第33記 征く者と待つ者
「族長を喰い殺してきてもいいか?」
早朝から、リアイリド家は険悪な雰囲気に包まれていた。
「ダメに決まってるだろ。折角認めてもらえたのに、牙剥いてどうするんだよ。おれだって、そろそろちゃんと稼がねぇといけねぇし、ディオウも肉喰えなくなるぞ?」
「……それとこれとは別問題だ」
横目で飼い主を睨むと、純白の聖獣はぴしりと尾を一振りする。
最上級任務などという危険なものをほいほいと受けてくるな、と昨晩からアズウェルと睨み合いを繰り広げているディオウを宙から見下ろし、ラキィは本日何度目かわからない溜息をついた。ちなみに、彼らはまだ朝食すら取っていない。
「ディオウ、いつまでそうしてるの! もう行くって決まったんだから、いい加減受け入れなさいよ!」
自身の数倍以上もの巨体に怯むこともなく、甲高い声でラキィは頑固者を叱りつける。
「戦明けだぞ? いくら外傷がないからとはいえ、いきなり零番任務を押しつけるか、普通?」
「すまない、ディオウ殿。本来は三番程度のものを私も受けるつもりだったのだが、昨日になって急に零番任務の依頼が入ったのだ」
申し訳なさそうに部屋に入ってきたのは、アズウェルと共に任務を受けたマツザワだ。
「お、マツザワ、おはよっ」
「おはよう、アズウェル」
荷造りの手を止め、笑顔で挨拶を投げかけたアズウェルに、マツザワも微笑んで応えた。だが、二人の笑顔は、一瞬の後に堅さを帯びる。
眉根を寄せて腕を組み、ゆっくりと窓際に歩きながら、彼女は言った。
「既に一族でも被害者が出ている。早急な対応が求められているな。本来、零番任務では、ショウゴさんや兄さまが出向くのだが、今二人とも村を出ている。実力順なら、恐らく私より、アキラだろうが……」
言い差して、マツザワは視線を落とす。
朝日が畳を照らし、部屋は明るい朝を迎えていた。その明るさとは裏腹に、皆、深刻な面持ちで口をつぐむ。
普段なら、彼女がアキラを褒めるようなことは言わない。そう、アキラが普段通りであれば。
「私が不甲斐なかったばかりにっ……!」
ぎりっと下唇を噛みしめ、マツザワは爪が食い込むほど、拳を強く握り締めた。
震える拳が語るのは、己の無力さに他ならない。
滲み出る後悔の念に、彼女は右手を壁に叩きつけた。
「マツザワ……」
こんな時になんて声をかければいいのだろうか。
アキラが破れた瞬間を視 ていたのは、彼女以外に二人だけ。
一人はアキラを死の窮地まで追いつめた張本人であるピエール。
そしてもう一人は。
アズウェルの顔がくしゃりと歪み、蒼い瞳が苦しげに揺れた。
あの惨状を予め知っていたはずなのに。
マツザワとアキラが初めて共にアズウェルの前に揃った時、それは視えていた。例え断片的であろうと、戦が始まる前に視えていたのだ。
わかっていても、何もできなかった。結局、二人を窮地から救ったのも自分ではない。
アズウェルが視ることのできる未来は、あくまで未来の欠片に過ぎない。その欠片は、人の気まぐれ一つで容易く崩壊することもあれば、どんなに受け入れがたい現実だろうと、真[ のものになることもある。
真のものになり、初めて、人は後悔する。
「後から悔いるから、後悔と言うんだ。繰り返したくなければ、成長しろ。お前たち二人がいくらそうして悔いていても、現状が変わるわけではないぞ」
押し黙る二人に、ディオウが悠々と告げる。
黄金の双眸は、真っ直ぐに二人を射抜き、導[ を示していた。
「うん。そうだな。おれたちも前進すればいいんだ。な、マツザワ?」
「……ああ」
凍てついていた空気が、少しずつ温かさを取り戻していく。
