけて、しまった。
「そうッスね……」
わだかまっていた疑念は確信に変わり、一縷[ の望みは哀愁へ変わってしまった。
動かぬ証拠を右手に握り締めながら、青年は空を仰ぐ。
黒雲が蠢[ く空は、渦巻く不安を表しているようだった。
それが常識であり、人々はそれを
だが。
瞼が覆い隠す黄金の双眸。
その代わりに開いたものは、白銀の
「〝伝承〟……」
神話に等しい〝伝承〟は、ある古の民たちを語り継ぐものだ。
先刻、〝伝承〟の一つを視たばかりだというのに。一カ所に複数の伝承が集まるなんて。
言葉を失っているリードを余所に、ディオウは深紅の結晶を見上げた。
禍々しい魔力の結晶体に封じられている聖霊を見据え、嘲笑する。
「不甲斐ない姿だな」
仮にも神の末裔ともあろう聖霊が、いとも簡単に封じられているようでは、同位に席を置く聖獣まで見下されるではないか。
白銀の眼は真っ直ぐラスの額を見据え、一つ瞬きをする。
「レ・ディーレ」
唱えた直後、紅い閃光が迸った。
右手を目元に
徐々に光が霧散していき、長身の影が浮かび上がった。
影は伸びをすると、第一声を放つ。
「あー、よく寝た」
久方振りに間の抜けた声を聞いた途端、リードの中で何かが切れた。
「ふざけたことを言ってんじゃねぇ、馬鹿親父!」
「あ、リード。おはよー」
「おはよーじゃねぇ! 森が大変な時に何言って……」
感情のままに怒鳴り散らしていたリードは、言いかけて変化に気付く。
「解放と同時に、静まったぞ」
白銀から黄金に戻った眼差しを向け、ディオウが言った。
そう、ほんの数秒前までざわめいていた森が、今は静けさに包まれているのだ。
「声が、消えた……」
「今日は雨が降ってるなぁ」
呑気に呟いて空を仰ぐ父親を見上げ、リードは拳を握り締めた。
何故そんなに力があるのに、捕まったりしたのだ。
ラスが、押し黙ったリードの頭にぽんと手を置く。
「ピュアとチャイを迎えに行くか」
覗き込んで来るこの笑顔を見たのは、何年振りだろうか。
熱くなった目頭を右手で隠し、リードは父親の言葉に頷いた。
◇ ◇ ◇
「気がついたか」
一番初めに届いた声は、数日前に戻ってきた懐かしき兄のもの。
ぼんやりとした視界の中で、兄の姿を探す。
「兄さ、ま……?」
『ほら探してるぞ、相棒』
クエンに促され、ルーティングはミズナの右手を握った。
「ここに、いる」
手を通して伝わる温もりに安心した彼女は、再び瞼を閉じる。
寝息を立て始めた妹を横目に見ながら、ルーティングは眉根を寄せた。
彼の傍らに立つクエンもまた、険しい色を浮かべている。
『重症だな……』
「仕方ないだろう」
治療術で怪我は既に塞がっているが、所詮魔術でできることはその程度だ。
起きたことを訊くには、些か時間を要するかもしれない。
しかし彼らに、彼女の傷が癒えるまで待つ時間はなかった。
より彼女を傷つける結果になったとしても、問わなければならない。
二人を止めなければ、哀しみの波紋は広がるばかりなのだから。
『ソウエン……お前、どうしたいんだよ……』
力なく俯き、クエンは瞳を揺らす。
何故いつも一人で行ってしまうのか。
〝あの日〟までは、どんな時でも共に在ったのに。
『〝あの日〟も一緒にいたじゃねぇかよ……』
呼びかけても返ってこないという不安は、こんなにも大きいものなのだろうか。
『俺たち、双子なんだよな。ずっと一緒だったよな……?』
クエンは、色
◇ ◇ ◇
吹き荒れていた風が、突如として止んだ。
顔にかかる白髪を払い
『タカトさん、しっかりしてください!』
荒い呼吸を繰り返すタカトから、少しずつ生気が薄れていく。
見つめていることしかできないスニィは、悔しそうに唇を噛み締めた。
ふいに消えた森の声。
魔力を暴発させ、昏倒したタカト。
声が消えたというのに、森の呪縛は不規則に脈を打っていた。
『私は、どうしたらいいのですか……セイラン……』
故郷にいる友人を思い浮かべ、スニィは涙を堪える。
無事だろうか。
彼女の心に不安が
「スニィ!」
聖獣の声が名を呼んだ。
振り返ると、足止めをしたはずのディオウと、リードがいた。
そして、もう一人。
「おー、可愛い子がいるじゃん」
小麦色の肌をした男が、スニィの元へ歩み寄る。
「親父、問題はヴァルトの方だ。水の聖霊じゃない」
あからさまに顔を
ひらひらと手を振りながら、ラスが苦笑する。
「わかってるって。この子だろ?」
『あ、あの……』
タカトを指差す男に、スニィが怪訝そうな眼差しを向けた。
戸惑いを隠せないスニィを見て、ラスは陽気に言い放つ。
「俺、ラス。木の聖霊なんだ、一応っ!」
「一応じゃねぇ! さっさと呪縛を消せ、馬鹿親父!」
「……懲りないな」
ラスを解放してからずっと怒鳴っているリードを、ディオウが半眼で見つめた。
聖霊には癖がある。
それをよく知っているディオウは、能天気なラスへ逐一怒鳴り返しているリードに呆れていた。
己の父親だからこそ、無視できないのかもしれないが。
