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HOME>DISERD ~ 禁を断つ者 ~ 【連載中】

第46記 罪人たちは憂う

 日が、沈んだ。
 赤い両翼を羽ばたかせ、アレノスは口端を吊り上げた。
「ヒヒヒ、ヴァルトは終わりダ!」
『タカトさん!』
 名を呼んだスニィの声が、森の悲鳴に掻き消される。
 木々を眠らせていた氷は完全に溶け、もはや森の声を抑える者はいない。
 タカトの震える右手から、朱銀の筆架叉が零れ落ちる。
 胸元を左手で鷲掴み、タカトは苦痛に顔を歪めた。
  ……テタ
「違う、俺は……違うっ……!」
『タカトさん、声を聞いたらだめです!』
 懸命にスニィが叫ぶが、タカトに届く声は別のそれ。
  見捨テタ
 木の葉が不気味な音を立て、賛同する。
「ち……が……っ! それは、ちが……うっ!」
『答えちゃだめですっ!』
「ヴァルトにいくら呼びかけても無駄ダ。イヒヒ、届かナイ、終わりダ!!
 無防備なタカトに向かって、アレノスが急降下する。
『もう戦う術が……!』
 スニィの魔力は、もう底をついている。
 呪縛を抑えるために、彼女は持てる力の全てを注いでいた。
 だが、それも保って日没まで。
 夜が来れば、負の感情はまやかしでは抑えられなくなるのだ。
「やめろ、俺は、俺は……違う!!
『タカトさん、私の声を聞いてください!』
「ヒヒ、二人とも死ね!」
 アレノスがその両爪を振り上げた時。
  オ前ガ、見捨テタ
「やめろ……」
『お願い、タカトさん気付いて!』

  オ前ガ、殺シタ!

    !!
 声にならない悲鳴が、凄まじい魔力を伴い迸った。


      ◇   ◇   ◇


『遅いと、言っていたぞ』
 静かに告げられた言伝に、男は険しい顔つきになる。
 結局間に合わなかったのだ。
 [ようや]く掴んだ気配も、今は[ちり]ほどもなかった。
『くっそ……俺が、もっと早くにソウに気付いていれば……!』
 項垂[うなだ]れている相方の背を、男がそっと叩く。
「クエン、お前のせいではない。己を責めるな」
『……弟の異変に気付かないなんて、兄失格だ』
 顔を上げようとしないクエンを一瞥し、言伝を告げた女が口を開いた。
『依頼が来るまで知らぬ振りをしていた、一族の責任だろう。まったく、厄介なものだな。人の子は』
 彼女なりの激励は、しかしクエンにとって耳に痛いものでしかない。
 何故ならクエン自身もまた、彼女の言う〝一族〟に入るからだ。
「スイカ、お前も俺も、誰もクエンを責めることはできない」
『私とて、あくまで共犯か。責める資格がある者は……』
 スイカは眼前で意識を失っている青年と、男の足下で横たわる女を見つめる。
〝あの日〟から、守ると決めた唯一無二のめい
 それを知らずに戦った二人は、自分たちを責めることができるだろう。
「すまない、ミズナ……」
 己の妹を抱き上げ、左目に眼帯をした男は呟いた。
 覆い茂っていた木の葉たちは炎によって焼失し、雨を遮るものは何一つ残っていない。降り注ぐ雨が、意識のない二人の体温を奪っていく。
「お前は……お前たちは……  
 冷たくなった彼女の頬に手を当て、呪を唱えた。
「ケア・ダスト」
 兄として、師として。
 妹を、弟子を、巻き込みたくなかった。
 
  この古傷を、背負わせたくなかった


      ◇   ◇   ◇


 今駆け抜けている此処は、自身の故郷に他ならない。
 だというのに、リードは違和感を拭い去れなかった。
「おかしい」
 森の中心に近付けば近付くほど、記憶のそれと異なる情景が瞳に映る。
 リードたちが森に張り巡らせた結界は、既に解かれている。しかし別の何かが、彼らの行く手を阻んでいた。
「おい、エルフ。本当にこっちで合っているのか?」
 苛立ちを募らせているディオウが、リードを睨む。
「道は間違いない。だが、どうやら俺たちは中心に行けないようだな」
「何だと?」
 微かに漂う魔力は、エルフでも聖霊のものでもない。
 それ以外の何者かの手によって、空間が歪められている。
 内からの結界は、術者に許されない限り侵入不可能だ。
 確かに、中心にいるであろう二人の安否も気になるが。
「親父の所に行ければ文句ないだろう」
「どういう意味だ」
「来ればわかる」
 ディオウの問いに短く応え、リードは一度止めた足を進めた。