前を向かなければ、何も始まらない。
「それでいい」
口元に淡い笑みを浮かべたディオウの言葉に、アズウェルとマツザワが顔を見合わせて頷く。
三人のやり取りを無言で見つめていたラキィが、ディオウの頭に乗り、両耳で一つ柏手を打った。
「さぁ、任務に行く前にはしっかり食べなきゃ! ユウも待ってるわ。いきましょっ!」
「今日はマツザワも一緒だろ?」
「あぁ、そうだな」
アズウェルの問いに頷いて、マツザワは強張った頬を和らげる。
申し合わせたわけではないが、皆同時に頭[ を一つ振った。
丸い食卓を囲み、ユウが丹誠込めて作った朝餉を口に運ぶ。
卓上に並んでいるのは、やっと食べ慣れてきた白米に味噌汁。そして、その間に割り込み、白目を剥いている焼き魚。
その白目を見据え、アズウェルは意気込んでいた。
「今日こそは、骨まで食ってやるぞ!」
「あんたも懲りないわねぇ、ホント」
呆れ顔で言ったラキィに、アズウェル初黒星の一戦に居合わせなかったマツザワが問う。
「アズウェルは一体何に気合いを入れているのだ?」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせ、ラキィは飼い主を見やった。
「なぁんかね。ディオウやアキラが骨までバリバリいっちゃってるのを見て、自分もやるってかじりついたはいいんだけど」
「喉に刺さったんだ」
やはり呆れ顔でラキィの言葉を継いだディオウが、魚の尻尾を銜[ え、それを宙に軽く投げ上げる。
重力に引かれ落下してきた骨だけの魚を、ディオウは一口で噛み砕いた。
「それで、アズウェルは魚が出る度にリベンジをしているんだ」
「な、なるほど」
流石聖獣。いや、この場合は獣[ と言うべきだろうか。
骨をものともせずに粉砕したディオウに横目で驚きつつ、マツザワは味噌汁を一口啜[ った。
「無理はなさらぬように」
朗らかな笑顔のユウが、アズウェルにやんわりと警告する。
大丈夫、大丈夫、と頷きながら、アズウェルはばりばりと骨を噛み砕いていく。
「あら、今回は勝てそう?」
そう茶化すようにラキィが微笑んだ途端。
「いでっ!」
再び黒星を重ねることになったアズウェルの声が上がった。
「ほら見ろ。だから止めておけと言ったんだ」
「うるせーよ。おれは諦めねぇぞ」
学習したのか、既に白米を飲み込んだアズウェルは、溜息混じりに言うディオウに舌を出した。
「これで九戦全敗ね、アズウェル」
「黒星も次で二桁台か」
「何言ってんだ。次こそおれが勝ってやる!」
呆れ半分、興味半分といった調子で笑う家族に、最後の味噌汁を掻き込みながら、自信満々に勝利宣言をするアズウェル。
そんな彼らのやり取りを見ていると、自然と笑みが零れてくる。
重症の兄を看病するユウにとっては、彼らが唯一の救いだった。
アズウェルの横顔を見つめているユウに、マツザワがそっと話しかける。
「アキラの容態は?」
「外傷は……ほとんど。でも、まだ起きていられるのはせいぜい三時間です」
「そう、か」
湯飲みの茶に映る自分を見つめながら、マツザワは隣の間で伏せっているであろう幼馴染みを思い浮かべた。
ピエールとの一戦で、生死の境を彷徨ったアキラ。
数多の切り傷を含め、ユウの治療で見た目は大方回復した。
だが、問題は精神だ。
一番触れられたくないものを、玩具のように弄ばれた。その影響は凄まじかった。
起きている時のアキラは、いつも通りの明るさを保っているが、限界は一日三時間程度。
話をしていたと思えば、突然意識を失い、丸一日目が覚めない。そんなことはもはや、珍しくはなくなっていた。
「回復は見込めそうか?」