リードに怒鳴られながら、ラスはタカトの呪縛を指でなぞっていく。
「……これ、俺じゃ消せない」
急に真剣な面持ちになったラスが放った言葉は、その場を凍り付かせた。
鋭くディオウが切り返す。
「面白くない冗談だな」
「悪いけど、今のは冗談じゃない。暴走している力を封じることはできたけど、俺では消せないな」
ラスは首を振ると、その場に
驚き硬直しているリードとスニィに頭を下げ、彼は辛そうな笑みを浮かべる。
「俺は、純聖霊じゃないんでね。できないんだ」
「親父、それも冗談じゃねぇのか?」
「そんな冗談言えるわけねぇだろー……」
息子であるリードですら知らなかった事実は、予想を大きく外れたものだった。
『それじゃ……タカトさんは……』
「早急に森を出るべきだな。今はラスに統括されて大人しくなっているが、いつまた騒ぎ出すかわかったもんじゃない」
「聖獣さーん、言葉にトゲがあるよ、トゲがー」
参ったと言わんばかりに頭を掻いて、ラスは立ち上がる。
「……さて、いい加減出てきたらどうだ、侵入者くん」
「いきなりどうしたんだ……
問いながら、ラスの視線を追ったリードは、驚愕のあまり瞳を見開いた。
巨木の影から現れたのは、三角のとんがり帽子を被った少女。
彼女が持つ瓶の中にいる少女は。
「ピュア!?」
ガラスの壁に両手を当て、ピュアはラスたちに叫ぶ。
「リード、ラス、助けてー!」
その様を面白そうに見つめながら、少女はにやりと
「やっぱばれてましたぁー?」
「えぇ、ばれてましたぁー。……うちの子返せよ」
笑顔で応えたラスの声が、突然低くなる。
少女の足を、大地から現れた木の根が拘束した。
「やーだぁー、この子は次の実験材料ですよぉー。返すわけ、ないじゃん」
しかし少女は、気にする素振りも見せずに舌を出す。
◇ ◇ ◇
丸刈りの頭に黒い布を巻いた青年は、屈んで蒼い
「あったッスよ、先輩」
「見つけちゃったの……?」
先輩と言われた少女が、哀しそうに瞳を揺らした。
見つけて、しまった。
「そうッスね……」
わだかまっていた疑念は確信に変わり、
動かぬ証拠を右手に握り締めながら、青年は空を仰ぐ。
黒雲が
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コメント
- クエンの心の問いかけがとても切ないです・・・っうううう、どうなっちゃうのぉ・・。
桜木さんの文章のテンポがとても心地よくて大好きです!!
あ、あのそして、いただいたものをアップさせていただきました・・・!
本当にありがとうございましたーーーっ私幸せです・・・!!幸せのあまり毛穴という毛穴から血が出そうです・・!
- >>びたみんさん
- コメントありがとうございます!
クエンもこの第二部で大活躍しますので、どうぞ応援してあげてください><
ちなみに私はクエンが一番好きです(←凄くどうでもいい情報w
テンポはいつも気にして書いているので、そう言っていただけると凄く嬉しいです><
もっと読みやすくなるようにこれからも鍛えます!!
はやぁぁぁ、びたみんさんの人気ブログに私の駄文があばばばばばばb(←落ち着け
こちらこそ、書かせていただきありがとうございますー><
喜んでいただけて光栄です!!! け、毛穴大丈夫ですか!??
- ソウエンが過去に、思いを馳せている姿想像すると
哀愁漂わせてるんじゃないかなって・・・。
そして、クエンの焦りと不安からなる心の問いかけが切ないですね。
- >>CHIEsさん
- ソウエンの過去も……きっとその内出てくるはずです。
ネタバレになるのであまり言えませんがっ!
クエンかなり焦ってますね。クエンは寂しがり屋さんですからね(´・ω・`)
- 流行にのりますが
- クエンとソウエン・・・!!
ああ!愛しのルー様とミズナちゃんがそこにいらっしゃるのに今回は双子様にうっかりうっとりしてしまいました!!どうしたの、ソウエンどうして一人で行っちゃったの!?クエン切なすぐる・・・
三角帽子の女の子。ビジュアルをイメージしただけですごくかわいい☆でも敵さん・・・DISERDの敵さんはみんなかっこいいですね!敵さんsでスピンオフが書けそうな(強制終了)
今日もアズウェルがいなかったぜ!(笑)
- >>kanayanoさん
- ルー様ww いつから様付けに……w
ソウエン、どうしたんでしょうね……。クエンが泣いてるよ、ソウエン……
わぁ、ありがとうございますっ!
どのキャラもビジュアルがあるのですが、桜木のイラストスキルがそれに追いつきません……残念!
敵キャラ’sのスピンオフですか。奴らだけを中心にしたら、ギャグになってしまいます(ドーン
あんなエゲツない奴らばかりですけど、集まったらきっとギャグに……。
DISERD学園パロディでそんな感じのがありますので、お楽しみにっ!w
アズウェル、もう少しお待ちくださいませ。只今休憩中です(笑)