      ◇   ◇   ◇


 小雨が降りしきる中、妹と弟子を治療しているルーティングを一瞥し、スイカは身を翻した。
 使い手であるミズナから離れていくスイカに、クエンが問いかける。
『どこに行くんだよ』
『人払いは済ませてある』
 求めていた答えと違う言葉が投げ返され、クエンは怪訝そうに顔を[しか]めた。
 彼女が言う通り、クエンたちが来てからというもの、小鳥一羽すら見かけない。
 空から降る雨滴を利用すれば、空間の一つや二つ、隠すことができる。それが、水神であるスイカの力。
『其奴らに訊くのだろう』
 ここで何が起きたのか。
 暗躍しているショウゴとソウエンを見つけるためには、どんな些細なことでも訊く必要があった。
『お前が話した方が早いだろ』
 この場にいた中で、一部始終見ていたのはスイカだけ。
 何も知らずにショウゴと遇ってしまったミズナたちに訊くより、彼女に問うた方が。
 ミズナには、できれば訊きたくない。これ以上、巻き込みたくないから。
『零番任務を受けた使い手たちに、逃げ場はない。……じきに目を覚ますだろう』
『おい待てよ、スイカ!』
 彼女の腕を掴もうとしたクエンの右手は、雨を握り締めただけだった。
『何で……』
 また、消えてしまった。
 姿も気配も。
『何でお前は、ミズナに会おうとしないんだよ……』
 彼女を降ろせないということで、ミズナが負い目を感じているというのに。
 守り神は、使い手の傍から離れることはできない。
 使い手の意識が途切れていれば、この世に姿を現すことはできない。
 しかしスイカだけは例外で。
『あいつ、まさか……』
 いや、例外など有りはしない。
 守り神が自由に動ける唯一の[すべ]は。
『まだ、好きなのか。あいつのこと……』
 ぽつりと呟いたクエンの頬を雫が滑る。
 それは雨滴なのか、それとも。
『俺だって、忘れたわけじゃねぇよ……』
 絞り出された震える声は、ルーティングの耳にも届いていた。


      ◇   ◇   ◇


「これか」
「そうだ」
 一際巨大な樹木に、深紅の結晶が埋め込まれている。
 リードの身丈ほどもある結晶の中には、眠るようにして目を閉じるラスの姿があった。 
「下がっていろ、エルフ」
 体勢を低くし、ディオウは結晶を見据える。
 この力を使うのは何百年振りだろうか。
「何をするつもりだ?」
 問いかけてきたリードに対し、ディオウは言葉ではなく眼差しを返した。
 開かれた瞳を認め、絶句する。
 第三の目と謳われる瞳の色は、金ではなかった。
 人々が知らないもう一つの色。
 それは。
 
  神に伝わる〝伝承〟の……

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コメント

ディオウ、頑張る!?
 スイカ、凛として素敵女性です。ルーティングさんはいつも人知れずやってきて、人知れず後始末をしていますね。男の背中が語っています。ミズナ~大丈夫か~(泣)

 ディオウが聖獣として何かしそうですね!?ラスを何とかしてくれるんですね!!?
>>kanayanoさん
コメントありがとうございます♪
ディオウ、ようやく聖獣らしくなってきた……かもしれない!
スイカはやぁっと出てきたって感じですね。彼女はなかなか難しい性格なので書くのも大変です;
ルーティングはきっと裏方部門で一位ですねw
兄としてミズナを復活させて欲しいものですが……続きをお楽しみに!
スイカみたいな女性時々いますよね。
凛としていて粋で、どこか儚げなところがある大人の色気がある
そんな感じを受けます。

過去に、クエンとスイカ恋愛がらみで何かあったのかなと
ちょっと気になっただけです。
だって魅力あるスイカに、恋愛話の一つや二つあってもおかしくないかなと思って・・・。
>>CHIEsさん
>凛としていて粋で、どこか儚げなところがある大人の色気がある
はわ、設定通りの想像をしていただきありがとうございますっ!
大人の色気ってなかなか難しいんですよね……

クエンやスイカの秘めてる想いも次第に明らかになっていきますので、
ごゆるりとお楽しみいただければ幸いです><
ふふふ……恋愛話ですか……(←危ない

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