「できる限り、力を尽くします」
あえて曖昧な答えを返したユウからは、一筋縄ではいかないという表情が読み取れる。
マツザワは湯飲みに視線を戻すと、現状を否定するかのように、一気飲みした。
空になった湯飲みを静かに置き、ふぅっと息を吐き出す。向かい側ではアズウェルたちが相変わらず盛り上がっていた。
「ほんっと、懲りないのね、アズウェル」
「負けたまま引き下がれるかよ」
「普通は一度痛い目にあえば諦めるんだがな」
「なぁんや、みなはん楽しそうやなぁ~」
「な……!? お、おまえ……寝てなくていいのかよ!?」
驚きの声を上げたアズウェル以外は、皆意外な人物の登場に絶句していた。
自然に降ってきた声は、するはずもないもので。
声の主、寝間着の上に紺色の羽織りを着ているアキラは、蒼白の顔で微笑んだ。
「昨日ユウからアズウェルはんたちが任務に行くって聞いたんや。せめて見送りでもしよ思うて……」
「アキラ!」
ぐらりと傾[ いだアキラを、慌てて立ち上がったアズウェルが受け止める。
「アキラさんっ……!」
駆け寄ってきた妹に微笑みかけ、アキラは言った。
「ユウ、水を一杯頼むで」
「は、はいっ」
身を翻し、ユウは台所へ向かう。
それを見送ると、アズウェルは小声で尋ねた。
「本当に寝てなくていいのか? 見送りなんていいから、休んでいた方が……」
「アズウェルはん」
荒い呼吸を繰り返しながら、アキラはアズウェルの右肩を掴む。
掠れた声を出すのが精一杯。
崩れ落ちそうになる意識を懸命に繋ぎ止め、アズウェルの耳元で囁く。
「ミズナを、頼んます」
「あき、ら……?」
目を見開いているアズウェルに、アキラはただ笑顔を向けた。
そして、アズウェルの後ろで佇む幼馴染みに語りかける。
「野宿して……風邪、ひかんように……な……」
名は呼ばずとも、届いただろう。
一瞬目を瞠った彼女を最後に、アキラの意識は暗い闇の中へ引きずり込まれた。
「アキラ、アキラ……!?」
アズウェルが、己にぐったりと寄りかかるアキラの両肩を揺する。
しかし、いくら呼びかけても、再び彼が微笑みを浮かべることはなかった。
頼まれた水を持ってきたユウは、瞳を閉じた兄を見つめる。
また、手の届かないところへ行ってしまった。
どうか、戻ってきて。
そう、祈ることしかできない彼女は、漆黒の瞳を揺らし、顔を伏せた。
「アズウェル、迎えが来たぞ」
一瞬、動きという自由を奪われた彼らは、ディオウの発言で現実に引き戻される。
窓の外へ視線を送れば、アキラの家に向かって来る族長とタカトが見えた。
「うん、行こう。……よろしく、ユウ」
「はい」
アキラの身体をユウに預け、アズウェルが立ち上がる。
ディオウ、ラキィも、表へ出て行く飼い主に続く。
最後まで居間に留まったマツザワは、親友に想いを託した。
「アキラを、頼む」
水華を握りしめ、身を翻す。窓から吹き抜けた風に、一束に結わえた長い黒髪が踊った。
戦地へと赴く友の背を見つめ、ユウは眠る兄を抱き締める。
「……はい」
待つことしかできない。
兄も、親友も、皆。
己など声も届かないところへ行ってしまう。
「どうか、お気をつけて……」
ユウは遠のいていく仲間の無事を、切に願っていた。
早朝から、リアイリド家は険悪な雰囲気に包まれていた。
「ダメに決まってるだろ。折角認めてもらえたのに、牙剥いてどうするんだよ。おれだって、そろそろちゃんと稼がねぇといけねぇし、ディオウも肉喰えなくなるぞ?」
「……それとこれとは別問題だ」
横目で飼い主を睨むと、純白の聖獣はぴしりと尾を一振りする。
最上級任務などという危険なものをほいほいと受けてくるな、と昨晩からアズウェルと睨み合いを繰り広げているディオウを宙から見下ろし、ラキィは本日何度目かわからない溜息をついた。ちなみに、彼らはまだ朝食すら取っていない。
「ディオウ、いつまでそうしてるの! もう行くって決まったんだから、いい加減受け入れなさいよ!」
自身の数倍以上もの巨体に怯むこともなく、甲高い声でラキィは頑固者を叱りつける。
「戦明けだぞ? いくら外傷がないからとはいえ、いきなり零番任務を押しつけるか、普通?」
「すまない、ディオウ殿。本来は三番程度のものを私も受けるつもりだったのだが、昨日になって急に零番任務の依頼が入ったのだ」
申し訳なさそうに部屋に入ってきたのは、アズウェルと共に任務を受けたマツザワだ。
「お、マツザワ、おはよっ」
「おはよう、アズウェル」
荷造りの手を止め、笑顔で挨拶を投げかけたアズウェルに、マツザワも微笑んで応えた。だが、二人の笑顔は、一瞬の後に堅さを帯びる。
眉根を寄せて腕を組み、ゆっくりと窓際に歩きながら、彼女は言った。
「既に一族でも被害者が出ている。早急な対応が求められているな。本来、零番任務では、ショウゴさんや兄さまが出向くのだが、今二人とも村を出ている。実力順なら、恐らく私より、アキラだろうが……」
言い差して、マツザワは視線を落とす。
朝日が畳を照らし、部屋は明るい朝を迎えていた。その明るさとは裏腹に、皆、深刻な面持ちで口をつぐむ。
普段なら、彼女がアキラを褒めるようなことは言わない。そう、アキラが普段通りであれば。
「私が不甲斐なかったばかりにっ……!」
ぎりっと下唇を噛みしめ、マツザワは爪が食い込むほど、拳を強く握り締めた。
震える拳が語るのは、己の無力さに他ならない。
滲み出る後悔の念に、彼女は右手を壁に叩きつけた。
「マツザワ……」
こんな時になんて声をかければいいのだろうか。
アキラが破れた瞬間を
一人はアキラを死の窮地まで追いつめた張本人であるピエール。
そしてもう一人は。
アズウェルの顔がくしゃりと歪み、蒼い瞳が苦しげに揺れた。
あの惨状を予め知っていたはずなのに。
マツザワとアキラが初めて共にアズウェルの前に揃った時、それは視えていた。例え断片的であろうと、戦が始まる前に視えていたのだ。
わかっていても、何もできなかった。結局、二人を窮地から救ったのも自分ではない。
アズウェルが視ることのできる未来は、あくまで未来の欠片に過ぎない。その欠片は、人の気まぐれ一つで容易く崩壊することもあれば、どんなに受け入れがたい現実だろうと、
真のものになり、初めて、人は後悔する。
「後から悔いるから、後悔と言うんだ。繰り返したくなければ、成長しろ。お前たち二人がいくらそうして悔いていても、現状が変わるわけではないぞ」
押し黙る二人に、ディオウが悠々と告げる。
黄金の双眸は、真っ直ぐに二人を射抜き、
「うん。そうだな。おれたちも前進すればいいんだ。な、マツザワ?」
「……ああ」
凍てついていた空気が、少しずつ温かさを取り戻していく。
前を向かなければ、何も始まらない。
「それでいい」
口元に淡い笑みを浮かべたディオウの言葉に、アズウェルとマツザワが顔を見合わせて頷く。
三人のやり取りを無言で見つめていたラキィが、ディオウの頭に乗り、両耳で一つ柏手を打った。
「さぁ、任務に行く前にはしっかり食べなきゃ! ユウも待ってるわ。いきましょっ!」
「今日はマツザワも一緒だろ?」
「あぁ、そうだな」
アズウェルの問いに頷いて、マツザワは強張った頬を和らげる。
申し合わせたわけではないが、皆同時に
丸い食卓を囲み、ユウが丹誠込めて作った朝餉を口に運ぶ。
卓上に並んでいるのは、やっと食べ慣れてきた白米に味噌汁。そして、その間に割り込み、白目を剥いている焼き魚。
その白目を見据え、アズウェルは意気込んでいた。
「今日こそは、骨まで食ってやるぞ!」
「あんたも懲りないわねぇ、ホント」
呆れ顔で言ったラキィに、アズウェル初黒星の一戦に居合わせなかったマツザワが問う。
「アズウェルは一体何に気合いを入れているのだ?」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせ、ラキィは飼い主を見やった。
「なぁんかね。ディオウやアキラが骨までバリバリいっちゃってるのを見て、自分もやるってかじりついたはいいんだけど」
「喉に刺さったんだ」
やはり呆れ顔でラキィの言葉を継いだディオウが、魚の尻尾を
重力に引かれ落下してきた骨だけの魚を、ディオウは一口で噛み砕いた。
「それで、アズウェルは魚が出る度にリベンジをしているんだ」
「な、なるほど」
流石聖獣。いや、この場合は
骨をものともせずに粉砕したディオウに横目で驚きつつ、マツザワは味噌汁を一口
「無理はなさらぬように」
朗らかな笑顔のユウが、アズウェルにやんわりと警告する。
大丈夫、大丈夫、と頷きながら、アズウェルはばりばりと骨を噛み砕いていく。
「あら、今回は勝てそう?」
そう茶化すようにラキィが微笑んだ途端。
「いでっ!」
再び黒星を重ねることになったアズウェルの声が上がった。
「ほら見ろ。だから止めておけと言ったんだ」
「うるせーよ。おれは諦めねぇぞ」
学習したのか、既に白米を飲み込んだアズウェルは、溜息混じりに言うディオウに舌を出した。
「これで九戦全敗ね、アズウェル」
「黒星も次で二桁台か」
「何言ってんだ。次こそおれが勝ってやる!」
呆れ半分、興味半分といった調子で笑う家族に、最後の味噌汁を掻き込みながら、自信満々に勝利宣言をするアズウェル。
そんな彼らのやり取りを見ていると、自然と笑みが零れてくる。
重症の兄を看病するユウにとっては、彼らが唯一の救いだった。
アズウェルの横顔を見つめているユウに、マツザワがそっと話しかける。
「アキラの容態は?」
「外傷は……ほとんど。でも、まだ起きていられるのはせいぜい三時間です」
「そう、か」
湯飲みの茶に映る自分を見つめながら、マツザワは隣の間で伏せっているであろう幼馴染みを思い浮かべた。
ピエールとの一戦で、生死の境を彷徨ったアキラ。
数多の切り傷を含め、ユウの治療で見た目は大方回復した。
だが、問題は精神だ。
一番触れられたくないものを、玩具のように弄ばれた。その影響は凄まじかった。
起きている時のアキラは、いつも通りの明るさを保っているが、限界は一日三時間程度。
話をしていたと思えば、突然意識を失い、丸一日目が覚めない。そんなことはもはや、珍しくはなくなっていた。
「回復は見込めそうか?」
「できる限り、力を尽くします」
あえて曖昧な答えを返したユウからは、一筋縄ではいかないという表情が読み取れる。
マツザワは湯飲みに視線を戻すと、現状を否定するかのように、一気飲みした。
空になった湯飲みを静かに置き、ふぅっと息を吐き出す。向かい側ではアズウェルたちが相変わらず盛り上がっていた。
「ほんっと、懲りないのね、アズウェル」
「負けたまま引き下がれるかよ」
「普通は一度痛い目にあえば諦めるんだがな」
「なぁんや、みなはん楽しそうやなぁ~」
「な……!? お、おまえ……寝てなくていいのかよ!?」
驚きの声を上げたアズウェル以外は、皆意外な人物の登場に絶句していた。
自然に降ってきた声は、するはずもないもので。
声の主、寝間着の上に紺色の羽織りを着ているアキラは、蒼白の顔で微笑んだ。
「昨日ユウからアズウェルはんたちが任務に行くって聞いたんや。せめて見送りでもしよ思うて……」
「アキラ!」
ぐらりと
「アキラさんっ……!」
駆け寄ってきた妹に微笑みかけ、アキラは言った。
「ユウ、水を一杯頼むで」
「は、はいっ」
身を翻し、ユウは台所へ向かう。
それを見送ると、アズウェルは小声で尋ねた。
「本当に寝てなくていいのか? 見送りなんていいから、休んでいた方が……」
「アズウェルはん」
荒い呼吸を繰り返しながら、アキラはアズウェルの右肩を掴む。
掠れた声を出すのが精一杯。
崩れ落ちそうになる意識を懸命に繋ぎ止め、アズウェルの耳元で囁く。
「ミズナを、頼んます」
「あき、ら……?」
目を見開いているアズウェルに、アキラはただ笑顔を向けた。
そして、アズウェルの後ろで佇む幼馴染みに語りかける。
「野宿して……風邪、ひかんように……な……」
名は呼ばずとも、届いただろう。
一瞬目を瞠った彼女を最後に、アキラの意識は暗い闇の中へ引きずり込まれた。
「アキラ、アキラ……!?」
アズウェルが、己にぐったりと寄りかかるアキラの両肩を揺する。
しかし、いくら呼びかけても、再び彼が微笑みを浮かべることはなかった。
頼まれた水を持ってきたユウは、瞳を閉じた兄を見つめる。
また、手の届かないところへ行ってしまった。
どうか、戻ってきて。
そう、祈ることしかできない彼女は、漆黒の瞳を揺らし、顔を伏せた。
「アズウェル、迎えが来たぞ」
一瞬、動きという自由を奪われた彼らは、ディオウの発言で現実に引き戻される。
窓の外へ視線を送れば、アキラの家に向かって来る族長とタカトが見えた。
「うん、行こう。……よろしく、ユウ」
「はい」
アキラの身体をユウに預け、アズウェルが立ち上がる。
ディオウ、ラキィも、表へ出て行く飼い主に続く。
最後まで居間に留まったマツザワは、親友に想いを託した。
「アキラを、頼む」
水華を握りしめ、身を翻す。窓から吹き抜けた風に、一束に結わえた長い黒髪が踊った。
戦地へと赴く友の背を見つめ、ユウは眠る兄を抱き締める。
「……はい」
待つことしかできない。
兄も、親友も、皆。
己など声も届かないところへ行ってしまう。
「どうか、お気をつけて……」
ユウは遠のいていく仲間の無事を、切に願っていた。
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コメント
- ~禁を断つ者~、順調に動き始めましたね!
~禍月の舞~を一気に読み終えて、久々にDISERD熱が高まって参りました(笑)
懐かしい面々と新たな展開、今から楽しみです♪
PCの反乱なんかに負けず頑張って下さい!!
- >>古稀さん
ようやく、動き始めました。お待たせしましたorz
おぉ……早くも読み終えてしまいましたか、流石です(笑)
新展開、予想もつかない展開を綴りたいと思ってますっ!
PCの反乱……。最後にねじ伏せるのは、使用者である私です(ぇ
コメントありがとうございました♪
- 今日はここまで^^
以前読んだところまで、ずいぶん近づいてきましたね^^
もう35記まで更新されてる!
夕方にでもまたお邪魔しに来ようっと♪
- >>いきさん
コメントありがとうございますっ!
まだ前回のに追いつくには10話以上ありますが、漸くこの地まで辿りつけました。
今日明日中に36記目指します……><
どうぞ、何回でもご来訪お待ちしております♪